第80話:王宮での再会
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城門が開いたことで私たちは王都に入城を果たした。民衆を急襲した憲兵も少数だったことで心配したほどの被害はない。そもそも憲兵たちは何かから逃げるように民衆の中へと飛び込んで来ただけで、殆どが抵抗らしい抵抗は無く、錯乱した一部の兵が闇雲に武器を振り回していただけだ。
しかし、被害が全く無かった訳ではない。
「状況は?」
「民衆に襲いかかった者たちは粗方片付きました。今は残党がいないかを確認させています」
「そう。それで被害の方は……」
エマに尋ねると、彼女は言いにくそうに顔を伏せる。錯乱した憲兵にいきなり斬りつけられた者たちも多く、市民に少なからずの死者が出てしまっていた。
そんなエマに代わり、ツカヤ隊長が答える。
「状況が状況です。むしろ、被害は最小限と言ってもいい。ある程度の犠牲は……」
「仕方がないと、彼らの前で言えますか?」
門前の大通りには犠牲になった者たちが寝かされており、亡くなった者に縋り付いて泣いている者の姿もある。その姿を見て、ツカヤも口を噤んだ。
こういう光景を見ないために、私は継承権を放棄したはずだったのに……
少し前までの私であれば、心が折れてしまったかもしれない。今でも涙を見せないようにするのがやっとだ。
しかし、私がここで立ち止まってしまえば、彼らが命を賭けて行ってくれたことに報いることが出来ない。
「……行きましょう。こんなことを終わらせるために、私たちは来たのだから」
覚悟を決め、私たちは王宮へと向う。
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守備隊が静観にまわったことで、王都で組織的な抵抗を行えるのは憲兵団と貴族の兵だけ。しかも、機能不全を起こした憲兵に私たちを止められる術はなく、王宮へと続く道は驚くほど容易く進むことが出来た。
となれば、警戒すべきは貴族の動向。仮に王宮の周りを総出で固められれば、突破はかなり難しい。だが、貴族と言う生き物は己の身が一番可愛いようだった。
「……どうなっているの」
王宮にたどり着いた私たちが目にしたのは、荒れ放題で廃城かと疑ってしまうほど不気味なまでに静まり返っている城の姿だ。
「衛兵どころか、人の気配すらありません」
まさか逃げた?
仮にも国の主を名乗って王位を簒奪し、民を苦しめて国を滅茶苦茶にして。
そんなことが許されるはずがない。
「とにかく兄を探して」
周りにいた者たちは広い王宮内へと散って行った。
王都での被害が少なかったとはいえ、反抗する各所の制圧や治安の回復に人をまわしている為に全く人手が足りていない。
周囲から人気がなくなり、伽藍堂のエントランスホールでふと現れた人影が私に向けて声を掛けてきた。
「お変わりない様子で何よりです、アリサ王女。いや、少し凛々しくなられましたか」
そうして対峙したのは、貴族派筆頭のハル・ブルームだった。
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「貴方もご壮健で何よりです、ブルーム卿。兄はどちらですか?」
心にも無い挨拶を交わしながら、互いを牽制し合う。
「困った御人だ貴女は。大人しくしていれば穏便に帝国と和平が結べたものを」
「和平? 隷属の間違いでしょう」
「弱肉強食は世の常です。まさか帝国と戦うおつもりですか?」
挑発するような目で皮肉を込めた言葉が、目の前の男から投げかけられる。
「無謀な戦いに国を引きずり込むか。貴女は民と心中しようというのか?」
「……どの口が言いますか」
「私は心中など御免だよ。死ぬのは弱者どもだけで良い」
熟れきった国の貴族は、こんなにも腐敗してしまうのだろうか。本来、軍事や経済で特権を与えられた彼らは国を守る中核であるはずなのだ。
「……貴方と言葉遊びをするために戻ってきたのではありません。兄はどこです」
「どうするおつもりで? 己が兄を殺めて王位を奪いますか。貴女が王位に即いたところで、我々の助力無しでどこまで出来るか見ものですね」
「……」
そんな決別宣言の直後、人が戻ってくる気配がした。王宮内を捜索していた仲間かもしれない。
「では、王女殿下の奮闘をお祈りいたします。少しは頑張って頂かなくては、見世物として味気ありませんので」
捨て台詞と共にハルは堂々と私の隣りを素通りして去っていったのだが、追う気にはならなかった。
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東門の大通りには馬車が長い行列を作り、その中で一際豪勢な馬車が道の中央を陣取っている。
その車列を見つめる集団があった。
「あの馬車、まさか王子の野郎が乗ってるんじゃねぇか?」
強面の男たちが集まり、中心には一際目立つ獣人の男が立っている。
「うむ、あの青年の勘が当たったということか」
「しかし、どうする? あちこち動き回ったおかげで、警備の連中からは目を付けられちまってる。ここで騒ぎを起こしても馬車までたどり着けねぇ」
周りを見渡せば、遠巻きに数人の兵士がこちらの様子を窺っている。妙な動きを見せればすぐさま捕まってしまうだろうことは明白だ。
だが、ここチャンスを逃す手はないと獣人の男は判断した。
「我が行こう。我一人であれば逃げ果せることも出来よう。兵の撹乱を頼む」
そう言うと、男たちはそれぞれの方向へと散って行く。兵の注意が周囲に移る中で獣人の男はグッと身体を曲げると勢いよく跳躍を開始した。
一瞬の隙を付き馬車へと接近した獣人は、騒ぎを聞きつけた兵たちよりも早く馬車に取り付き勢いそのままに一気に馬車の扉を開いた。
「これは?!」
中を見た獣人は驚きの声をあげる。豪勢な馬車は王子どころか誰も乗っていない空の状態だったからだ。
「嵌められたということか」
周囲を見れば兵士たちが続々と馬車の周りを固めていた。
「……悪いが押し通させて頂く」
馬車へと殺到する兵を斬り伏せ、獣人の男は逃走を開始した。
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東門の裏通り。
人気のない通りをローブで顔を隠した人物が足早に進んでいた。先程から大通りの方が騒がしく、それに釣られる様にローブの人物の足取りは早くなって行く。
「お急ぎですか?」
そんな怪しげな人物を呼び止めると、その人物は足を止めこちらへと顔を向けた。
「……貴様、何者だ?」
頭から被ったローブを下げて顔を見せた男は、今まさにアリサたちが追い求めている人物だった。
「お会いしたいと思っていました。ノルド王子」
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