第10話 ローズとTV

         ローズとTV



「おはよう、シン君。ってもう昼ですね~。ちょっと報告があるので、その部屋、いいですかね~?」

「今日は、松井さん。仮眠してたっぽいですね。はい、ロックしますから来て下さい。」


 再びエルフアバターが俺の正面に座る。

 それを確認してから、俺はギルドルームには誰も入れないようにした。オーナーの特権だ。


「早速ですが、君のPC、預かったよ。敦子さんには、何か言われるかと思ったのだけど、あっさりと渡してくれたようで、スムーズに行って何よりだ。」


 ん、あの姉貴があっさりだと? やはり何か勘付いているのは間違いないな。


「それで、何か分かりましたか?」

「うんうん、かなり分かったよ~。でも、残念ながら、君の状態をどうこうするまでは無理だ。悪いが、やはり時間がかかると思ってくれ。」


 松井は更に話す。内容はこうだ。


 俺のPCを移動させるのには、結構苦労したようだが、何とか、回線も電源も切らずに運べたそうだ。

 そして、持ち帰って調べたところ、メモリーの使用率が、何と80%を超えているとのことだ!

 あの1テラもあるメモリーがだ!

 当然、俺が使っていた時には、そんなに使っていない。せいぜい10ギガくらいだろう。

 そこから導き出される事は一つ。


 俺の記憶とかは、俺のPCに入っている可能性が非常に高いという事だ!


「現状、判明したのはここまでだね~。勿論、この事はタカピさんこと、住吉院長にも報告させて貰った。彼も非常に関心を示してくれたよ。うん、ここまでは問題が無いのだけれど、問題はここからだ。現在、君のPCのメモリーの使用率は、僅かずつだが、増えている。」

「え? つまり、ここでの経験も、そこに入っていると?」

「うん、どうやら、そう考えるのが妥当だね~。当然、使用率が100%になれば、どうなるか、見当もつかない。なので、急遽メモリー増設の準備はさせているのだけれど、成功する保証が無い。後、うちのサーバーもメンテは必要だ、その間、どうなるかも分からない。一応、全く同等のサーバーは用意させているところだがね。つまり、僕が言いたいのは、覚悟だけはしておいてくれと言う事だ。」


 松井は淡々と言う。

 まあ、モルモットを人間扱いしてくれているだけでもマシか。


「分かりました。引き続きお願いします。」

「うんうん、でも、糸口みたいなものが見えたので、うちの士気も高まっている。後、面白いと知り合ったようだね~。彼女は君の理解者になれる可能性が高い。これからどう接するかは君次第だけどね~。じゃあ、僕も忙しいので、失礼するよ。」


 松井はそこで消えた。


 俺は情報を整理してみるが、現状、松井じゃないが、どうしようも無い。

 正しく俎上の魚だ。何とでもしてくれ。

 ただ、これから姉貴が何をするのかが謎だ。あの人の行動だけは読めない。

 カオリンに下手に接触させると、不味いかもしれんな。



 う~ん、特にする事もない。

 なので、先程、PKした時に、新しい称号が手に入っていたので、確かめてみる。

 レベルも1上がっていた。


称号:「下剋上」 効果:自分よりレベルの高いプレーヤー相手にダメージ10%増加


 う~ん、PKするつもりは無いので、お蔵入り決定だな。もっとも、PVP《プレーヤーバーサスプレーヤー》の大会もあるので、そういう時に使えるのかもな。


 更にステータス画面から、様々な情報を確認してみる。

 ふむ、特に変わった事はな……ん?


 ん~~???

 何だ? このリアルマネーは? 50万?


 このゲームは、課金できる物が結構ある。代表的なのはアイテムボックスの容量だが、それ以外にも100円ガチャ、500円ガチャとか。嵌るとNGMLの売り上げに大きく貢献させられるシステムだ。

 なので、そういう遊び方をしたい人は、銀行や、カードで、自分のIDにリアルマネーを振り込む。俺はそこまで嵌ってはいないし、現在の所持金は数千円だったはずだ。

 ふむ、NGMLが気を利かした可能性が高いな。暇潰しにガチャでもしてろと。


 早速、桧山さんにコールしてみる。


「はい! 桧山です! 何かあったのですか?!」


 予想通り、凄い勢いで応答される。


「い、いや、確認の為だけです。俺のIDに50万円増えているのですが、これ、そちらでいじってくれたのですか?」

「え? うちではそういう処置はしていなかった筈ですが…、調べてみますね。」


 待つこと数分。


「記録を見た結果、信じられないのですが、今朝、『八咫新』さん名義から、振り込みがありました。」


 ぐは! 死人が振り込みって!

 だが、予想はつく。こういう事をしでかす奴はあの人だけだ。

 大方、俺の口座から、勝手に振り込んだのだろう。もしもの時の為に、暗証番号を控えたメモの場所を教えていたからな~。


 そう! 姉貴だ!


 間違いない! 何処までかは分からないが、確実にばれている!

 しかも50万って! ほぼ俺の全預金だったはずだ! 

 死体に金は必要無いってことか? 葬式費用にでも当ててくれれば良かったものを。


「わ、分かりました。原因も想像がつくので、問題無いです。後、桧山さん、というか、NGMLの方、全員ですが、充分に注意したほうがいいことを忠告しておきます。」

「え? え? それって脅迫ですか?!」

「脅迫はそっちが先だと思いますが。いや、そういう意味では無く、単なる親切心での『忠告』です。俺も、リアルでは何もできませんから。」


 数年前、姉貴を面接で落とした会社の株価が、翌日になって原因不明の大暴落をしたという、得体の知れない現象を、俺は確認している。

 単なる偶然かもしれないが、何が起こるかは未知数だ。


「は、はあ。」

「後、丁度良かった、俺が現状、眠くならない状況なのはご存知ですよね?」

「はい。全く…、いえ、何でも無いです。」


 愚痴が出るのは当然だが、桧山さん、貴女はまだ新庄に較べればマシだぞ。


「それで、ダンジョンとか以外の暇潰しが欲しいのですが。具体的にはTVとか、本とかですかね?」

「あ、それでしたら、TVはそちらの部屋でも使えるようにしましょう。本に関しては、モニターに内容を映すことが可能です。あ、後、お暇でしたら、こういうのはどうでしょうか? 新しいアイテムとか、クエストとか、企画を出して下さると言うのは?」

「それは面白そうですね。しかし、プレーヤーにそんな事させちゃっていいんですか?」

「シンさんならば問題ないかと。一般にも意見は募集していますし。」

「分かりました。思いついたら、報告しますね。どうもでした。」


 ふむ、もはや俺は身内のようだ。

 いい企画を出せば、報酬とか出そうだな。

もっとも、金はここでしか使えないので、究極のマッチポンプにしかならんが。


 暫くすると、部屋の壁にモニターが出現し、テーブルには、リモコン画面が表示される。

 ふむ、カラオケまで出来るようだ。もはや完全なパーティールームだな。



 一人でカラオケをしてみるが、やはりつまらない。

 仕方ないので、TVをつけて暇を潰す。


 すると、そこにローズが入って来た。


「おう、お帰り。」

「はいっす。少し仮眠していたっす。あれ? なんすか? そのモニター?」

「あ~、何と言うかプレゼントだ。結構便利だぞ。TVが見られるし、カラオケまで出来る。」

「え~? そんなアイテム売ってないっすよ? あたいも色々なギルド見たっすけど、モニターがついているギルドルームは無かったっす。」

「そうなんだ。まあ、あまりゲーム内に籠らないようにする配慮なのかもな。」


 しかし、ローズは首を捻っている。


「本当にシンさんって、何者なんすか? 運営と繋がりがあるのは理解できるんすけど、特殊すぎっす!」

「う~ん、さっきも言ったが、それには答えられない。俺も17歳のローズが、何故あの時間にログインしていたか聞かないぞ?」


 うん、もし彼女が本当に17歳ならば、色々と憶測はできるが、それは、ここではしてはいけない。ネットでの暗黙のルールだ。


「あ、あ、ご、ごめんなさい! そ、そんなつもりじゃないんです! だ、だから、私の事もできれば聞かないで下さい。」


 げ! 彼女は今にも泣きそうだ。口調も全く変わっている!


「い、いや、別に怒ったんじゃない。ただ、ちょっと説明はできないんだ。君を巻き込みたく無いというか、まあ、勘弁してくれ。」


 俺はそこで思い出した。松井の言葉だ。


『彼女は君の理解者になれる可能性が高い。』


 これは、当然ローズのことだ。

 つまり、松井はこの娘まで巻き込むつもりのようだ。

 確かに俺の理解者が増えるのなら嬉しいが、かなり良心が咎める。


「そ、そうっすか。いえ、失礼したっす。でも、TVいいっすね。見て構わないっすか?」


 ほっ。彼女は元に戻ったようだ。


「おう、カラオケもあるぞ。しかし、ダイブしてまでする事じゃないよな~。」


 俺が笑いながら答えると、意外な返事が来た。


「確かに言われて見ればそうっすけど、あたいは気に入ったっす! 勿論、このギルド以外の奴には言わないっす。いや~、TVって、あんま見られないんすよ。カラオケも後でやってみたいっすね。最近やった事ないっすから。」


 リアルの詮索はするなと言ったが、ネット環境があるのに、TVが見られないと言うのは疑問だ。

 うん、彼女には何かある。

 だが、これこそ俺と一緒で、彼女から言うまでは待つべきだな。


「ふむ、なら一緒に見るか。チャンネルは任せるよ。」

「どうもっす! でも、男性と二人っきりでTV見るって。なんか恥ずかしいっすね。」

「アホ! 悪いが俺に17歳を相手にする趣味は無い! それに、その狼顔じゃあな~、あ、済まん。」

「あははは、このアバは、男避けっす。シンさんは大丈夫だと思うっすけど、前のアバの時は若い女ってだけで、結構な数、ログアウトさせてしまったっすから。」


 ローズはカラカラと笑いながら答えてくれた。

 ふむ、セクハラペナか。

 納得だな。男は常にアホなものだ。女性アバターは美人設定が大半だし、若い女と知れば、妙な気を起こす奴が居ても無理は無い。


 彼女はチャンネルをお笑い番組に設定した。

 うん、無邪気に笑ってくれているので、安心だ。


 そして、彼女のTVへの熱は冷めないようで、ニュース、クイズ番組と魅入っている。

 寛いでいると、カオリンが入って来た。

 もう8時か。しかし、ローズのおかげでいい時間潰しになったな。


「お帰り、カオリン。」

「カオリン、お帰りっす。」

「只今、シン、ローズ。それで、早速だけど、報告があるわ。あ、どうしようかしら?」

「そうだな。悪いがローズはここで待っていてくれ。今見たら、アロさんも潜ったようだ。」

「分かったっす。」

「そう。なら、都合がいいわね。あら、TV入れたのね。良かったじゃない。」

「ああ、いい感じだ。じゃあ、ローズ済まん。すぐ帰れると思う。カオリン、取り敢えず、一旦外に出よう。」

「ええ。」


 俺とカオリンは、ギルドホールの外にあったベンチに腰掛ける。

 カオリンが真剣な表情で切り出す。


「それで、敦子さんの事なんだけど。」

「ああ、大体予想がつく。ばれていただろ。」

「そうなのよ。明確には言わないのだけど、お葬式はどうされますかって電話したら、やる必要がないって。」

「やはりな。カオリン、君もあの人にはこれ以上関わらない方がいい。それと、ありがとう、面倒な役をさせてしまったようだ。」

「関わるなって意味は分からないけど、そっとしておけって事?」

「うん、下手に刺激したくない。」

「分かったわ。あたしもどう対応していいか分からないし。じゃあ、次はアロさんの所で挨拶ね?」

「そうだな。すぐ済むだろう。あ、丁度いい。全員揃っているようだ。今日は早いな。」


 俺達はアロさんのパーティールームに移動する。



「皆さん、今晩は。今日は全員早いですね。」

「今晩は。シン君、君もね。そうだ、あれ、大丈夫だったのか?」

「シン! 疑いが晴れて良かったなの。」

「シンちゃん、リアルの欲求不満はここで晴らすのよ~。あたしが相手してあげるわ~。」


 意味不明なのも居るが、まあ、予想通りの反応だ。

 タカピさんは黙っている。


「ええ、ご心配おかけしました。それで、ちょっと報告したいことが。」

「あ~、実は僕もなんだよ。それでこうやって早い時間に潜ったんだが、全員揃って丁度いい。」


 ん? アロさんもか。


「実は僕ね、急にリアルの方で生活が変わってしまってね。実は明日から海外なんだ。それで、暫くは潜れなくなる。当然、落ち着いたらまた皆と遊べると思うが、多分潜れる時間が合わなくなる。なので、迷惑はかけられない。だから、申し訳無いがこのパーティーは一旦解散だ。」


 おや? これは、アロさんには悪いが都合がいい。

 俺も下手な嘘を吐く必要が無くなった。


「分かりました。栄転ですね。おめでとうございます。」

「サイカ、待ってるなの。アロ、すぐ戻って来るなの!」

「うん、アロ君、おめでとう。」

「アロちゃん、今までありがとうね~。あたしはいい男が居そうなギルドを探すわね~。」

「アロさん、良かったわね。友達登録は残しておいてね。」

「うん、皆、今までありがとう。ただ、僕もかなり忙しくてね。色々と話したいところなんだが、ここで解散だ。」


 アロさんは頭を下げる。


 皆、ぞろぞろと部屋を出る。

 そう、リーダーのアロさんが降りると、自動的にパーティーは解散し、この部屋も使えなくなるからだ。


 俺とカオリンがギルドホールのベンチで待っていると、タカピさんが追いかけてきた。

 これも予定済みの行動だ。

 先程、メールを入れておいた。


「うん、シン君、カオリン、ギルドを作るのはいい判断だと思います。それで、松井さんからの報告も聞きました。まあ、今はどうしようもないですが、これは大きな前進だと思いますよ。僕からは以上ですね。じゃあ、早速君のギルドに入会しましょう。その、ローズさんも気になります。」


 俺は迷わず視界の隅に出た、タカピさんの承認を選択する。


「はい、タカピさん、ありがとうございます。ローズの事は本人から聞いて下さい。じゃあ、行きましょう。」

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