第21話 ローズの秘密

           ローズの秘密



「うん、そうだな。俺は、もはや人間とは呼べないのかもな。」

「え? い、いえ、そんな意味で言ったんじゃないんです! ちょ、ちょっと凄すぎるという意味だけで……」

「いやいい、ローズ、君の指摘の通りなのかもしれない。そうだな、君はもうここには来ない方がいい。これ以上巻き込みたくはない。そして、ここでの事は全て忘れたほうがいい。うん、君は幽霊を見た。それだけだ。」

「え? え? 何か気に障るような事を言ってしまったのなら、謝ります! ごめんなさい!」

「いや、謝る必要は無いよ。ローズは何も悪くない。君の言った事は事実だ! だから、全て忘れてくれ。うん、サモンさんとクリスさんにも、メールを出しておこう。VRファントムも解体だ。」


 うん、これでいい。どだい、こんなモルモットが、人様と対等に付き合おうと言う時点で間違っている!

 ローズはエンドレスナイトに戻って、今まで通りだ。彼女の、『狼少女』のあだ名は返上できないかもしれないが、サモンとクリスさんなら、うまくとりなしてくれるだろう。


 俺は、これでローズが出て行くと思ったが、これは意外だ。


「いいえ! 忘れられません! 私の事を何も聞かずに受け入れてくれるのは、サモンとクリスさん、そしてシンさんくらいなものです! 普通の人なら、私の異常なログイン率に、引くか、リアルを追求するかのいずれかです! 最近、エンドレスナイトでも、私を見る周りの目が変わってきました。あの、廃神と呼ばれる人達からですら、私は異常なんです!」


 なるほど、俺は気にならなかったが、言われてみればそうなのかもしれないな。

 考えてみれば、彼女は、今朝の10時くらいから、一度も落ちていない。

 普通の奴なら、途中、食事とか、トイレ休憩を挟むものだ。

 ちなみに、ボスへの挑戦の前、俺とローズ以外の全員、トイレを済ませておくと、安全地帯でポーズしていた。


「そうなんだ。だが、俺の意見は変わらない。確かに、ローズが他人と違う事情なのは感じていた。しかし、俺にとっては、それくらい些細な事だ。」

「さ、些細って! シンさんは私の事を何も知らないくせに!」

「ああ、何も知らない。そう言うローズだって同じだろう? 俺の事をどれだけ知っている? まだ会ってから、たったの2日だぞ?」


 俺はここで気付いた。

 あ~、これはあの交渉の時と同じだ。どちらかが先に相手を信用しないと、先には進まない。

 だが、今回はあの時とは違う。これ以上この娘を巻き込むのには抵抗がある。


 でも、本当にそれでいいのか?


 心の奥で、自問する声が聞こえる。

 俺はこの先、カオリンとタカピさん以外の人間関係を全て切ってしまって、生きていけるのだろうか?

 今だって、こうやってローズが居てくれるから、発狂せずにいられるのではないのか?


 俺は、一度深呼吸する。


「じゃあ、ローズ、今から俺が言う事は前回同様、絶対に他言無用だ。そして、君が聞いたら最後、ローズはある実験に、強制的に巻き込まれる事になる。それでもいいのか?」


 俺は心のどこかで期待していた。

 NGMLは必ずこの会話を聞いているはずだ。

 ならば、彼女をここでログアウトなり、強制転移してくれるのでは?


 しかし、彼女は消えない。目に涙を溜め込んだまま、大きく頷く。

 チッ! 連中は、この娘も最後まで巻き込む気か!


「そうか、ならいい。じゃあ、話すぞ。」


 俺はあえて間を置く。

 頼む! 消えてくれ!


「チッ! どういうつもりか知らないが、そっちがその気なら、俺も遠慮はしない! お前等、それでいいんだな?!」

「え? シンさん? お前等って?」

「いや、済まない。ローズのことじゃない。うん、ただの独り言だ。」


 そして俺は、全てをローズに話した。

 彼女は信じられないような顔をしていたが、それでも黙って聞いてくれる。


「そういう訳で、俺は、厳密にはもはや人間じゃあない。そう、幽霊だ。このギルドの名前の意味も納得できただろう。それでどうする? ローズ? 君は、この事を聞かなかった事にするのもいいだろう。しかし、連中は君も巻き込むつもりだ。そう、モルモットの精神安定剤としてな!」


 実際に巻き込んだのは俺なのだが、連中にはこれくらい悪者になって貰っても構わないだろう。


 ローズは少し考えているようだ。まあ、内容が内容だから、戸惑いもするはずだ。

 しかし、何故か彼女は笑顔になる。

 え? ここ、笑うところなのか?


「な~んだ、あたいと大差ないっすね。確かにシンさんのほうが厳しいっすけど、あたいも似たようなもんっす。」


 今度は俺が驚く番だ! 死人の俺と大差無いって、ありえないだろ?


「あたいは、現在入院中っす。症状としては、あの、『パーキンソン病』と似たような感じっすね。現在かなり進行しているし、他にも悪い所があるんで、余命は数年だと言われているっす。身体は、目と耳と鼻がまだ大丈夫なくらいで、後は指先くらいしか動かないっす。当然、食事もできないんで、体中、チューブまみれっす。ある意味、真の『廃人』っすね。」


 ふむ、休憩を取らないのも納得だ。


「そんなあたいでも、このVR空間では自由に動けるっす。医者も何もしないよりはいいと、推奨してるっすけど、実際は、匙を投げてしまって、好きにしろってところっすね。」


ここで俺は、松井の言った意味をようやく理解した。


「なるほど。そういう訳か。うん、分かった。それで、ローズはこれからどうする? 勿論、俺は君の事を他言しない。」

「え? そんなの決まってるっす。今まで通りっすよ。シンさんが幽霊って実感はないっすからね。それに、さっきシンさんが言った可能性、純粋なAI人間とも、とても見えないっす。」

「そうか。うん、ありがとう。じゃあ、今まで通りだ。ちなみに、カオリンとタカピさんは、俺の事を知っている。なので、カオリンが言っていた意味も理解できると思う。うん、これからも宜しく頼むよ。」


 俺は立ちあがって、手を差し出した。


「えへへ。なんか照れますね。こちらこそ宜しくお願いします!」


 うん、結果論かもしれないが、思い切って言ってしまって良かったようだ。

 やはり、隠し事をするのは、気が重いものだ。

 ローズには悪いが、俺は気分爽快だ!



「ところで、まだ9時までには時間がある。ここでビデオとか見るのもいいけど、何処か行こうか? もっとも、俺の知識じゃ、二人で行けそうな所を見繕うのは難しいので、ローズに任せることになるのだけど。」

「そ、それなら、狩って訳じゃないんですけど、あの温泉行きませんか? はい、それがいいです! シンさんも少し疲れたでしょう。わ、私も少し寛ぎたいです!」

「なるほど、それはいい案かも。俺も一度入ってみたかったし。」


 うん、この身体になってから、風呂には入れていない。無意味な事とは理解しているが、気分だけでも、人間に戻りたい。

 しかし、ローズ、言葉がなんかおかしいぞ? まあ、怒っているようでもないし、問題なかろう。



 二人で部屋を出て、ギルドホールの転移装置を経由して、街の中心にある転移装置に向かう。

 この時間にもなると、かなりの人通りだ。


「あ、そうだ。さっきのローズの話で思いついた。一旦、ギルドホールに戻っていいかな?」

「え? 何かあるっすか?」

「いや、無いとは思うが、さっきの話で、もし入会希望者が殺到したら面倒だ。なので、入会を打ち切ろうと思う。それで、手続きをしておきたい。ローズは構わないかな?」


 そう、これ以上俺に巻き込まれる奴が増えるのは気の毒だ。

 それに、俺のギルドルームのモニターは他所には無いらしいから、それを知られるのも不味い。

 さっきまでは解散させるつもりだったのだが、ローズに話を聞いて貰えて、何か吹っ切れた。

サモンと、クリスさんに関しては、もう巻き込んでしまったのだから仕方が無いと、諦めることにした。

 まあ、ローズを受け入れた彼等ならば、心配は無いだろう。


「確かにそうっすね。じゃ、行くっす!」

「ところで、その手を離して欲しいんだけど? 確かに人通りは多いが、お互い迷子になるような年でもないだろう?」

「そ、それはダメです! さっきので分かりましたが、シンさんは自覚がなさすぎです! だから、私がしっかりしないといけないんです!」


 へ? ひょっとして、俺、子供扱い?

 で、ローズが保護者?

 自覚とは、俺が既に有名人の仲間入りということか?

 確かに、その実感は全く無いな。


「い、いや、俺、そこまでダメ男? とにかく、恥ずかしいんですが?」

「わ、分かりました。でも、これから外に出る時は、必ず私に声かけて下さいね!」


 ギルドホールの受付バニーちゃんに言って、手続きを済ませる。

 ついでなので、部屋も一回り大きい奴にした。


 すると、後ろから声をかけられた。


「あの~、シン……さんですよね? あ、鉄壁のローズさんまで! ちょ、ちょっといいですか?」


 俺が振り返ると、身長165cmくらいの、金髪イケメンアバター。サモンじゃないが、このパターンは結構ありふれている。

 IDは、『フォーリーブス』、レベルは85。称号は空白。杖装備に、俺やクリスさんと同じ黒いローブ。装備品を見る限りでは、後衛、ウィザードか?


「はい、そうですが。」


 俺は、さっきの話があったばかりなので、少し警戒する。


「なんすか?」


 ローズは完全に身構えている。

 しかし、ローズって、二つ名までついているんかい! なんか凄いな。


「あの~、その~、いきなりで悪いんですけど……。」


 う~ん、なんともはっきりしない奴だ。ただでさえローズの様子が変なので、さっさと済ませて欲しいのだが。


「え~っと、あの八尺瓊勾玉のクエスト、あそこはクリアした人は結構居ます。しかし、今まで神器クエストの扉に名前が表示されることはありませんでした。しかし、今日、初めて名前が出たと、今はその噂で持ち切りです。そして、表示されたギルド名はVRファントム、リーダーはシンという方。それと、エンドレスナイトの三柱、セクハラ兎のサモン、掃きだめのクリス、そして、鉄壁のローズさん。後はカオリンと、タカピという方。それで、どうやって、コンプリートしたんですか?」


 ぐは!

 もう、噂になってるんかい!

 おまけに、あの二人にもきっちりあだ名というか、二つ名がついているようだ。


 そして、この男、一度喋り出したら、いきなり饒舌だ。

 しかし、よく覚えているな~。

 俺は、扉に表示されている名前なんて、読んだことすらないぞ?


 俺がどう答えようか迷っていると、ローズが答えてくれた。


「それで、何が出せるんすか?」


 ふむ、ここは保護者に頼ろう。しかし、何ともビジネスライクだな。


「え? お金取るんですか? 情報なんて、只じゃないですか? 攻略サイトぐぐれば、いくらでも見られますよ?」

「あ~、フォーリーブスさん、レベル85にもなって分かってないようっすね。あたいらは、これを知るのに、結構苦労してるんす。それにあの情報、攻略サイトでも載ってないはずっすよ。それを、何で見ず知らずのあんたに教えないといけないんすか?」


 ん? ローズの場合は、俺から強引に聞き出しただけだったような気がするぞ。

 まあ、それも発端は、彼女が俺を見かけてしまったが為に、あらぬ疑いをかけられたのが原因だが。

 しかし、結果、彼女は俺に巻き込まれると言う代償を支払わされている。


「これだから廃って人は! 教えてくれても、何も損しないじゃないですか! 貴女だって、他人の情報を元にここまでやれたんでしょ? お互い様じゃないですか!」


 ふむ、正論のように聞こえるが、何か違う気がする。


「え~っと、フォーリーブスさん、この情報だけは訳ありなんで、おいそれと他人に教える事はできないんだ。」


 そう、サモン達にあれだけ協力して貰って、それと引き換えた情報だ。教えるにしても、サモンの許可が要るだろう。


 しかし、こいつは引き下がらないようだ。


「シンさん、貴方だって、エンドレスナイトのおこぼれに与っただけじゃないですか! そもそも、あのクエスト、レベル50台で行けるはずが無いんです! おんぶにだっこされた身分で何を偉そうに!」


 う~ん、これは堪えるな~。事実なだけに反論できん。

 しかし、ローズを見ると、両手を握りしめ震えている。


「それは違いますね! おんぶにだっこされたのは、私達です! シンさんが居なければ、ああは行かなかったです!」

「おやおや、エンドレスナイトの三柱とも呼ばれる、鉄壁のローズさんにそこまで言わせるとは、貴方も相当の玉のようですね。彼女、ちょろかったですか?」

「おい! いくら何でも今のは無いだろ! ローズに謝れ! そして、この話はこれで終わりだ!」

「確かに言い過ぎましたね。申し訳ありませんでした。ですが、話は終わらせませんよ!」


 そして、フォーリーブスは、いきなり大声で喚いた!


「お~い、皆! この人達は、あの神器クエストをコンプした! でも、どうやってコンプしたかは教えてくれないんだってさ!」


 辺りがざわつく。

 そして、思った通りの反応が来た!


「えっ、そうなのか! けちけちせずに、教えてくれよ!」

「情報の独占は良く無いね~。攻略サイトにアップするべきだね~。」


 低レベルの奴は、何の話か分からないようだが、一部の高レベルと見られる奴が騒ぎ出す。

 だが、俺達の味方というか、冷静な奴も居るようだ。


「でも、この人達だって苦労した結果でしょ? 知りたければ自分で努力すればいいのよ。」

「そうだな。俺はネタバレ反対派だ。自分達で試行錯誤して達成した快感を知らないとは、可哀想な奴だよ。」


 もはや、辺りは騒然としている。

 そして、フォーリーブスは、反対派が出た事が意外だったようで、こそこそと人混みに紛れようとする。


「うん、ローズ、ここは一旦逃げよう。これじゃあ、収拾がつかない!」

「そ、そうですね。」


 俺は彼女の手を引き、街の中央の転移装置まで走る。

 彼女は俺の手をしっかりと握り返し、無言でついてくる。



「ここまでくれば大丈夫だろう。じゃあ、気分転換も兼ねて、浸かるとするか。」


 現在は『箱根の街』、そこいら中に、直径5mくらいの温泉が設置されている。

 俺がそのうちの一つに浸かると、彼女もそろそろと入ってくる。


 ふむ、これはいい湯加減だ!

 鎧越しだという事を感じさせない!

 しかし、これでのぼせる奴が出たら、笑えるだろうな。


「だけど、あいつむかつくな~! ローズに聞いてはいたが、あそこまでするか?」

「そうっすね~。あれだけ酷いのはあたいも初めてっす! あいつにはお仕置きが必要っすね!」


 ローズは俺の背後から答える。

 お互い、装備はつけたままなのだが、やはり少し恥ずかしいのだろう。


「しかし、お仕置きって、少し物騒だな。まあ、もうあいつには会わないだろうし、もういいか。うん、今日は色々あって、なんか疲れた。そして、ここは大ヒットだな。うん、ローズ、ありがとう。いい気分転換になったよ。」


 俺は四肢を伸ばし、温泉を満喫する。


「気に入ってくれたなら何よりっす! じゃ、じゃあ、これからも二人で来ませんか? 私もお風呂にはあまり入れないんです。週に2回ですね。それも、車椅子のままなんで、入った気がしないんです。」

「ああ、ローズがいいなら俺に異存は無いよ。そうだな、今度はVRファントム、全員で来よう! あ、クリスさんも来るとなると、俺が凹られるのか?」

「あははは、そこまでは誰もしないっすよ。でもいいっすね~。今度サモンにも言っておくっす!」

「だが、カオリンとサモンさんをここに呼ぶと、何が起こるかは誰でも想像がつくな。まあ、レベルアップになっていいのか?」

「あははは、そうなったら、今度こそ全員で凹るっす!」

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