落日の王国
第82話:危機は去らず
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王都を探し回って数日。
結局、私たちは兄を見つけることは出来なかった。
各所で抵抗を続けていた憲兵や貴族たちも、指導者がいなくなった上に王都の守備隊が治安回復に動き出したことで勢いを失い、王都は落ち着きを取り戻しつつある。
だが、悪政を敷かれていた傷は深く、未だ都に活気が戻るには程遠い状況であった。
「王都内の抵抗勢力の鎮圧は概ね完了しました。ハレス将軍のご助力のおかげです」
「なに、我らの将兵も憲兵どもへの御礼参りと張り切っていたしな」
報告に来たエマに並んで、相変わらずの迫力でハレス将軍が答える。王都守備隊の長である彼は、表情こそ変えなかったがやれやれと言ったように深く息をついた。
守備隊の家族を人質に彼らを従わせていた憲兵団であったが、様々な妨害によって人質を使うことが出来ずに瓦解してしまい、今ではそのツケを払わされるように追い回されているようだ。
「ところで、王宮には移らんのか?」
王都の奪還後、私たちは荒れた王宮には入らずに自分の宮殿へと帰還していた。厄介者扱いされていた私にとって、あの場所にいい思い出など数える程もない。
「えぇ、あそこはあまり落ち着かないので……」
「其方は今や国を治める立場にあるのだぞ?」
「それは時期尚早かと。兄の行方も分かりませんし、それに元老院も私の即位には良い顔をしないでしょう……」
王国の諮問機関である元老院には派閥が存在し、そのどの派閥からも私は疎まれていた。王政派は第一王子のテミッド兄様、貴族派はノルド兄様をといった具合に。
唯一、聖霊信仰の神官派が私の即位を望んていたようだけれど、ノルド兄様の迫害によって王都を脱していたし、彼らのは私個人ではなく聖霊を連れた私が必要なのだ。
「そんなこともありませんよ。王女殿下」
どこで話を聞いていたのか、今一つ信用ならない男が私たちの会話に割り込んできた。
「……どこで聞いていたの?」
「いえ、興味深いお話が聞こえたのでつい」
白々しく裏世界の重鎮であるオボロは何食わぬ顔で答える。笑顔で話しかけてくる彼の表情は不気味にしか見えない。
「今まで最大の勢力を誇っていた貴族派閥は、筆頭であるブルーム家当主が姿を消したことで、大半の貴族は王都を離れました。あの派閥は急速に力を失っています。その他の派閥もこれまでの粛清や迫害でボロボロ。最早、元老院自体に力がないのですよ」
『すべて受け売りですがね』と、オボロは笑いながら言っていた。
「元老院が求心力を失ったのは事実だ。この私に王の名代をと言い出す始末だしな」
ハレス将軍は珍しく怒ったような口調で吐き捨てるように言った。彼はお父様の忠臣であり、友人でもあった。元老院の要請は王と彼への侮辱以外の何物でもなかったようだ。
「これまでの功績で、特に軍属や民衆からの王女殿下への支持は盤石です。今や誰も口をはさむ余地はありませんよ」
「……散々、あなたたちが持ち上げてくれたようですからね」
王都に入ってからというもの、イヤでも噂が耳に入ってきた。
曰く、『北伐を成功させた王女が、数万の軍勢を連れて王都を救いに来た』だの、『北門に現れた王女の神々しさに気押された守備隊は、戦う愚かさを悟って門を開けた』など。
「おかげで、我々はいい笑い者だ」
当然のようにハレスの耳にも入っている様子で、王女の前に戦わずに屈服した臆病者扱いされる一方で、救世主として現れた王女を導いた正義の味方として語られることもあり、複雑な心境のようだ。
だが一先ず、王位の継承についても大切なのは分かっていたが、私にはもっと身近に気になることがあった。
「それで、オボロさん。彼の様子はどうですか?」
「ええ、まぁ。ご想像通りかと思います」
素知らぬ顔で言うオボロの言葉にため息で返すと、あまりに王族の振舞いに相応しくなかったために、エマにお小言を言われてしまったのだった。
※※※※※※※※※※
会談を終えて、エマやハレスたちと分かれ宮殿の庭に出ると、隠れるようにしてどこかの様子を窺っている従者の少女に出くわした。
「何をしているの、ミア?」
「ひ、姫様!」
ミアの視線の先を見れば、問題の人物はすぐに見つかった。庭のベンチに腰掛けた青年は、まるで生気が感じられずにボーッと虚空を見つめている。
「お、お戻りになってから、ずっとあのようなご様子なもので……」
王都奪還の折、あれだけ私を焚き付け、散々振り回してくれた青年は、いざ戻ってくると今までの飄々とした様子とは全く違っていた。まるで、出会った頃に戻ってしまったように塞ぎ込んでいるようだった。
そんな彼の横に腰を下ろしても、彼の目線が私の方を向くことはない。
「こんなところで油を売って、今が大変な時だって君も分かってると思ってたけど?」
「……ああ、すまない」
「それにしても、散々人を振り回してくれたわね」
「……」
やはり反応が薄い。
あの日以来、一緒に帰ってきたシンの様子もおかしい。誰がどう見ても何かがあったことは明白なのだが、二人とも何があったかを口にしようとしない。
「ねぇ、聞いてるの? 今は誰かさんの悪知恵でも借りたいくらいなんですけど?」
「……すまない」
「ほんと、調子狂うなぁ……」
そんな不協和音をよそに、状況は私たちにひと時の安寧すら与えてくれないようだった。
「王女殿下! アリサ王女は何処に?!」
火急の知らせを携えたのか、ツカヤ隊長が宮殿内へと飛び込んで来た。
「どうしましたか? ツカヤ隊長」
「て、帝国! 帝国軍です!!」
来ることは分かっていたはずなのに、予想よりもはるかに早い知らせに私は思わず天を仰いでしまった。
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