第87話:難攻不落
オボロが去った後、無口のまま俯くシンと向き合った。彼とは王都解放時のすれ違いを抱えたままだ。
「オボロさんが言っていた通り、あまり時間は残されていない。もうすぐ……」
「……どこまで分かっていたんだ?」
ようやく口を開いたシンは、まるで敵を前にしたような身構えでこちらを睨みつけていた。まぁ、それも当然かと思いながら、まずは彼の質問の真意を探ることにした。
「どこまで、か」
「答えてくれ。でないと俺は……」
『どうしたらいいのか分からない』と、続きを聞かなくても彼の顔を見れば明らかだった。場合によっては、ここで自分と刺し違えるほどの覚悟なのか、片手が剣の鞘に掛ったままだ。
「アンタが王子を逃がした時、俺はアンタが裏切ったと思ったさ!」
それはあながち間違いじゃない。逃走経路をわざわざ用意して、仲間たちの最大の目標であった王子を見逃す。裏切りと取られても仕方がない。
「だけど、オボロさんに言われたんだ。アンタは先の出来事を天秤にかけて行動を選べる人間だって」
「買い被りだ。オボロさんが思っているほどの人間じゃないよ、俺は」
「よく言う。それから、あの人はこうも言っていた。アンタは天秤の傾かなかった方を躊躇なく切れる人だってな」
どうやらオボロからの評価は随分と高いようだが、俺は予知能力者でもなんでもない。だから、先に起こることはあくまで予想。妄想の類だ。
それに俺は自分の身の程を知っている。すべてを救いたいと願っても、手が届かないものがあるということは、ここに来て嫌というほど思い知らされた。
「だから教えてくれよ。アンタが選んだ方と、選ばなかった方がどうなるのかを」
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「魔人族!?」
王宮に入り、皆を集めて緊急の軍議を開いたのだが、集まった者たちの顔は一様に険しいものだった。王国内に魔人族が侵入した可能性と、彼らが既に王都に迫りつつあるという私の報告は、それほどまでに深刻な事態なのだから。
「魔人族の王国への侵入だけならまだしも、既に王都に迫っているとは信じられませんな。こう言っては誤解を生むかもしれませんが、西部の焦土化は完璧です。飲み水に至るまで徹底的に行われています。とても直ぐに踏破してくるとは考えにくいのですが」
私たちが国境の前線に居る間にノルド兄様が進めた西部国土の焦土化。私たちも王都に向かう途中にいくつも目の当たりにしてきた惨状は忘れることは出来ない。狂気と思えるほど執拗なまでに行われた破壊工作は、井戸に魔物の死骸を落として使えなくするまでの念の入れようで、十分な準備をしても容易には進むことは出来ない。
それに、私たちのような少人数でならまだしも、相手はこの王都に攻め入ろうとする軍隊であり、彼らが進軍するためには十分な兵站を確保する必要があるはず。その準備を考えれば王都への侵攻など数か月以上の時間を要するというのが、私を含めた全員の見立てだった。
だが、彼は来ると言っている。それに、私自身も嫌な胸騒ぎがしている。
これは、来る来ないの予測の話ではないと。今この瞬間にも確実に迫ってきている危機なのだと、私の心が告げて来る。
そんな疑心暗鬼や動揺で混乱しかけていた軍議の場で、どっしりと構えた一人の男が立ち上がる。この国で将軍と呼ばれ、王都の守護者と言われる王都守備隊の長ハレスだ。
「浮足立っても仕方あるまい。来ると言うなら、迎え撃つまでのこと」
ハレスの一言に参加者一同の動揺が鎮まる。
「そ、そうだ。魔人族が何だというのだ!」
「この王都は数百年の間敵の侵入を許したことのない難攻不落の城塞都市。落とせるはずがない!」
「野蛮な獣どもに身の程を知らしめてやろう!」
皆の意思が固まる。無論、私も今回は逃げるわけにはいかない。国の主たる王族が戦いもせずに王都を明け渡すなどあり得ないのだから。
「ハレス将軍、王都防衛の指揮をお願いできますか」
「承知した。身命を賭してお受けする」
堂々としたその姿、そして確固たる自信を感じさせる言葉に、一同は安堵し、決戦へと赴く決意が固まる。
そして、気付けば皆の視線はハレスから私へと移っていた。国の長たる者の命を聞くために。
「皆、戦いに備えよ!」
■■■■■■■■■■
「俺の選んだ方、か」
「ああ。アンタにはこの先に何が見えてるんだ? あの王子を逃がした理由はなんだ? 答えろよ!」
シンの真剣な眼差しを真正面に受けて、俺はこの先に起こると思っていることを彼に正直に伝えることにした。どの道、俺の予想通りになってしまった場合、もはや猶予などほとんど無いのだから。
「この先に何が起こるかは分からない。あくまで俺の予想だ」
「分かってる! 勿体ぶってないで答えろよ!」
「王都は落ちるよ」
あっさりと告げた言葉にシンは一瞬戸惑ったようだが、馬鹿馬鹿しいとばかりに引きつった笑顔を見せる。
「冗談言うなよ、王都は難攻不落の城塞都市だぞ。そんな簡単に……」
「冗談に聞こえたか? お前が教えろというから答えてるんだ」
俺の真剣な表情に、シンの顔から嘲笑が消えた。
「もう一度言う。この都は落ちる」
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