第17話 クエストに向けて

          クエストに向けて



 ローズが消えたので、俺は何かすることがないかと、考える。

 先程減ったMPは、街に戻ってから、いくばくかの金を支払う事により、既に全回復させている。

 ふむ、現在どうなっているのか、進捗状況を聞いてみよう。まあ、丸一日も経っていないので、大した事は分かっていないと思うが。

 コール画面からは、姉貴の『八咫』という名前は既に無い。どうやら、帰ったようだ。

 代わりに、桧山さんと松井の名前があるので、桧山さんに聞いてみるが、姉貴の話以上の進展はないようだ。


「そうですか。残念です。」

「いえ、お気を落とさずに。何か分かれば報告しますから。くれぐれも自棄にならないで下さいね!」

「まあ、当面は人間関係も増えて、退屈はせずに済みそうです。あ、そうだ。例の、ゲームに対する提案なんですが。」


 俺は、昨晩思いついた事を口にしてみる。


「それ、なかなかいいんじゃないですか? 特にデメリットもないようですし。早速上げてみますね。うまくすれば、今日中に実装されるかもしれませんよ。」


 ふむ、思い付きで言ってみただけだが、いい意見だったようだ。

 まあ、俺には関係ないのだが、これによって、いくらかでも足しになる奴は出るだろう。


 桧山さんとの会話はそれまでで、俺は更にTVをつけて暇潰しをする。

 しかし、ニュースとかを見ても、何か現実感が全く湧かない。

 そう、リアルで何が起きようと、NGMLとこのゲームサイト、そして俺のPCが無事ならば、俺には現状、全く縁が無くなってしまったのだ。


 サモンの事も気になったので、確認してみると、いつの間にかパーティーを離脱している。

 現在位置は、『陸奥の国』? ふむ、狩りでもしているのだろう。


 仕方が無いので、題名だけ覚えている、ロボットアニメとかを見てみる。あらすじは思い出せない。いい感じに記憶が抜け落ちているので、新鮮な感覚だ。


 すると、ローズが戻ってきた。


「只今っす。へ~、この時間に、こんなアニメやってるんすか? なんか面白そうっすね。一緒に観ていいっすか?」

「ああ、構わない。ちなみにこれ、ビデオだから今放送されている奴じゃない。多分、古いはずだ。」

「え、そうなんすか? しかし、ダイブしてビデオ見るって、なんか変っすね。観たい自分が言うのもなんすけど。」

「あはは、まあそう言ってくれるな。何なら今から狩りにでも行くか? 1時まで、まだ3時間くらいあるし。」

「いや、あたいはちょっとのんびりしたいっす。」


 ローズはそう言って、俺の隣に腰掛ける。

 ふむ、ローズはさっきの奴で、少し疲れたのかもしれないな。良く考えてみれば、攻撃は全て彼女がこなしてくれた訳で、俺は一撃たりとも下していない。

 う~ん、なんか気が引けるな~。

 とは言え、俺も今更アタッカーに変更するのも何だし、現状足りている。役割分担と割り切るか。


 二人で黙って観ていると、カオリンが入って来た。

 ん? もう12時半か。


「今日は、シン、ローズちゃん。あら、なんかたった一日で仲良くなったのね。そうして並んで座っていると、兄妹みたいに見えるわ。」

「今日は、カオリン。うん、さっきも一緒に狩りに行ったし、もう前のメンバーと一緒の感覚だよ。ただ、こんな兄じゃ、ローズに失礼だろう。」

「カオリン、今日はっす。え? あたいが妹っすか? アバの種族が根本的に違うっすけど。どうせなら、恋人とか言って欲しいっすね。」

「ローズちゃん、そんな雰囲気って意味よ。それとも何? シンとそういう関係になりたいの? シンのリアルを知らない貴女にはお勧めしないけど。」


 う~ん、カオリンの奴、何か嫌な事でもあったのか?

 少し言葉に棘がある気がするぞ?

 そもそも、こんな身体の俺が、恋愛なんて出来る訳が無いだろう。


「おいおい、カオリン。ここではリアルのことはタブーだ。そんな事よりも、ローズは凄いぞ! 今朝、推奨レベル55のクエストを、二人でクリアできてしまった。おかげでレベルが5も上がったぞ! カオリンも今度一緒に行こう。」

「え? それは凄いわね! あたしも今度連れて行って欲しいわ。ローズちゃん、変な事言ってごめんなさいね。ちょっと気になっただけだから。」


 ふむ、他意はなかったようだが、相変わらずちょろいな。


「あ、別に気にしていないっす。あたいも、リアルの事は詮索して欲しくないっすから。それと、凄いのはあたいじゃなくて、シンさんっす! シンさんとなら、カオリン一人でも可能かもっすよ?」

「いや、ローズ、凄いのは俺じゃなくて、このチートアイテムだろ。この、リキャストタイム無しの効果が無ければ、あんな事は出来ない。もっとも、MPの消費が尋常では無くなったが。」

「そうっすかね~? あれが無くても、そこそこは行けると思うっすけど。」

「へ~、なんか話を聞いていると、早く挑戦したくなったわ。タカピさん、早く来ないかしら? そうだ! サモンが来たら仕返ししなくちゃ!」


 ぐは!

 カオリンはまだ根に持っていたようだ。


 そろそろ準備だなと、俺がモニターを消すと、そこへサモンがやって来た。

 背後に、金髪をボリューム満点の胸まで伸ばした、ロシア人モデルかと突っ込みたくなる、凄い美人を従えている。朱色の杖装備に、真っ黒なローブ。ふむ、ウィザードか?


「お~、皆、揃うては……、おらへんか。タカピさんがまだやな。まあええわ。シンさんとカオリンちゃんには、先にこれ渡しておくで。タカピさんは必要無さそうやしな。」


 サモンはそう言って、テーブルにアイテムを並べていく。

 ふむ、防具一式とアクセサリーか。どれも、見た事が無い奴だ。

 カオリンは、サモンに完全に機先を制されたようで、立ったまま、黙って見ている。


「言っておくけど、貸すだけやからな。終わったら返してや。こいつらは、つければ分かると思うけど、魔法防御とHPを上げる事だけに絞ってある。全体魔法は防がれへんからな。せやから、前衛はわいらに任せて、絶対に前には出えへんで欲しい。アタッカーのカオリンちゃんには悪いけど、あそこやと、雑魚でも一発貰たら、強制転移させられかねん。」

「サモンちゃん! そんなけち臭い事を言ってはいけませんわ! そんなアイテム以上の情報を貰ったのでしょ? ええ、そのアイテム、全部差し上げますわ。」


 サモンの後ろの超絶美人が割り込んで来た。

 なんだこの女性ひと? あのサモンに指図するとは!

 IDは『クリスタルメア』、レベルは当然99で、サモンと同じ称号、『災厄を屠りし者』をつけている。


「ク、クリス! これ、なんぼかは借り物やで? でもまあ、クリスがそう言うならええわ。うん、全部やる。っちゅうても、勿論、終わってからやけどな。」

「い、いや、それはサモンさん、そこまでは流石に悪い。終わったらちゃんと返すよ。」

「サモンちゃん! 嘘はいけませんわ! 今朝、何人か連れて狩りに行ってたでしょ!」

「あちゃ~、クリスには隠し事でけへんわ~。わいとしては、でっかい貸しを作るつもりやってんけどな~。」


 ふむ、いつの間にかサモンが俺のパーティーを離脱していたのには、そういう訳があったのか。

 しかし、これは確かに大きな借りになりそうだ。まあ、貰うかどうかは、それこそ終わってから考えよう。

 俺が、その中の俺用と思われる、黒いローブに手を伸ばそうとすると、先にカオリンが、前衛用の白銀の鎧に手を伸ばす。


「そう、サモン、殊勝な心掛けね。なら、これは昨日の慰謝料代わりにありがたく貰ってあげるわ。」


 ぬお!

 カオリン、鬼だな。貰ってあげるって!


「じゃあ、サモンさん、これは取り敢えずは借りておくよ。うん、ありがとう。ところで、その女性、紹介してくれないか? あ、丁度いい。タカピさんも潜ってきたようだ。」


 俺がそう言うと、タカピさんが入って来た。


「今日は。おや、皆さん、もうお揃いのようですね。なるほど、その方が今日の助っ人さんですね。僕は、『タカピ』と言います。レベルはまだ27なんで、足手纏いとは思いますが、今日は宜しくお願いしますね。」

「あら、これは失礼しましたわ。私もご挨拶がまだでしたわね。私、サモンちゃんのギルド、『エンドレスナイト』に所属する、『クリスタルメア』と申しますわ。『クリス』と呼んで欲しいですわ。今日はヒーラー兼、ウィザードを務めさせて頂きますわ。」

「あ、クリスさん、久しぶり…って訳でもないっすね。2日ぶっりすか。今日も宜しくっす!」

「クリスさん、凄い美人のアバね! あ、あたしは『カオリン』。タカピさんと一緒で足手纏いだけど、宜しくね。」


 ローズも立ち上がり、全員、簡単に挨拶を交わし、握手をする。


「ほな、全員揃うたところで、作戦会議や! 皆、座ってや!」



 皆がソファーに座る。

 コの字型に配置されたソファーの真ん中に、サモンとクリスさん。

 その右手に俺とカオリン、そしてその向かいにローズとタカピさんだ。

 う~ん、やはりこの部屋、6人が限度だな。もう少し広い部屋にするべきか?


「そしたら、先ずはボス部屋までなんやけど、攻撃はわいとクリス、そしてローズちゃんだけで何とかなる。シンさんは回復役頼むわ。タカピさんとカオリンちゃんには申し訳ないけど、わいらの後からついて来て欲しい。」

「はいっす。」

「まあ、仕方ないわね。」

「了解ですね。確かにシン君の話では、僕達は足手纏いでしょう。」

「分かった。でも、あの数だ。本当に3人で行けるのか? それに、俺の回復魔法じゃ、効率が悪いと思うが?」


 そう、俺はあの階段に溢れんばかりの敵を見ている。いくら一騎当千の猛者でも、苦しいのではなかろうか?

 そして、俺の魔力だと、同じ呪文でもローズ達の半分くらいの回復量だろう。


「まあ、正直に言うたら、苦しいのは事実や。でも、何とかなるやろ。」

「そうですわね。ローズちゃんがガードに徹して、サモンちゃんと私で範囲魔法。不可能では無いはずですわ。」


 なるほど、それなら確かに行けそうだ。あの鮨詰めの魔物、範囲魔法で一網打尽と言うところか。しかし、それでもきつそうだ。


「なら、サモンさん、口を挟んでいいか?」

「ん? シンさん、何でも言うてや。これはVRファントムのクエストや。当然、オーナーのシンさんの意見が最優先やで。」

「ありがとう。いや、俺の魔力じゃ、回復効果は薄い。なので、俺のこの、『真・八尺瓊勾玉』を、サモンさんか、クリスさん、どちらかに預けようと思う。そして、その方が回復アイテムも効率がいい。俺の6000くらいしかないMPを全回復させるよりも、18000以上ある、貴方達を回復させた方がいい。」


 これは、当然の判断だろう。リキャストタイム無しなら、連続で範囲魔法と回復魔法を使える。これはでかい。俺なんかが持つよりも遥かにいい。


「え? シン、それは……」

「いや、カオリンの言いたい事は分かっている。これは、絶対に渡すなってところだろ? だが、もうここまで巻き込んでいるんだ。今更、信用出来ないとかは無しだ。それに、俺達も既に防具を借りている。これくらいは当たり前だろ。」

「まあ、シンがそれでいいなら、あたしもいいわ。それで、サモンはどうなの?」

「そ、そら、わいらを信用してくれるんは嬉しい。せやけど、ほんまにええんか? わいとしては、ボス戦まで話進めて、少しびびらせてから借りようっちゅう段取りやったからな~。こっちとしては、手順が減って万々歳や。」


 ふむ、やはりサモンもこいつの効果は当てにしていたようだ。


「なら、話は早いな。じゃあ、俺はいつも通りのバッファーだ。それで、どっちに渡せばいい?」

「ほな、クリスに頼むわ。ぶっちゃけ、ボス戦までは、わいかクリス、どっちでもええねんけど、ボス相手には、どうしてもわいとローズちゃん、二人掛かりでガードせなあかん。なんで、最終的なヒーラーはクリスや。」

「かしこまりましたわ。じゃあ、シンさん、これどうぞ。」


 ん? クリスさんが、俺のと形はそっくりだが、色違いの真っ青な勾玉をテーブルに置く。

 あ~、そういう事か。

 俺は装備していた、深紅に光る『真・八尺瓊勾玉』を彼女に渡し、テーブルに置かれた勾玉を装備する。

 思った通りだ。『八尺瓊勾玉:特殊効果:魔法系統のリキャストタイム半減』


「感謝しますわ。そしてこの効果、サモンちゃん、やっぱり本当でしたわ!」

「アホ! だから言うたやないか! シンさんのは本物やって!」


 うん、既にサモンには、新スキルを試し撃ちした時に、その効果を証明している。

 しかし、本物って…。この『八尺瓊勾玉』が偽物みたくなるな。これでも凄い効果なのだが。


 そして、視界にログが流れる。

VRファントムに入会希望者が居ます。

ID:クリスタルメア Lv99

承認しますか?


「え? クリスさん、貴女も今回限りの助っ人でしょ? うちに入会なんかしていいんですか?」

「そもそも、今回のクエストはVRファントムの物ですわ。なので、私もギルド会員になるのが筋ですわ。ええ、ちゃんとアクセサリーも装備しましたわ。それと、これは私達を信用して下さった事への当然の対応ですわ。」

「分かりました。クリスさん、宜しくお願いします。それと、その言葉遣いは何とかならないですか? サモンさんじゃないですけど、ここでは、皆、対等の仲間です。」

「この喋り方は、私のアイデンティティーですわ! シンさんこそ、オーナーさんなのですから、敬語は禁止ですわ!」

「は、はあ。じゃあ、承認するんで、もう少しお互い砕けよう。」


 オーナーだから敬語禁止と言われてもな~。

 俺の主治医でもある、タカピさんへの敬語だけは、絶対に無くならないし。



 その後、俺達は更に詳しく作戦を詰めて行く。


 結局、ボス部屋までは俺がバッファー、ローズがガード。サモンは状況に応じてアタッカー兼ウィザード。クリスさんはヒーラー兼ウィザード。残念ながら、カオリンとタカピさんには何も出来る事が無いようだ。

 もっとも、タカピさんには、全員分、合計で60個以上もの回復アイテム、『アマテラスの涙』と『布袋の巾着』を用意して貰ったので、その功績は余りあるが。


 ちなみに、レベル99組は、他の三種の神器クエストで、『八咫鏡やたのかがみ』という、アイテムフォルダーを5個増やせるアクセサリーを装備している。なので、連中のフォルダー数は15個もある。しかし、サモンのように役割が変わる者は、それ用の装備を入れておかねばならない。一度ダンジョンに入ると、アイテムボックスからの入れ替えは出来ないからだ。


 ボス部屋に入ってからは、ローズとサモンがガード。ヒーラーはクリスさん。


 タカピさんが、カウンター。これは、今回のボスの攻撃は、ほぼ6秒の周期で放たれるので、秒数を数える作業は必須らしい。


 俺は、出来れば『ダメージキャンセル』で、ボスの攻撃を無効化する事。通常のリキャストタイムは15秒だが、『八尺瓊勾玉』のおかげで7.5秒。なので、攻撃の2回に1回は無効化できる可能性がある。ちなみに、推奨レベルが50を超えるクエストになると、今までは便利だった、『フェイント』は、まず通用しないらしい。


 そして、残ったカオリンは、MPが尽きた人や、回復が間に合いそうも無い人へ、回復アイテムを使用する役だ。少しでも前衛への負担を減らす為でもあり、何気にかなり重要である。また、彼女の持てるアイテムは10個しかないので、足りなくなると、皆から回収しなければならない。前衛から受け取る時はかなり危険だ。


「まあ、こんなところやな。ほな、準備も完璧や! 皆、行くで!」

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