第3話 理解

          理解



 俺が監禁されてから、数時間が経ち、現在は深夜の2時。

 俺もいい加減、退屈の限度だ。


「お~い、誰か見張っているんだろ? ログアウト出来ないのなら、閉じ込めておく必要も無いだろ? こうやって、俺のアバターをそっちは自由に移動させられるんだから。これじゃ拷問だ!」


 すると、また頭に直接声が響く。


「だから貴方が素直に全部話してくれれば、すぐにでも解放させてあげられるのです。我々だってこんな事はしたくないんです。それに、辛いのは貴方だけじゃないです。見張っている私の身にもなって欲しいです。」


 この声は、あの新庄か? 

 なるほど、言われてみれば、こいつもとんだとばっちりだ。だが、俺も嘘を言っている訳ではないので、そこが問題だ。


「だから、姉貴と話させて欲しいと言ってるんですが? そうすれば、俺は本人と証明されて、新庄さんは心置き無く寝られる。俺もリアルに戻れて、全員いいことずくめですが?」

「貴方、正気で言っているんですか? 実の肉親を亡くされた方に、その原因かもしれない人と話させるなんて! それに、もし貴方が本人ならば、何処に戻るのですか? 『八咫新さん』の肉体はもう死んでいるんですよ!」


 う! 確かにそんな事は全く考えていなかった!

 そもそも、俺が死んでいるということが認められないのだから。


「なら、俺が死んだっていう証拠を見せて欲しいです。」

「証拠なら腐るほどありますが、他人の貴方に見せる訳には行かないですね。上の許可も下りないでしょう。ですが、ちょっと待って下さい。聞いてみます。」


 暫くすると、いきなり部屋のモニターが点灯した。


 ぬお?! なんと!


 そこには、俺の名前の死亡診断書が映し出された!


 一字一句、確認してみるが、明らかに俺だ。生年月日も一致する。

 しかし、死因が『不明』って、これでいいのか?


「気が済みましたか? これで貴方が折れてくれればと、許可が下りました。」

「いや、こんなもん、このVR空間じゃいくらでも偽造できる!」

「じゃあ、これでどうです!」


 うげ!


 それは、検死中の様子だった!

 顔は確かに俺だが、脳みそが剥き出しだ!


 俺は思わず顔を背ける。


「もういいです。確かに納得しました。」

「そうですか。じゃあ、この事は忘れて下さい。そして、正直に話して下さい。」


 全く、こいつはアホか?


「いや、忘れる事は出来ない! それに、あんたは勘違いしているようだが、俺が納得したのは、俺の肉体が死んだって事だ! 全く、こんなもん見せられるとは! おかげで完全に理解できた! そう、俺は死んだんだ! だが、俺はこの世界にこうやって生きている! 何故だ? あんたの会社が作ったシステムだろ! 説明してくれよ!」


これは誰だって怒るだろ!


「え? ちょ、ちょっと待って下さい。じゃあ、本当に貴方は、『八咫新さん』なのですか?」

「だから、さっきから本人だって……。」


 俺は年甲斐も無く泣いてしまった。

 このVR世界でも涙が流せる事が意外だったが、もう、どうでもいい。


 誰か、これは嘘だと言ってくれ!


「信じたくないですが、どうやら、貴方に嘘は無いようですね。これが演技なら、間違いなくレッドカーペットを歩けます。分かりました。でも、私の一存では無理ですので、暫く待って下さい。あ、退屈でしょうから、そのモニター、普通のTVが映るようにしておきますね。そこのリモコンで操作できますから。」


 そう言われても、最早退屈だとかの気分では無い。

 俺は、黙って虚空を見上げながら、この意味を必死に考えるが、結論は出ない。


 ベッドに腰掛けて、ぼんやりと考えているうちに、いきなり目の前にあの裁判所のアバターが2体、出現した!


「あ~、驚かせて済まないね。僕は、この素戔嗚のシステム管理部、部長の松井だ。で、隣は新庄君。まあ、見分けはつかないだろうけど、ID見れば区別できるよ。」


 ふむ、今回は、IDがちゃんと表示されている。さっきは非表示にしていたようだ。


「それで、その部長さんが、死人に何の用ですか?」

「おいおい、そうやさぐれないでくれよ。君の発言以外にも、様々な情報から、我々としては、まだ100%とは行かないが、君を信用しようという結論に至った。なので、君の境遇には同情するよ。しかし、我々もこんなケースは初めてだ。それで、これからの君の事を話そうと言う訳だ。」


 なるほど、今までの時間でこいつらは、情報を収集、整理、分析して、やっと俺を認めたと。


「じゃあ、俺がこうなった原因に、『何か心当たりはありませんか?』」


 わざと、新庄の最初の台詞をぶつけてみる。当然嫌味だ。


「あ~、私、かなり嫌われたようですね。ですが、あの状況、客観的に見て、他人の乗っ取りを疑うのが普通です。」

「そうですね。だから、『正直に話してくれるのなら、喜んで聞きますよ。』 今のじゃ、答えになっていませんね。」


 再び新庄の台詞を引用する。


「新庄君、済まないね~。憎まれ役をさせてしまったようで。うん、正直に話そう。『全く心当たりはありません。』」


 チッ、松井の奴、俺の返しを真似しやがった!

 新庄との会話を覗いていたな。

 しかし、これは困った。これでは何の解決にもならない。


「うん、我々も困っている。何しろ原因が全く分からないのだからね~。そもそも、君を人間として扱っていいのか? からが謎な状態だ。君も理解してくれたように、『八咫新』は現世では死んでいる。」

「あ~、確かにそれはそうですね。しかし、その解決方法は既に持っているでしょ? 俺も消えたくはないが、多分、そうするのが貴方達にとって一番楽な筈だ。」

「う~ん、やはり気付いているよね~。そう、君のデータを消してしまえば済む。君は消えてしまい、残るのは、死因不明の死体が一体だけだ。非情な言い方だけどね。」

「では何故そうしない? このままじゃ、貴方達だって訴えられかねない。俺という証拠を消してしまえば何の問題も無い。あ~、そういうことか。理解できた。」


 そう、現状残っている証拠は『死因不明』の死体のみ。そして俺の存在は、法の概念から大きく外れているし、消してしまえば残らない。裁判になったところで、NGML社を有罪にすることは難しいだろう。

 更に、NGML社は、今やVRゲームの大御所みたいになっているが、正式名称は『次世代医療研究所』。


 つまり、彼等の本職は医療研究。俺は絶対に手放したくない、貴重なモルモットだ!


「うんうん、理解が早くて助かるよ~。君に関しては、我々の一存で簡単に消せる。だが、我々は君を失いたくない。我々医療研究に携わる人間には、君の存在そのものがノーベル賞ものなんだよ。」

「なら、このことを公表すれば? 本当にノーベル賞、貰えるかもしれませんよ? まあ、俺にはどうでもいいけど。」

「うん、先走った連中にはそう言うのも居るね~。しかし、医療倫理って観点からは止めたほうがいいだろうね。それこそマスコミのいい餌だ。」


 まあ、そうなるよな~。

 マスコミなんかにばれたら、人道的とか何とか言って、研究を続けさせる訳が無い。


「では、伺いますが、NGML社としては、この事を公にはせず、俺を研究したいようですが、その研究には、俺のリアル復活も含まれるのですか?」

「うんうん、それなんだよ! 勿論、それが最終目標だ! その為に、君の遺体は冷凍保存して残すべく、現在処置中だ。だが、当然、分かっているよね?」

「はあ、全面的に協力しろと。」

「うんうん、お互い、ウィンウィンな関係でいたいね~。」


 ここで松井は踵を返す。これで用は済んだということだろう。

 そこで、俺は思い出した。


「あ~、ちょっと待って下さい。」

「う~ん? こちらの伝えたいことは以上だけど?」

「いや、まだいろいろと疑問があります。俺の遺体を冷凍保存はいいのですが、姉貴の許可は? 遺体を引き取って研究したいと言えば、NGMLの非を認めるようなものだ。それと、俺の存在を姉貴には何と?」


 うん、あの妙に勘の鋭い姉貴が簡単にOKするとは思えない。


「あ~、そこは蛇の道は蛇ってところかね。我々は医療界ではそれなりに力があるのは分かるよね。勿論、あの死亡診断書は我々とは関係の無い医師が作成したよ~。しかし、『死因不明』のままじゃ、お姉さんも納得しない。そして、それを解明するのに最も相応しいのは我々だ。それを説明したら、了承してくれたよ。後、君の存在はまだ話していない。あの時点では、まだ信じられなかったからね。まあ、話せば、我々はかなり動き易くなるんだけどね~。」


 ふむ、この松井って男、かなりあけすけに言うな。まあ、その方がこっちも信用できるが。


「なるほど。現状、貴方達は、俺を人質に取っているようなものですからね。俺の事を話せば、姉貴も協力せざるを得ないでしょう。もっとも、信じてくれるかは謎か。俺としては非常に複雑なんですけど。しかし…、現状、完全に天涯孤独って訳か……。」

「う~ん、それには同情するけど、君にはまだプレーヤーの仲間が居るじゃないか。君のパーティーの人には、色々と聞き取りをさせて貰ったけど、さっき、君の問題は、協力のおかげで完全に無くなったという旨のメールを出したから、今まで通りだと思うよ~。」


 ふむ、では、俺はこれからも、あいつらとダンジョンに潜ったりできるってことか。

 ん? ダンジョン? クエスト?


「あ! 今気付いたんですが、俺がこの世界で死んだらどうなりますか? 今までなら、強制ログアウトされて、リアルに戻れた訳ですが?」

「あ~、それね。はっきり言って、多分、本当に死ぬと思う。何しろ、戻る体が無い。確証は無いけどね。君のログアウト機能は封印しているけど、これだけはゲームのシステム上、強制的に発動する。うん、僕も忘れていたよ。新庄君、大至急、彼の設定を不死身にしてあげて。」

「はい、すぐに出来ます。」


 新庄はそう言って姿を消した。

 しかし、俺だけ不死身ってチートすぎないか?

 だが、彼等からすれば当然の処置だ。俺も死にたくはない。


「あ~、それとね。今、報告があったのだけど、君、凄いPC使っているね~。CPUもだけど、何、このメモリー? 1テラって?」

「う~ん、PC修理が仕事なもんで、お客さんから使わなくなったPCを良く頂くんですよ。気前のいい人なんかは、ウィルスとかを除去しても、元のデータさえ抜き取れれば、後は気持ち悪いから要らない、この際、最新の奴に買い替えるって。そこからパーツを貰って自作した結果としか。」


「しかし、個人が使うレベルじゃないよね~。うちが欲しいくらいだよ。あ、安心してね。君のPCも、絶対に電源が切れないようにしてあるから。君も知っての通り、BAブレインアダプターからは、一旦家庭のPCで情報を下処理してから、うちのサーバーにデータが送られる。つまり、君のPCにも、原因があるのかもしれない。まあ、元々、君のPCに何者かが侵入したって線で調べていたし。そうだね~、お姉さんに任せるのは不安だね~。どうだろう? うちに買い取らせてくれない?」

「そうですね。俺も利害関係がある程度一致している、貴方達に任せたい。金額は姉貴と交渉して下さい。あ、でも、ちょっと待って下さい。」

「ん? 何かな?」


 俺はここで気付いた。

 俺のこの記憶、今、一体何処にあるんだ?

 NGMLのサーバーってのが、一番濃厚だが、果たしてそうだろうか?


「はい、俺のPCは、そちらで管理はお願いしたい。が、売りたくはない。」

「おや? 持っていても仕方無いと思ったけど? というか、持てないでしょ?」

「う~ん、そっちも、俺のPCは、研究には絶対に必要な筈だから、安心はできるのですが。とにかく所有権は姉貴のままで。」

「うん、まあ何となくだが君の考えは分かるよ。お姉さんには上手い事言って、預からせて貰おう。じゃあ、僕も流石に疲れたよ。ここで一旦落ちるね。後は新庄君に任せてあるから。」

「どうもお疲れ様です。」


 時間を見ると、もう3時を回っている。

 しかし、どうやらデータ人間の俺には睡眠は必要ないようだ。全く眠く無い。

 そう言えば、新庄が最初に言っていた、排泄も全く感じない。


「お待たせしました。不死身処理、完了です。」


 いきなり、頭に声が響く! 新庄だな。


「あ~、どうもです。しかし、手順無視して、いきなりコールするのは勘弁して下さい。結構びびりますよ。」

「あ、すみません。でも、これで今の貴方は完全に無敵です。現在のHPから減ることはありません。さあ、そこの扉を開ければ、ギルドの街に直通します。そこから好きな所で無双でも何でもどうぞ。後、何かあればそれこそ手順を無視して、私にコールして下さいよ! 貴方が私と会話したいと考えただけで、繋がるようにしてありますから!」

「わ、分かりました。」


 どうも、新庄は俺の専属にさせられた感じだな。

 無神経なところは相変わらずだが、それ以外は真面目そうだし、問題はなかろう。

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