第14話 白骨をひくノコギリ

episode14 白骨をひくノコギリ


照正君にはきこえた。

だが彼には、とっさに、その音がなんであるか?

判断ができなかった。

死可沼北少学校の校門の付近まできていた。

低いコンクリートの塀にとりかこまれた学校。

校庭で遅くまで野球の練習をしての帰りだった。

みんな、がやがやとその日の成果をはなしあっていた。


「おい、光男。きこえたよな。なにか音がしてないか」

「ぼくには、なにも、きこえないよ」

「いや、きこえる。毎年、夏になると、いまごろきこえてくるという、あの音だよ」

「ノコギリでなにかひいているような音?」

高野君が照正にきいてきた。


「そうだ。きこえるよな」

キシュキシュという音が幽かにする。

10人ほどの仲間の半数はきこえると応えた。

それは、悲鳴にきこえるというものもいた。

それぞれいうことがビミョウニちがっていた。

金属を切断しているような音だ。

いやちがうよ、人の骨をノコギリでゴシゴシ細かくきっているんだよ。

ホラー小説好きの高野君がこわごわという。

みんな、悲鳴をあげて逃げだした。


狭い町だ。

噂がひろまった。

毎年噂になるのだが、いままでは、だれも確かめてみようとはしなかった。

ところが、高野君がパソコンでツブヤイタ。

記録破りの暑さのなかで怪談がもてはやされた。

高野君ツブヤキが萌えあがった。


その翌日。

同じく校門前。

凄い人だかりだ。


「あっ、アサヤ塾のオチャン先生だ。どうして塾の先生が……きてるのよ」

照正がいう。 

「先生は小説家なんだ。この北小学校の――歳からいっても大先輩なんだ」

アサヤ塾の塾生――高野が自慢げに応える。

地元の新聞社の要請で百目鬼剛がかけつけた。百目鬼は超短編小説を地元紙の栃木新聞に連載している。そして、高野がいうように、この北小学校の卒業生だ。

百目鬼はコンクリート塀の、犬くぐりにはめ込まれた鉄柵にかがんだ。

鉄柵は切り取られてない。


「博君か? 博君だよな」

百目鬼は「のうまくさんまんだばあさらだ」とお経をあげだした。

するとどうだ。

夕暮れ時の塀のあたりに白い影がただよいだした。

百目鬼のほうに影がながれてくる。

みんなはこの怪異に恐れおなし、後ずさる。


「なんなんだよ」

「おばけだよ」

「なにかのたたりだりよ」

「怨念のかたまりだ」

「高野君がピンポンだ」

百目鬼がそういって、なおも経をあげなから怨霊にコンタクトする。

「あのことか。あのことが恨めしいのだろう」

凄まじい怨念が影から放射されている。

みればその背後の薄闇迫る校庭から白濁した影が、わっと湧きでて群れをなしてやってくる。

はっきりと姿にはなっていない。

それでも、百目鬼には納得がいった。

「やっぱり博君だ。荒くま君だ。あのことを訴えたいのだね。だから終戦記念日が近づくとでてきたんだ」

後ろからせまってきた怨霊が博君の霊を中心によこに整然とならんだ。

みんな小学生らしい雰囲気だ。


「老人の方もいるようなので、もしわたしがこれから話す事に記憶違いがあったら、どうぞ正してください」


校門の前は、時ならぬ選挙運動の街頭演説のようなことになった。

携帯でれんらくをうけた近所の市民も大勢集まってきた。

そして、まだ怨霊も塀の周辺にただよわっている。

ギイギイなにかをひくような音も、百目鬼がお経を唱えるのをやめたので、ふたたび響きだした。

みんなからだを震わせながら百目鬼のことばに耳を傾けた。

だれも蒼ざめている。

震えている。


「あれは終戦のひと月くらい前でした。ちょうど今ごろでした。ぼくらはこの犬くぐりの鉄柵をヤスリデ切っていました。鉄を集めて弾丸をつくるためでした。供出の日がせまっていました。今夜はねずにやれ!! と体操教師のHが高飛車に命令しました」

「実名をだしたってかまわないぞ」

老人のなかで叫ぶ者がいた。

「名前をいっちまえよ。おれたちはアイツに殺されるほど殴られた。死んでしまうほど毎日殴られた」

「そうなんです。その恨み抱いたまま死んだのが博君です。夜も寝ずに、といったHに反発した博君は殴られた。倒れた時にヤスリで背中を刺し貫かれた。頭を鉄の山にぶちつけた。上都賀病院でくるしみながら死んでいった。ぼくらはだれも、真相を怖くていいだせなかった」


老人たちが怨霊の前に同じように整列した。

お互いに両手をだして握手した。


鉄を切るような、白骨を切るような、不気味な音はいつしか消えていた。


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