第16話 金時の鉞

           金時の鉞



 二人で中に入ると、ローズの情報通り、3mはあろうかという、真っ赤な巨熊が仁王立ちで待ち構えていた。

 そして、背後の扉が閉じる音がする。


 すると、奴は鋭い爪を1本だけ突き立て、前後に揺らしだした。


「ふむ、どうやら、相手もタイマンがご希望のようだ。ローズ、頼む!」

「任せろっす! 支援は任せたっす!」


 その言葉と共に、ローズは、両手の斧を振り翳しながら、巨熊目掛けて突っ込む!

 俺も、魔法が届くぎりぎりの距離まで詰める!


「先ずは、スピードダウン! ガードダウン! スピードアップ! ガードアップ!」


 俺は連続で詠唱する!

 当然、デバフは巨熊に、バフはローズにだ。

 ガードダウンは、本来ならば、味方の攻撃直前に唱えたいところだが、今回は他にやる事があるので、あえて先に唱えておく。どうせ、リキャストタイムは気にしなくていいのだし。


 ローズの駆け込むスピードが上昇する!

 そして、一気に巨熊の前に踊り出た!

 しかし、巨熊の方は待ち構えているので、デバフが効いているのかどうかは不明だ。


 ん? 巨熊が両腕を振り上げた!

 多分、これが攻撃の合図だろう。


「ダメージキャンセル!」


 俺は迷わず、熊とローズ、両方を選択して唱える!


 そして、巨熊の腕が…、振り下ろされない?

 代りに、巨大な咆哮が部屋に溢れる!


 しくった!

 あれは、攻撃の前の予備動作ではなく、単なる威嚇だったか!


 今度はローズが二斧を振り翳す!


「隙ありっす! 斧鉞『ダブルアタック!』コンボ!」


 よし! これは成功だ!

 ローズの身体が真っ赤に光ってから、両腕の斧による、凄まじい8連撃が繰り出される!


 うん、ローズの攻撃は分かり易い!

 多分、意識してやってくれているのだろうが、サモンとはえらい違いだ。

 もっとも、彼はわざと読み辛くしていたようだが。


 そして、こいつは結構効いたようだ。

 奴のHPゲージが目に見えて減る! 

 それでも、1/8くらいか? 

 今のローズの攻撃は、斧系の最上級のものだ。やはりこのクラス、耐久力も半端ないようだ。


 しかし、ローズの攻撃が極まったと思ったのも束の間。

 奴は先程の、大きく翳した両腕をローズに振り下ろす!


 ヤバい! 間に合え! 

「ダメージキャンセル!」


 巨熊は、爪を立てた両腕でローズを鷲掴む!

 彼女も、必死に避けようとしたようだが、攻撃の直後だったので、これは無理だ!


「キャッ!」


 ローズが、狼顔に不似合いな悲鳴を上げる!

 そして、巨熊はそのまま彼女を地面に叩きつける!


「ぐ!」


 再びローズが悲鳴を上げるが、その瞬間だ!

 彼女の身体が真っ青に光る!


 俺は間に合わなかったものと考えて、次に回復呪文を唱える覚悟をしていたが、必要無かったようだ。

 HPを確認すると、全く減っていない!


 ふむ、あれが事前に言われていた要注意攻撃だな。

 どうやら、あの一連の動作が一つのスキル攻撃と見ていいようだ。


「ローズ! 立て直せ! 蹴りが来る!」


 俺は咄嗟に叫ぶ!


「はいっす! ちょっと振動でびびっただけっす!」


 彼女は素早く横に回転し、隙無く立ち上がる。

 そして、先程まで彼女が倒れていた場所に、巨熊の蹴りが空振る!


「ナイスだローズ!」


 彼女のリキャストタイムは、後10秒くらい。

 それまで奴の攻撃を躱す事に専念するか? それとも、通常攻撃で削るか?


 ローズは攻撃を選んだようだ。

 再び斧を振り上げる!


「なら、パワーブースト!」


 通常攻撃だと、攻撃が読み辛い上に、一撃も軽い。なので、『ダブルアタック』だと費用対効果が低い。俺の魔力じゃ、彼女にとっては気休め程度だが、無いよりはマシだろう。


「ありがとうっす! 喰らうっす!」


 ふむ、やはりローズは凄い。只の通常攻撃のはずなのに、もはやちゃんとしたコンボだ。

 右斧、左斧、回転して、更に左右の斧を叩き込んで行く!

 しかし、巨熊はその攻撃を、立ったまま両腕でガードする!


 チッ! こいつ、防御までするんかい!

 だが、これなら攻撃を喰らう事も無い。攻撃は最大の防御なりとは良く言ったものだ。

 しかし、当然奴のHPゲージは、あまり減っているようには見えない。


 そして、ローズが更に追撃しようとした時だ。

 奴はガードしていた両腕の片方を、横に伸ばす!


 ふむ、やられっ放しは気に入らないってか?

 だが、読み易い!


「ダメージキャンセル!」


 奴は腕を薙ぎ、その爪がローズに食い込む!

 しかし、またしてもローズの身体が青く光る!


 よし、成功だ!


「流石っす! 効いてないっす!」


 ローズは少し圧されるが、すぐ様体勢を立て直し、再び対峙する。

 そして、奴がまた両腕を振り翳した!


「ローズ! 構うな! 攻撃だ!」

「はいっす! 斧鉞『ダブルアタック!』コンボ!」


 ローズの身体が真っ赤に光り、再び8連撃!

 しかし、巨熊も負けてはいない!

 攻撃が終わると同時に、再びローズを鷲掴もうとする!


「ダメージキャンセル!」


 同じ攻撃、それも2回目なら、タイミングを合わせるのも簡単だ。

 ローズはまたしても地面に投げつけられるが、青く光ってノーダメージだ。


 その後は、一度だけローズが奴の蹴りを喰らったが、それ以外は全て無効化させることに成功した。


 ローズの通常攻撃による連撃で、遂に巨熊は地響きと共に突っ伏した!


「やったっす!」


 視界にでかでかと「CONGRATULATION!」の文字。

 そして、「クエストコンプリート!」が続く。


 更に巨熊が立ち上がって、頭を下げる。

 ふむ、良く分らんが、参りましたってとこか?


「いや~、あたいも流石に二人じゃきついかと思ったっすけど、楽勝っすね~。」

「うん、ローズのおかげだ。前のパーティーじゃ、全員瞬殺だったな。」

「それはどうっすかね~? あたい、一発しか貰わなかったっすよ? シンさんとなら、カオリンとタカピさんだけでも行けたかもっすよ?」

「いや、流石にMPが持たないだろう。俺も殆どカラだ。うん、取り敢えず帰ろう。」


 俺はローズと並んで、奥に出現した扉を潜る。



 ギルドルームに戻り、戦利品を確認する。

 スキルポイントは、本来6人でやるクエストを二人でクリアしたので、3倍され、900Pも貰えた。おまけに、経験値も3倍された結果、今回のクエストでレベルが一気に5も上がり、現在49だ。

 パワーレベリング効果、出すぎだろ! ローズ様様だな。


「ふむ、これは凄いな。『金時の鉞、攻撃力+240』って。 ん? これ、ローズが装備していた奴だよな?」

「え? え? このクエストの報酬は、確か『金太郎の斧』だったはずっす! 『金時の鉞』は、羅生門関連のイベントで貰ったっす!」

「恐らくだが、これも、クリアとコンプリートの差だろうな。ローズがタイマンしてくれたからか?」

「あ~、そうかもしれないっすね。昔話の流れだと、金太郎は森の仲間が応援する中で、熊との相撲に勝って、熊を従えるっすからね~。」

「へ~、そんな話があるんだ。俺はそもそも、金太郎ってのを知らないけど。」

「え! 金太郎を知らないって、シンさん、本当に日本人っすか?!」


 げ! これは不味い!

 原因は分かる。俺の記憶の欠落だ。

 昔話なんて、日常生活では全く不必要なものだ。抜け落ちていて当然だろう。


「まあ、とにかく、これはローズのものだな。今の俺には必要無い。」

「え? いいんすか? 今持っている片方、『シルバネスの斧』は、特殊効果の『暗闇』はいいんすけど、攻撃力自体は、『金時の鉞』が最強っす。それに、ボス相手に特殊効果はまず通用しないっすから。」

「ふむ、被るかと思ったが、それならいいな。しかし、コンプリートだと、あのクラスのクエストでも、最強の武器が手に入るとは驚きだな。」

「そうっすね~。でも、ひょっとしたら、あたいらがまだ知らないだけで、もっと強いのもありそうっすね。」

「ありえるな。まあ、俺にとっては雲の上の話だけど。」

「あははは。でも、シンさんとなら、そのうちゲットできそうっす。あっと、もう9時っすね。あたい、一旦落ちるっす。」

「うん、お疲れ様。じゃあ、また昼に。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る