第77話:開門の鍵

「ちゃんと伝えておいてくれたか?」

「ああ、兄貴の言ってた通りに伝えといたけど……」


 王都でシンと合流し、彼にはアリサとの連絡役をしてもらっている。


「王女様もエマの姐さんも困惑してたぜ。まぁ、伝えてきた俺もさっぱりだけどさ」


 まずは、こちらの指示は伝わった。あとはこの突拍子もない指示をアリサが信じてくれるか。そして、彼女の命運を信じるしかない。


「それじゃ、始めよう」


※※※※※※※※※※


 城壁の上で腕組みをしながら、ハレスは北に現れた軍勢を見つめていた。


「動きを止めたままか」

「はい。北部に姿を現してから既に丸一日です。焦れた憲兵共からは、打って出るべしとの声も上がっていますが」

「放っておけ」


 北部に展開してから攻めてくるどころか、威力偵察にすら出てくる様子がない。


「……何かを、待っているのか?」

「しかし、何を?」

「東部の奴らは、避難民とバラクへの対応で手一杯なはず。簡単に出てこれまい」

「ここに来て、自由に動ける軍勢など……」


 ここで、ハレスには有り得ない可能性が頭を過る。


「西部の様子はどうなっている?」

「西? まさか、帝国ですか?! いくらなんでもそれは……」


 確かに突拍子もない話だ。あの王女が帝国と手を組むなど有り得ない。


 だが、王都を攻める術など他にはない。仮に、裏で彼女の意志とは異なる力が働いていたとしたら、あるいは。


「ハ、ハレス将軍!! ハレス将軍はどちらに⁉」

「ここだ。騒々しいな、何かあったのか?」


 慌てた様子で駆け寄ってきた部下を窘めつつも、その様子からただ事では無いことが起こっていることが分かる。


「将軍! 大変なことになりました!」

「……やはりか。どこの城門だ?」


 やはり、この北門は陽動だったのだとハレスは結論付けた。急ぎ本命に対処しなければとの質問に、部下は困惑した。


「い、いえ。それが……」


 そう言って、不意に部下が指さした先を見たハレスは、自分の認識違いを悟った。


※※※※※※※※※※


「各隊との連絡は⁉」

「貴族街の方はもういい! スラムや市民街の方へ部隊を展開しろ!」

「王宮の警護が優先じゃないのか?!」

「クッソ! 手が足りねぇ!? 貴族や守備隊の連中は何してんだ!」


 憲兵の詰め所は、もはや機能を喪失しつつあった。もたらされる量も、精度もバラバラな情報が処理能力を完全に上回ってしまっている。


「ど、どうなっている!?」

「どうもこうもありません!! 王都の市民が反乱を!」

「武器も持たん一般市民相手に、この体たらくとはどう言う事か?!」

「市民を先導している者の中には、武器や騎馬を扱う者も紛れていまして……」

「もういい! 貴族共は当てに出来んな、守備隊の方はどうなっているか?! 人質を使い潰してでも引っ張ってこい!」

「各隊との連絡も付きません! もはや人質の状況を把握するのも困難です!!」

「馬鹿な……」


 打つ手もなく、憲兵団の指示系統は事実上機能を停止していた。


※※※※※※※※※※


 多くの市民が王都の街中にくり出し、自らの意思・主張を示す。憲兵の一団は市民に武器を向けるが、彼らの勢いは増すばかりだった。


「どうやら、君の思い描いた通りになったようだな。少年」


 街の大通りを見下ろせる高台に陣取ったオボロと合流した時には、既に数万の群衆が王都の街を埋め尽くす勢いで行動を起こしている。


「しかし、少なからず市民の中には犠牲者も出るだろう。憲兵共も反乱を阻止するのに振り構っていないようだし、貴族街に入ろうものなら奴らの私兵も黙ってはいまい」

「そうですね。こんな状況を、アリサは決して望まなかったでしょうが、この行動は王都市民の意思です」

「彼らが行動を起こすよう散々扇動してな」


 オボロは混乱の中の王都から視線を外し、こちらへと歩み寄って来た。


「この民衆の蜂起、下地を作ったのはノルド王子と憲兵団だろう。だが、彼らの背中を押したのは間違いなく我々だ。この混乱を生み出したのは君だ。実に私好みの悪党だよ。少年」


 オボロは満足そうに言った。ここに至るまでの下準備や民衆を先導している傭兵の手配など、大方の裏事情を知っている彼だからの言葉だ。


「確かに、情報ときっかけは与えました。しかし、彼らに立ち上がるに足ると決心させられなければ無意味です。それが出来たのは……」

「あの王女殿下の力と言う訳か。この状況を望まぬ者が、この状況を生み出す力となるか。皮肉なものだ」


 さて、この状況をいつまでもこのまま眺めている訳にも行かない。


「では、次の段階に移りましょう」

「ああ、では手はず通りに……」


 そう言って、オボロはスッと人ごみへと消えていった。

 オボロが居なくなったタイミングを見て、今度はシンがこちらへ近づいてきた。


「すげぇことになったな。兄貴!」


 シンはノルドが王位を簒奪した王都を見ていない。王都の惨状を知らない彼からしたら、こんな状況になった事自体が信じられない様子で、興奮しているようだ。


 正直な話、オボロと会話をしていると自分がどんどんと裏の世界へと浸透して行く感覚がある。オボロには適正があるのだと言われるが、このまま行けば引き返せない領域まで引き込まれる自覚がある。


 そんな中で、シンのこの純粋さが救いにも感じる。


「王女様に伝えてたのはコレだったんだな! 城門を開くのを待てってのは!」

「ああ、門を開けるのは外からじゃない。内からだ」


※※※※※※※※※※


 城壁の上から北門の外を見ていたハレスは、部下の指した先。つまり、王都の内側へと目を向けた。


「これが、あの王女の答えか……」


 北門に続く大通りには、通りを埋め尽くさんばかりの民衆が押し寄せてきている。


「ど、どういたしましょう……。兵を展開しますか?」

「馬鹿を言うな。王都を守る我らが、王都の民に剣を向けるなど、あってはならん」


 いつもなら口うるさく文句をつけてくる憲兵達も、今はこちらに関わっている余力など無いのか姿すら見せない。


「民衆は北門の開門を求めているようですが」

「……城門を開くしかあるまい」


 周囲の部下からは不安そうな視線を見せる者もいる。身内を憲兵の人質に取られている者たちだ。


 だが、ハレスの決断は揺るがない。


「国と王に命を捧げた騎士達、そして国を守る兵士たちよ、覚悟を決めよ」


 そして、轟音と共にゆっくりと城門は開かれた。

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