第84話:物の見方
「ちゃんと食べないと体壊しちゃいますよ」
目の前に現れたメイド少女は何事もないように声を掛けてきた。ミアは聖霊様がいるにもかかわらず、何の制約も受けていないように見える。
「平気なのか?」
「へぇ? あぁ、聖霊様ですか。私は昔から平気なんです。だから、姫様のお世話をさせて頂いてるんですよ。さすがに貴方みたいに触らせてはもらえませんけどね」
得意げに話す彼女はアリサの通っていた孤児院の出身だと聞いた覚えがある。確かにアリサの身の回りの世話をするのに、いちいち聖霊の影響を受けていては務まらないだろう。そんなことをおぼろげに考えていると、ミアはすっと手に持ったバスケットを差し出してきた。
「はい、どうぞ。ここに来てからまともに食事をとってませんよね?」
「……腹は減ってない」
「大丈夫な人は、そんなひどい顔してないんですよ」
いつの間にか隣に腰かけたミアは、持っていたバスケットを開き食事の用意をしていた。
「もしかしてこんな感じが良かったですか? はい、あーん」
そう言って手に取ったパンをこちらの口元へと持ってくるミア。彼女がこんな距離の詰め方をするのも意外だったのだが、それにも増して、そんな彼女の相手をしていると自分の心が軽くなっていく気がするのだから不思議だ。
「やめてくれ。本当に大丈夫だから……」
そう言いながらも体の方は限界を迎えたようで、大きなお腹の音が鳴る。その音を今のミアが聞き逃すわけもなく、目を光らせて詰め寄ってくる。
「ほら、やっぱり!」
「分かった、分かった! 自分で食べるから!」
なおも口にパンをねじ込もうとするミアの手からパンを受け取ると、自分でも驚くほどの勢いで数日ぶりの食事を片付けてしまったのだった。
※※※※※※※※※※
「それで、何をそんなに悩まれているんですか?」
勝ち誇ったような顔で相変わらず横に座るミアがそんなことを尋ねてきた。あれだけアリサに話すことを躊躇っていた話が、ミアには話しても良いかと思えてくるのだから彼女には何かしらの特殊な能力があるのではと疑ってしまうほどだ。
「もし……、もしもだ。自分のために他人を操る奴を、ミアはどう思う?」
答えにくい質問をしてしまったのか、ミアも少し困った顔になって迷っている。そして、少しの間を置いて彼女から聞いた答えは自分の思っていたものではなかった。
「うーん、そう言われても……、それって普通のことだと思うんですけど」
「嫌な奴とか、最低な奴とか、そんな風には思わないのか?」
「なぜです? だって、私だって遠くの物や高いところにある物が取れないときは近くの人に頼みますよ」
自分の想像していることと、彼女の考えていることとは大分違うようだ。確かに全てを打ち明けられるほどの勇気を持てずに、濁した曖昧なことを言っている自覚はある。だが、簡単なお手伝いを頼む程度の話ではないのだ。
「そんなんじゃなくて。もっとこう、人の命を左右するような……」
「えっと、その人って魔法使いか何かなんですか?」
「なんでそうなるんだ?」
「だって、他人の行動を思い通りに操るなんて無理です」
「無理なんてことは……」
「いいえ、無理です。現に、あなたは私を止められましたか?」
「それは……」
彼女の用意した食事を拒む方法はいくらでも思いつく。だが、実行しなかっただけだ。
「用意した食事を叩き落としましたか? それであれば、私は何度でも作り直してお出しするだけです」
それなのに、意思のある強い目でこちらを見るミアと視線を合わせられなかった。そんな気圧された状態で、今度は核心を突いた質問を彼女にしてみることにした。
「……仮にだ、もし、アリサが追っている敵がミアの目の前に現れたらどうする?」
「そうですねぇ。まず逃げて、そして隠れますね」
「捕まえようとかは思わないのか?」
「私弱いですし、もし捕まったりしたら姫様たちのご迷惑になるじゃないですか」
そういって笑う彼女を見て、物の見方が人によってこんなに変わるものかと気付かされる。オボロに言われた言葉に引きずられた自分の見え方がいかに偏っていたかを思い知る。
だが、自分の中に少しもやましいところが無かったのかと聞かれれば、答えは否だ。だからこそ、こんなに思い詰めてしまっている。
「……じゃぁ、俺がその敵を逃がしているところを見たとしたら?」
「あ、仲間ですね!」
満面の笑みを向けながら冗談なのか真面目に言っているのか分からないミアを見ていて、なんだか悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなって、思わず笑ってしまった。
「もう、大丈夫そうですね」
「ああ、ありがとう。それにしても、俺みたいなやつの扱いに慣れてるのか?」
「そうですねぇ、姫様もよくそうやって悩んでらっしゃいますから変なところがそっくりですね。お二人は」
そんなことを言いながらコロコロ笑うミアに救われた気がするのだった。
※※※※※※※※※※
「ところで、シンを見ていないか? ミア」
「一度こちらにお戻りになられましたが、どちらかに行かれてしまったようで」
「そうか……」
ノルドの件で、シンとは大きなすれ違いが生じてしまった。彼とは一度、話をしておく必要があると考えたのだが。
「でも、思い当たるところはあります」
「どこだ?」
「オボロさんのところです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます