第81話:路地裏での再会

「お会いしたいと思っていました。ノルド王子」

「貴様、聞こえなかったのか? この私が、誰だと聞いているのだ!!」


 知らない人間から突然呼び止められ、ノルドはあからさまに不機嫌そうだ。まぁ、人目を忍んで逃げ出そうとしている最中に思わぬ足止めを食らえば無理もない。


「以前、王宮でお会いしているのですが」

「貴様のような有象無象、いちいち覚えていられるものか! それにしても、どうやって私がここを通ることを知った?」

「出会えるかはほとんど賭けでした。確率は低くありませんでしたけどね」


 これまでのノルドの行動を見れば、彼の行動は異常なまでの用心深さをもって行われている。ゆえに、逃げ出す貴族で混雑する大通りを目立つ馬車で移動するという選択をするはずもなく、それでも王都を抜け出すのであれば安全な東門を通る他ない。であれば、王都を抜けるまでは目立たぬ少人数での徒歩移動が確実だ。


 そこで、東門周辺の裏路地にオボロから借り受けた部下を配置した。あえて目立つように行動してもらったのは、門前の警備兵の注意を背けるとともにノルド一行からも確認しやすくするためだ。抜け道のように監視の薄い箇所を作っておき、そのルート上で待っていれば出会う確率はかなり高かった。


「で、貴様は私に会ってどうするのだ? まさか、貴様一人で我らをどうこうするつもりではなかろう?」


 少人数とはいえ、彼には精鋭の護衛がついている。彼の言葉で数人の男がこちらに向けて武器を構える。ノルドを呼び止めた際に彼らに切り捨てられなかったのは幸運以外の何物でもない。

 臨戦態勢のノルド一行を前に、自分は両手を挙げた。


「まさか。そんなつもりはありません」

「では、貴様の目的はいったいなんだ?」

「お礼を申し上げに参りました」


 その言葉が意外だったのか、敵意のこもった視線でこちらを睨んでいたノルドは眉をひそめた。


「礼だと?」

「はい。貴方がこれまで行ってきたことに感謝をと」


 スッと頭を下げたこちらの行動にノルドは困惑した。


「き、貴様などに礼を言われる覚えはないわ。だが、その胆の太さに免じて命は取らんでやる。二度とその面を見せるな!!」


※※※※※※※※※※


 ノルドが護衛の兵士たちと共に路地裏から見えなくなるまで見送ったところで、細道からシンが納得できない表情で現れた。


「兄貴!! どうしてアイツを逃がしちまうんだよ!?」


 こちらに掴みかかるすんでのところでシンはグッと手を引っ込め、勢い任せに壁に拳を叩き付けた。


「王女様やみんなが懸命になってんのに、訳わかんねぇよ……」


 目の前の少年に掛ける声が見つからなかった。

 もちろん、自分の行動に理由はある。だが、それを話したところで受け入れられることは難しいだろう。

 皆、普通はシンと同じ反応を、いや、殴られたって文句は言えないと自分でも分かっているからこそ言葉に出来なかったのだ。


 二人の間に気まずい沈黙が流れている時だった。路地に二人の訪問者が現れた。


「用事は済んだかね? 少年」


※※※※※※※※※※


 路地に現れたのは、北門で憲兵を制圧していたオボロとセナだった。

 オボロはシンの表情を窺って何かを納得すると、後ろに付いてきていたセナに声を掛けた。


「セナ嬢、少しこの少年と話がある。悪いがそこのを連れて部下の加勢に行ってもらえるかね?」

「構いません。行きましょう、シン」


 セナが空気を読んだとは到底思えないが、シンもここに居るよりは良いと思ったのだろう。スッとセナのほうへ行くと、東門の兵士に追い回されているオボロの部下に加勢するために去っていった。


「さぁ、これで悪党同士だ。少年」

「……誰が悪党ですか」


 その反論をオボロは鼻で笑い、話を続ける。


「さて、今回の件、どこまでが君の思惑かね。少年」

「自分のやったことなんて、何もないですよ」

「そんなことはあるまい。例えば、わざとアレを逃がしてみたりな」


 オボロは証拠を突き付けるように、ノルドの去った方向を指さした。

 彼がこのルートを通ったということは、ここまでの道が監視や障害がない安全なルートだったということ。つまり、あえて開けられた穴なのだ。


「君の目にどこまで見えているのか聞かせてみたまえよ。少年」

「……この国の派閥は事実上崩壊しました。本来であれば混乱した国をまとめることは至難の業ですが、今は違います」

「王女殿下の存在かね? 確かに彼女には人を導くだけのカリスマがあるとは思うが、少々期待しすぎではないか?」

「彼女の力に加えて、西から迫っている帝国が足りない役割を果たしてくれます」

「つまり、帝国の脅威が国の結束を強めるのに一役買ってくれると」

「はい。敵が明確である分、人はまとまることができますから」


 ふむふむと、軽い納得の意を表しながらも、オボロは自分の答えに全然満足していないのが分かった。


「優等生の回答だな。それでは君が王子を逃がす理由になっていない」

「……それは」

「いや、いい。私が当ててやろう」


 そう言いながら、オボロは楽しそうに続きを話し始めた。


「君は王女殿下の障害になるであろう、国内の抵抗勢力を炙り出したかったのだろ? それで、あえて食らいつきやすい餌を残した。違うかね?」

「……」

「貴族派閥の大半が王子側に付くことになってでも、獅子身中の虫を残して足元を掬われるよりはマシと君は考えた。まぁ、王女殿下の戦力で北と東の二カ所の城門を攻略できたとも思えん。そこで、一方の城門を無防備にしてあえて逃げ道を作ることで王都から不穏分子を逃がし、彼らが担ぎやすい王子を与えて、彼らを一カ所に集めることにした。国の各所で反乱を起こされるよりも対処しやすいように」


 一頻り説明を終えて、オボロはこちらを見た。そして、自分の顔色を見るとさらに凶悪な笑みを浮かべた。


「いやいや、君は本物の悪党だ。いや、悪魔のようだよ。少年」

「……何の話です?」

「隠さなくてもいい。しかし、言いにくいようなら代わりにお答えしよう。今までの回答では君の半分しか当てられていないようだからね」


 オボロの楽しそうな顔は、好奇心をくすぐられた純粋な子供のようだった。


「君は王子が西部を焦土にしたことを評価しているのだ。加えて、君は彼が西部の民を虐殺していたことも、我々に利すると考えているのではないかな? 少年」

「そんなことは……」


 さすがに反論しようとして、思わず言葉に詰まる。

 自分でもこうなると思っていなかった意外な反応だった。


「なに、少し考えれば分かることだ。国の東側半分だけで国の人口すべてを支えることは不可能。であれば、支える人口そのものを減らすしかない」


 王都に来るまでの道端に倒れた人たちの姿が思い浮かぶ。あんなことは決して肯定できることではなかった。


 だが、なぜ自分の口は否定の言葉を出すことが出来ないのだろうか。


「王子はこの国の憎悪の対象だ。それに付き従った貴族たちも遠からず支持を失うだろう。そんなお荷物をまとめて切り捨てようとは、私でも思い浮かばん。実に理想的な口減らしだ」


 オボロの言葉を受けて、胃液が上がってきたのが分かった。それに、嫌な汗がジワリと全身から出ている感じがする。

 自分の反応を見て、オボロは驚きと喜びを合わせたような興奮した顔を見せる。


「まさか、無意識でこんな策略を行っているのかね? だとすれば驚愕だ。感動すら覚える。君は実に私好みの悪魔だよ。少年」


 オボロの言葉を完全に否定ができない自分が恐ろしい。決してすべてが当たっている訳ではない。だが、今までに一度もオボロに言われたようなことを考えなかっただろうか。


 そんな自問自答に、ついに自分の思考と体は限界に達した。


 上がってきた胃液を吐き出すと、自分の意識はぶっつりと切れたのだった。


― 七章へ

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