第6話 ファントムカース
ファントムカース
俺は今、『日向の国』の転移装置を降りて、手近にあったベンチに腰掛けている。
この時間になると、まばらではあるが、人通りも出ている。
俺は、あのクエストをクリアした謎を考えている。
あれは確かにクリアだよな? 表示も出ていたし。
チートな俺に愛想を尽かして、強引にクリアにしたって訳でも無さそうだ。
『クリア』と『コンプリート』では意味が違う? ますますわからん。
まあ、いいか。
しかし、かなり引っかかるし、後味も悪い。
それ以前に、チートな俺が挑んだ時点で反則か。
取り敢えず、得られたアイテムと、称号を確認するか?
もっとも、何かもう、どうでも良くなって来ている。
素晴らしいアイテムが得られたところで、それがどうしたと言うのだ?
不死身の俺には、時間さえあれば、どんなクエストでもクリアできるだろう。そして、その時間も無限にある。
なので、もはや何の価値も無いだろう。
「やっと、見つけたわよ! シン! あれから何があったの? 説明して頂戴!」
ん? 顔を上げると、そこにはカオリンが居た。
「ああ、カオリン、お早う。しかし、こんな時間に潜っているとは、意外だな。」
「それはこっちの台詞よ。それより、何があったの? あなたがいきなり消えて、その後、システム管理の人からコールがあって、色々聞かれたわ。」
「あ~、それ、メールが入っていただろ? 全て向こうの勘違いだ。俺も色々聞かれたけど、結局何も無かったよ。」
うん、ここは誤魔化そう。と言うより、話しても信じて貰えないだろうし、話せば確実に彼女を巻き込むことになる。NGML社は極秘に研究したいはずだし、俺もその研究を邪魔できない。
うん、そうだ。パーティーも抜けよう。今晩、皆が揃ったところで宣言すればいい。
「あら、それなら良かったわ。じゃあ、あたしのPCなんだけど、聞いてくれる?」
そう言って、カオリンは俺の隣に腰掛ける。
「ああ、しかし、聞くだけだぞ。俺が処置したら、料金が発生するぞ!」
「ふ~ん。でも、聞いてはくれるのよね?」
「ああ、言ってみろ。」
「なんか偉そうね。まあいいわ。ちょっと、最近遅くなったような気がして、これって何が原因なの? やっぱり最新のに替えた方がいいのかしら?」
「う~ん、原因は色々考えられるが、診てみないと分からんな。ただ、買い替える必要は無いと思う。君のPCのスペックはかなりいい。今のOSにも十二分に対応できている筈だ。」
「へ~、そうなんだ。ありがとうね。」
「ああ、今度暇な時にでもって、あ~、まあ、詳しく症状を言ってくれたら、教えてやるよ。その代わり、何かおごってくれよ。」
そうだ! 俺はもうリアルには戻れないのだ!
当然、彼女のPCを直接診てやることはできない!
「そうね。じゃあ、言うからお願いね。でも、ここじゃ何よね。パーティールームに行きましょう。あそこの方が落ち着くわ。」
「分かった。」
カオリンは俺の手を引いて、転移装置に乗る。
ん? 今まで彼女に手を握られたことなんて、無いのだが?
まあ、タダで直してくれる奴を逃したくは無いのだろう。
俺は行き先を、アロンダイトのパーティールームと念じる。
パーティールームに入ると、なんと、タカピさんが居た。
「あ、タカピさん、お早うございます。こんな時間に潜っているなんて、意外ですね。」
「ああ、シン君、お早うございます。それで、カオリン、どうでしたか?」
カオリンはまだ俺の手を握っている。いい加減、放して欲しいのだが?
なんか、かなり照れる。
「ええ、タカピさん、やっぱり、彼はシン、いえ、八咫さんよ!」
ぬお?
こいつ、ここでリアル割れさせるか?
「やはりそうでしたか。これは詳しく話を聞かせて頂きたいものですね。」
おいおい、タカピさんも怖いぞ?
一体俺が何をしたって?
あ! もしかして!
「いえ、タカピさん、カオリンにも言いましたが、あれは管理側の勘違いですよ。メールあったでしょ? ってか、カオリン! いい加減放してくれ!」
「いいえ! 放さないわ! あなたが全部話してくれるまでね!」
「ん? 何のことだ?」
「あたし、今朝、気になってあなたにリアルで電話したのよ! そしたら、姉の敦子さんという方が電話に出たわ!」
あ~、これはもう無理だな。彼女は完全に巻き込まれている。
そして、俺は本人確認の為に、嵌められた訳だ。彼女のPCの話は出まかせだろう。
しかし、何故タカピさんも?
「分かった。そこまで知っているなら、覚悟をして欲しい。タカピさんも、巻き込みたくはないので、出来れば席を外して頂きたいのですが。」
「いや、実は僕も関係者でしてね。もしかしたらですが、住吉って名前に心当たりはありませんか?」
関係者? 住吉? はて?
「じゃあ、死亡診断書でどうですか?」
げ! この人、何故?
「いや、何の事やら?」
「おや? そうですか、あれは見ていなかったのですね。なら仕方ありません。説明します。実は僕、医者でしてね。昨日、祝勝会の時に、急患が入りましてね。それで慌てて病院に戻ったんですよ。患者は22歳の男性、名前は『八咫新』さんです。」
あ! そう言う事か!
この人、俺の検死をしてくれた医者に違いない!
これはもう隠せないな。
「すみません。死亡診断書は見せられたのですが、気が動転していて、名前までは。しかし、先に言っておきます。カオリン、タカピさん、俺は見張られている。この会話もNGML社に筒抜けのはずだ。これ以上関わると、多分、かなりの迷惑をかけることになる。」
「まあ、予想はしていたけど、そこまでとはね。でも、ここまで知ってしまったら、もう引けないわ。全部話して頂戴。シン! いえ、八咫さん、あなた一体何者?」
「カオリン、本当にいいんだな? 下手したら、君はここで強制ログアウトさせられる可能性が高い。そして、二度とこのゲームにログインできなくなる。タカピさんもですよ。」
俺は強引にカオリンの手を振り払い、ソファーに深く座り、腕を組む。
そして、二人を交互に睨む。
カオリンは俺の向かい、タカピさんの隣に座り、俺を睨み返す。
タカピさんは、少し上を向いて、考えている感じだ。
タカピさんが切り出した。
「そうですね。しかし、もしそうなるなら、この時点で既にログアウトさせられているでしょう。」
「え? それはどういう?」
俺が聞くと、カオリンが答えた。
「簡単よ。NGML社は、あたし達に知られても構わないってことよ。理由も想像つくわ。」
「言ってみてくれ。」
「ここからは僕に説明させて欲しいね~。」
げ! この声は?
声の方向、俺の隣を見ると、いつの間にか、あの銀髪エルフのアバターが座っている!
前の二人も目を丸くしている。
「松井さん?」
うん、よく見ると、IDも表示されている。
「全く、桧山に叩き起こされてみれば。しかし、これは好都合ですね~。あ、自己紹介が遅れましたね。僕は
ふむ、流石だな。既に全員調べはついていると。
カオリンが先に口を開いた。
「え、ええ、初めまして。松井部長さん。それで、何処から説明して頂けるのかしら? 好都合の意味は分かるつもりですけど。」
ぬお? カオリン、解るんかい! 俺にはさっぱりだ。
「そうだね~。確かにここに居るメンバーは、唯一、シン君のリアル、『八咫新』さんを知っている、素戔嗚のプレーヤーだ。なので、貴方達には、いずれこの事態がばれることは想定済みだったんだけど、予想よりも少し早かったかな。まあ、住吉院長は、あそこで知ったようだけど。」
「それはそうです。僕が死亡診断書を作成したのですから。詳しく話を聞けば、『シン』というIDだったそうなので、すぐにシン君が八咫さんだったと分かります。そして、気になってログインして見れば、シン君のIDが残っているじゃないですか! しかも、ログイン中って! さあ、話して下さい! 事情によっては、僕はあの診断書を書き直さなくてはならない!」
なるほど、タカピさんの反応は当然か。
俺の身体は死んでいるのに、意識は残っている。医者としては放ってはおけまい。
まあ、それはNGML社も同様だ。
「まあまあ、住吉院長も、見当はついているのでしょ? そう、八咫新さんは死んだ。死因は不明。しかし、素戔嗚にダイブ中だった、シン君は生き残った。現状、把握できている事実はこれだけですね~。」
ん? 松井の説明は、少し引っかかる言い回しだな。
ふむ、自分達には責任が無いと言いたい訳か。
「そう、完全では無いけど、理解はできたわ。それでは、NGML社としては、どうするおつもりなの? この事実、公表すれば世間は無視できない筈よ。何か対策も講じないと…。あっ! そういう事ね! 納得は出来るけど、納得できないわ!」
おい、カオリン、最後のは意味不明だぞ。
「おや、貴船さんも理解が早くて助かりますね~。お気づきの通り、この事を公表されれば、我々は研究を続けられない可能性が高い。マスコミは寄って集って、我々を悪者にするよね~。それでシン君は助かりますか? 今、彼を助けられるのは、どう考えても我々しか居ない。他の研究機関に任せるのは、ロスが多すぎますからね~。」
あ~、何となくだけど、松井の意図が読めて来た。
こいつ、この二人も思いっきり巻き込むつもりだ!
そして、これは一種の脅迫だ!
カオリンの『納得できない』は、その事か!
「なるほど。僕も貴方達のやり方には、あまり賛同できないが、人道的には協力せざるを得ないようですね。それで、僕達には何をさせたいのですか? ここまで教えておいて、黙っているだけでいいとは考えにくいのですが?」
「うんうん、流石は住吉院長! そこなんですよ。現状、シン君にはこの世界しか無い! こんな殺伐とした、ゲームの世界だけで、彼の精神は持つと思いますか?! 直前に部下から報告がありました。せっかく高難度のクエストをクリアしたのに、全く嬉しそうでは無かったと。医師の貴方なら分かりますよね?」
「そうですね。研究には時間がかかるでしょう。それまでシン君には、心の支えが必要だ。それには事情を知っていて、且つ、信用できる人間が好ましい。それで僕達という訳ですか。」
うわ! 予想はしていたが、これでは二人に迷惑かけまくりだ!
しかし、たまたまだろうが、この人選は理に適っている。
リアルで俺と接点のあったカオリンと、医者であるタカピさん、これ以上は無いかもしれない。
でも、やはりな~。
「え~っと、いいですか?」
「あら、シン、あたしは構わないわよ? 流石に四六時中あなたに付き合う訳には行かないけど、今まで通り、一緒にパーティー組んで、遊んでいればいいだけじゃない。他のメンバーには、この事は伏せておくわ。」
「いや、そう言う事じゃない。俺はこのゲーム内では死ねないんだよ。死ぬと完全に消えてしまうらしい。なので、今の俺は絶対にHPが減らない、とんでもないチート野郎にされている。おまけに、眠くもならない。24時間戦えますって奴だ。おかげで、あれから一睡もせずに、八尺瓊勾玉のクエストをたった3時間程でクリアできてしまった。まあ、あれをクリアと言えるかは微妙だが。とにかく、そう言う訳で、そんな俺と一緒にダンジョンに入っても、ゲームとして成立しないと思うし、俺も楽しくはない。もっとも、話し相手になってくれるだけでも嬉しいのは事実だが。」
流石にこの事実には全員引いたようだ。沈黙が流れる。
松井も、俺が嬉しくなかった根本的な理由が分かったようで、腕を組んで考え込んでいる。
確かに、俺としては、誰かがログインした時に、話し相手になってくれるだけで、かなり違うと思う。
しかし、それでは、気を遣わせているのが分かるだけに、俺も辛い。
そして、皆との楽しみは、一緒にクエストを達成したりすることだ。
重い空気の中、カオリンが口を開く。
「それなら、一つ提案があるわ。」
ん? カオリン、何だろう?
「さっきの話だと、シンのHPは、全く減らないのよね?」
「ああ、HPどころか、MPもだ。」
「なら、『絶対にレッドゾーン以下にはならない』っていう設定に変更できないかしら? そして、レッドゾーンに入るようなダメージを受けた場合、自動的に『強制転移の石』の効果が発動するっていうのはどう? MPに関しては当然解除よ。それなら、そういうこだわりプレーをしているっていうことで、周りを納得させられるわ。でも、このゲーム、本当はレッドゾーンに入ってからのドキドキ感が堪らないのだけど。」
お? これはいいかもしれない!
これなら、俺も楽しめそうだ!
「うん、カオリン、それならいい! 俺も罪悪感が無いし。まあ、周りには迷惑をかけるかもだが、それくらいは勘弁して貰おう。松井さん、できそうですか?」
「うんうん、貴船さん、素晴らしい提案です! ちょっと待って下さいね。」
暫く沈黙が流れる。
「うんうん、可能のようですね~。ただ、強制転移に関しては、アクセサリーの効果扱いにした方がいいようだね~。なので、新しいアイテムの追加だ。名前は君達で決めて下さい。」
「じゃあ、シン、あたしが提案したのだから、あたしに決めさせて。」
「おう、任せた。」
「なら、ファントムカースよ!」
ん? 意味としては幽霊の呪いって意味か?
ちと重いが、せっかくカオリンが提案してくれたアイテムだ。文句を言えば、怒られそうだしな。
「うん、ありがとう。じゃあ、それでお願いします。そして、カオリン、タカピさん、こんな俺の為に本当にありがとう。」
「あ、あたしは、今のメンバーをいじりたくないだけよ。せっかくいい感じなのに、シンが欠けると、面倒だわ。」
「僕も、医師として、シン君を見守っていたいですね。そう、君はまだ僕の患者だ。死亡診断書は書いてしまったけどね。松井さん、そういう事で、何か分かったら、必ず僕にも報告して下さいよ。」
「いいでしょう。僕も、皆さんが納得してくれて何よりです。早速取り掛からせましょう。では、失礼します。」
松井はそう言って消えた。
「それで、シン君、君はこれからどうしますか? 僕はこれから仕事なので、ここで失礼しますが。あ、後、あのクエストの話、必ず聞かせて下さいよ!」
「あ~、全く考えていないです。取り敢えずはそのアイテム待ちですね。はい、クエストの話は楽しみにしていてください。ありがとうございました。」
「じゃあ、今晩、必ず来ますね。」
タカピさんも、それで気が済んだようで、消える。
残ったのは、カオリンだけとなる。
「それで、カオリンは? 学校大丈夫か? もう8時回っているぞ?」
「そうね。今日は必修もないし、あなたに付き合ってあげるわ。まだ話したいこともあるし。」
「いや、気持ちは嬉しいが、それは流石にな~。」
「いいのよ。あたしがそうしたいのだから。そして、話とは、あなたのお姉さん、敦子さんの事よ。」
げ! 完全に忘れていた!
「そ、その、電話の時はどんな感じだった? あ、まず、何時にかけた?」
「かけたのは、今朝よ。ここで直接聞きたかったのだけど、あなた、居場所がダンジョン内になっていたから、コールできなかったわ。」
ふむ、俺がクエストに挑戦していた時だな。
このゲーム、パーティーや、友人登録している奴の居場所は分かるようになっている。
そして、ダンジョン内でも、リアルで電話をすれば、昨日のタカピさんのように、気付くと思ったのだろう。
「ああ、あの時間、俺はクエスト中だ。」
「なるほどね。そう、敦子さんは、あなたが死んだ事を話したと思ったら、後は、あなたの事を凄い勢いで聞いて来たわ。」
「で、カオリンは何と答えた?」
「正直に、昨晩までは、一緒に遊んでいて、今もログインしている事になっているって。そこまで話したら、何か急に黙り込んでしまわれたわ。」
「う~ん、イマイチ解らんが、ばれたと見るべきか? あ、言い忘れたが、姉貴には、まだこの状態は伝わっていないはずだ。もっとも、その電話で何か気付いた可能性は高いが。」
「え? そうなの? じゃあ、あたしから詳しく伝える?」
俺は少し考える。
松井の言っていたように、俺が人質に取られている的なことを理解させれば、全面的に協力するだろうか?
しかし、俺はあの時に覚悟を決めたはずだ。この状況を話せば、姉貴は喜ぶだろう。だが、俺が復活できる保証は全く無い。下手に希望を持たせて、こちらからNGMLの言いなりにさせてしまうのは可哀想だ。
そして何よりも、そうなった場合、あの人が何をしでかすか、分かった物じゃない!
「いや、それには及ばない。NGMLも、話すか迷っているようだしな。ただ、何かあったら、知らせて欲しい。そう、俺の葬式の話とか。」
「分かったわ。後で電話してみるわ。」
「うん、ありがとう。お、コールが入った。多分、アイテムの件だろう。桧山さんからだ。」
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