第10話

 琉海は塩昆布で巻いた貝をもそもそと食べながら紅藻のベッドに寝転がっていた。


「一生お肉の食べ放題かぁ」


 琉海はそれを想像して生唾を飲み込んだ。


「でもやっぱりなんだかなぁ」


 琉海は自分が助けたあの2人の男のどちらかに恋するなんて想像できなかった。


 琉海の前の姫は王子に一目惚れをしているが、琉海は一目惚れどころかまともに男たちの顔さえ覚えていない。


 本当に自分はあのどちらかと熱烈な恋に落ちることができるのだろうか?


 それに失敗すると死んでしまうなんて、ずいぶん分の悪い伝説だ。


「でもまぁ」


 琉海は塩がついた指先を舐めた。


「その時は王子を殺せばいいか」


 人殺し人魚になるのはいやだし教育係は退屈そうだが、それよりも自分が死ぬことの方が何倍もいやだった。


 伝説の姫なんて聞こえはいいけれど、とんだ貧乏くじを引いたもんだ。


 琉海は遠くの水面を見つめた。


 数日前の嵐がずっと前のことのようにキラキラと月の光が反射して穏やかだ。


 あの船の上の女は死んでしまっただろうか。


 死んだだろう、あの嵐だ、助かるわけない。


 でもあれは自分が殺したわけではない。


 助けなかっただけだ。


 助けなかったと殺したのとのは同じじゃないのか?


 いや、違う。


 船を難破させたのは自分じゃない。


 ちゃんと天候を確かめずに海に出たのが悪いのだ。


 もともと死ぬ運命だったのだ。


 では自分が助けた男2人は?


 あの男たちも自分が助けなければ確実に死んだはずだ。


 でも男は伝説の王子だから。


 でも2人いた、1人は王子ではない。


 もし女も男と同じように海に投げ出されて気を失っていたら琉海は助けただろう。


 でも女は違った。


 琉海は女に人魚の姿をしっかりと見られてしまった。


 姉たちに女の話はしなかった。


 したとしても姉たちは見殺しにして正解だと言うだろうし、仮に琉海が女も助けたとしたら、姉たちは女を殺せと言うだろう。

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