第83話:斥候

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 私邸で帝国軍の知らせを聞きいた私は、王都への脅威に対抗するための会合に参加するために仲間たちと王宮へと向かった。


 王宮内の大広間に入ると、すでに守備隊や軍属などの関係者たちが集まっていた。

 彼らの方へと進むと、まだ正式に王位を継承したわけでもない私に対して自然と道を開けてゆき、導かれるままに上座の王の椅子へと座らされたのだった。


「アリサ王女殿下」

「報告は受けています。状況は?」


 ツカヤの報告では、帝国軍が西の都オエスを立ち進軍を開始したとの情報だけであったために直ちに危機的状況になるとは考えていなかった。だが、その認識の甘さに気付かされるのにはさほどの時間はかからなかった。


「王都近隣で哨戒をしていた兵が帝国軍の斥候部隊と会敵しました。王都から二日ほどの距離です」

「そんなに近くで!?」


 進軍を開始したのはあくまで本隊。斥候部隊はすでに王都まで数日、いや、報告までの時間を考えればすでに王都付近に到達している可能性すらあり得る。そんな私の焦りを見て、王都守備隊のハレスが冷静に声を上げた。


「落ち着け、相手はあくまで斥候だ」

「そう言えば、なぜ相手が帝国軍の斥候だと分かったのですか?」


 ハレスの言葉を受けて、守備隊の将校が一歩前に出て報告を引き継ぐ。


「会敵の折、敵兵一名の捕縛に成功しました」


 思いもよらない大戦果に周囲の人々からもどよめきが起こった。ハレスが報告を急いだのもこのためかもしれない。


「それで、その捕虜から何か情報は得られましたか?」 

「はい。得られはしたのですが……」


 なんだか歯切れの悪い将校の返答を不安に感じながら彼の報告を待った。会合に集った者たちも興味津々に聞き耳を立てている。


「その捕虜は言いました。『助けてほしい』と」

「敵国の捕虜になったのだ、命乞いなど珍しくもなかろう」

「はい。ですが、誰からかと尋ねたところ『帝国軍から助けてほしい』と言うのです」

「馬鹿な。帝国の斥候が、なぜ自軍から助けてほしいと申すのか?」


 周囲の者たちも当然の疑問を将校にぶつけている。

 確かに捕虜の発言も気になりはしたが、私にはもう一つ引っ掛かることがあった。


「その捕虜ですが、どのように捕まったのですか?」

「はい。帝国兵と会敵した兵たちに詳しい話を聞きましたところ、帝国の連中はほとんどが疲弊しきっていたらしく、唯一生き残ったのが例の捕虜だとのことです」

「そんなに容易く捕虜になるなど、罠ではないのか?」


 私も罠ではないかと疑ってしまいたくなった。しかし、話をよくよく聞けば捕虜になった者以外の帝国兵はすべてが打ち取られているとのことだ。例え少数であったとしても、そんなに簡単に命を懸けられるものだろうか。


 ああ、こんな時にあの青年ならどう考えるのだろうかと思ってしまう。ともかく、腑に落ちないことは多いがやるべきことはあまり変わらない。


「一先ず、捕虜のことは保留としましょう。ハレス将軍、城壁の守りの強化を。エマ、王都周辺の哨戒を増やして警戒を」

「承知した」

「御心のままに」


 いったん軍議の場はお開きとなり、それぞれが自らの持ち場へと戻っていく。一同が退室してくなかでスタスタと近づいてくる人物がいた。


「お嬢、アイツは連れてきてないのか?」


 話しかけてきたデルトリクスの指すアイツが誰のことかはすぐに分かった。


「ええ、どのみち連れてきたところでこの場には参加させられないもの」

「まぁ、そうなんだがよ。どうも引っ掛かることが多くってな、アイツならなんか思いつくんじゃねぇかと思ってよ」


 まったく、考えることは一緒という訳だ。

 彼の見ている世界がどんなものか私には分からないけれど、これまでに一緒に歩んできた確かな信頼が私たちにはあった。


「ところでお嬢、聖霊様はどうしたんだ?」

「ああ、ククリなら預けてきました。と、言うよりあの子が彼から離れようとしなくて」


 私が出かけるときは必ず付いてきた聖霊が、今は彼から離れようとしなかった。少し寂しくもあったが、おかげでこうして皆と普通に話すことが出来るのだから皮肉なものだ。


 そんな会話をしていると、もう一人下士官の格好をした青年が近づいてきた。


「貴方、まだ王都にいたの?」

「随分な言いようだな。幾度か一緒に戦った仲だというのに」


 貴族派閥の筆頭ブルーム家の子息であるラウは苦笑した。


 彼には国境線の時からいくつかの恥ずかしい過去を目撃されてしまっていることもあり、私の中で勝手に苦手意識みたいなものがあるのだ。


 そんなこちらの心情をよそに、ラウも私の周りを見回して尋ねてきた。


「おい、アイツはどこだ?」


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 アリサの宮殿に戻ってきてからというもの、オボロからの言葉が頭から離れない。


 なぜ、自分はおめおめとここに戻ってきたのだろうか。


 他に行く場所がなかったからか? いや、例えば王都のスラム街にある拠点は今でも使用できるはずだし、いっそのこと王都を離れる選択をすることだってできたはずだ。


 ―― 自分が分からない。


 いろんな考えがまとまらず、ただ無気力に時が過ぎてしまう。


 幾度かアリサが声を掛けてくれもしたが、話をすることはなかった。こんな役にも立たない状態の自分を黙って受け入れてくれたことに、もちろん感謝しているのだが、同時に会話から自分の本性を見抜かれることが怖い。


 かつて北の国で小鬼の群れを退けた際に、彼女は俺が怖いと言った。

 俺の目から見えてしまうものを、一緒に見て良いのか迷っていると。


 まったく彼女の言う通りだ。

 今は自分ですら自分を信じられていないのだから。


「なぁ、お前はどう思うよ?」


 頭の上に感じる重みの正体をつまみ上げて目の前に持ってくると、聖霊と呼ばれる小動物はちょこんと大人しくぶら下がりながら、くりくりの目をこちらに向けて首を捻っていた。


 ここに来てからというもの、なぜか聖霊はアリサではなく自分によく付いてくるようになった。おかげで思う存分一人きりの時間を作ることが出来たのだが、一人で考えれば考えるほどドツボに嵌っていくような気がした。


 そんな考えにふけていると不意に背後から人の気配を感じた。だが、顔を向ける気力も無く、例え確認したところで今は人と話す気にはなれない。どうせ聖霊の気配にあてられて自分に話しかけてくることはないだろうと思っていた。


「あの、ご飯を用意したんですけど……」


 だが、予想に反してそのメイド服の少女はあっさりと自分の前に立っていたのだった。

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