閑話:上手な組織の潰し方

 王都での暴動が起こる少し前。オボロが味方になってからというもの、オボロとヒサヤは手駒にした憲兵にいくつかの指示を与えていた。


「あなた方には監視が付いています。しっかりと指示に従って下さい」


 オボロの指示に無言で応じる憲兵は十数名。憲兵団の組織からすれば小勢もいいところだ。だが、この中には数名の隊長クラスの人物も混じっている。


「なに、あなた方にして頂くのは別に難しいことではありません。これまでの仕事に少しだけ手を加えて頂きたい」


 伝えられた内容に憲兵達は訝しんだ。それは、言われていることのどこが間違っているのか分からないからだ。 


一つ、注意深さを促すこと。

一つ、なるべく組織で検討すること。

一つ、指揮命令系統を厳格に守ること。

一つ、報告は厳格な文書で行うこと。


 一見これは、賢明な判断をすべきと道理をわきまえた人間の言葉に聞こえただろう。


 だが、これは使い方次第で組織を潰すための劇薬になるのだ。


※※※※※※※※※※


 隊長格の憲兵から連名で提出された提案に、憲兵団の詰め所に集まった上層部は、提出された理路整然の改革案に意見を出し合っていた。


「これまで口頭で行っていた報告も含め、すべてを報告書としてノルド様へお届けする」

「緊急時の物もか?」

「例外を認めては規範が曖昧になります。それに、これまで不正確な報告から、ノルド様のお手を煩わせてしまうことがあったのも事実」

「し、しかし……」


 集まった憲兵達も、細かく厳しすぎるルールに難色を示している様子だ。


「この『報告書は憲兵長三名の承認を得よ』とは」

「正確な報告をノルド様へお届けするためです。仮に報告の内容が間違っていた場合、責任の所在は承認を行った隊長になります。二名では不確実でしょう」


 報告内容が誤っていた場合の末路は、憲兵団の人間ならば知らないものは居ない。


 これまでは報告を行っていた者に処罰があったが、この方法では承認を行ったものへも責任が問われることになる。

 この場に集ったのは、承認を行う側の隊長クラスばかり。この提案は、この場に集った者への保険にもなる。


「生温い規定でノルド様のご不興を買えば、処罰されるのは我々だ。これくらい厳格な方が我々も安心してノルド様へとご報告出来ると言うもの」


 こうして、憲兵団に新たな規定が追加された。


※※※※※※※※※※


「なんでこんなことで会議をする必要があるんだ!? 以前であれば、隊長に報告して済んでいただろ」

「報告は複数の意見を得ることで、より正確に判断が行えるんだと」

「チッ、上層部の奴……、こっちは守備隊の監視や人質の監視体制もチェックせにゃならんのに!」

「まぁ、そう言ってやるな」


 そうして始まった会議には、以前に報告していた隊長とは違うリーダー格の人物が数名追加されていた。


「以上のように、守備隊の監視の強化と人質の管理への人員編成を……」

「待て。人質の優先順位についてはどうなっている?」

「それは以前ご報告した通り……」

「ここには初めて参加する隊長もいる。もう一度、確認させて欲しい」

「……承知しました」


 担当している憲兵はうんざりした心をなんとか顔に出さずに、以前の報告を繰り返した。


「その案で、本当に守備隊を抑えられるのか? 重要人物の階級と順位が合っておらんが」

「これは、守備隊の構成人員と監視対象の優位性から判断した結果で……」

「それに、人質の監視を中央憲兵以外の要員も使用しているようだが、この重要な任務を地方憲兵なんぞに手伝わせるなど言語道断だ!」

「現在の要員では手が足りず……」

「それをどうにかするのが、貴様の仕事であろう!!」


 この言葉に流石の報告者も苛立ったが、なんとか踏みとどまっている。


「まぁまぁ。手が足りないのは事実なんだ。どうだろう? 地方憲兵の動員を検討すべきか、先ずは上層部で検討して、ノルド様のご判断を頂くというのは」

「それでは、実現までに時間が掛かりすぎます!」

「貴様の意見など聞いておらん!」

「まぁ、報告する側の責任ってのもあるだ。ここは従ってくれたまえ」


 そのやり取りの後、目の前で始まった責任の押し付け合いに、報告者の関心はこの案件から失われていた。


「もう、勝手にしてくれ……」


 そして、この案は遂に実現することはなかった。


※※※※※※※※※※


 憲兵の詰め所では、これまでにないペーパーワークに王都の巡回や重要人物の監視が疎かになっていた。


「おい、そこの報告にある文字、間違ってないか?」

「ん? あぁ、悪い」


 そう言って、新たな紙に報告を書き直していく。一字であっても、誤字があれば憲兵長から厳しい追求を受ける。

 訂正に文字を塗りつぶしても、承認する隊長の一人でも気に食わなければ報告書は突き返され、一緒にペナルティーまで課される始末だ。


 そうしているうちに、一人の憲兵が音を上げる。


「ああ、やってらんねぇよ!」

「お前の情報、上層部にあげといた方がいいんじゃないか?」

「知るか! 俺には、こういう書類仕事ってのは向かねぇんだ!」


 そう言って、重要な情報は現場で握り潰された。


※※※※※※※※※※


 ノルドは手に取った報告書を満足そうに見つめていた。


「最近、憲兵達の報告が実に正確になったな」

「はい。数人の憲兵長が中心となって報告や連絡経路の厳格化に取り組んだようで、報告書の出来栄えも、今までのものとは比べ物になりません」

「実に素晴らしい。この者たちに各隊の指導を徹底させろ。私の名を使っても構わん」

「はい。そういたします」


 ノルドの承認と後ろ盾まで得て、全ての規則は憲兵団に厳格に適用されたのだった。


◆◆◆


 王都の反乱時。機能しなくなった憲兵団を見て、オボロは少年の発想に驚かされていた。 


「問題が発生するリスクの提示と意思決定を厳格にしたことで、柔軟で素早く物事を進める能力を奪うか」


 それに、保身を優先した上層部と思うように仕事の進まない現場との間に軋轢をも生み出してみせた。


「……敵にするのは得策ではないようだな」


 オボロはこの時、青年の実力を認めるとともに敵に回した時の算段を立て始める。この用心深さが、裏社会で生き残った秘訣だと彼には自負があった。

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