第76話:反撃開始 後
「こ、こんなことして、ただで済むと思っているのか!?」
「おやおや、困りましたねぇ。ご自分の立場を、まだご理解いただけていないとは」
そう言って、オボロは顔色を変えずに相手の指を一本、容赦なく叩き潰した。
「アギャッァァァ!!」
「先程までの威勢はどこへ行かれました? まだ、お楽しみは半分以上も残っていますよ?」
「わ、分かった!! な、何でも話す!! 何でも言うことを聞く!!」
憲兵は必死になって助けを乞うが、オボロは冷たい視線を向ける。
「そうですか。ですが、貴方のお仲間も相当に協力的でしてね。それ以上の価値が、貴方にありますか?」
「あ、ある。あるぞ!!」
「ほぉう?」
「お、俺達が見張っていっていた奴らのリストを渡す!」
「そんなモノ、お仲間がとっくに渡してくれましたよ?」
「ァァァアアア、アア”ギャッァァァ!!」
オボロは折れていない指を選ぶと、今度は丁寧にゆっくりとすり潰すように指を潰していく。
「わ、分かったぁぁぁ!! お前たちの望み通りにする!!」
「初めからそう仰って頂ければ良かったのに」
そう言って憲兵を部下に預けると、オボロは部屋を出た。
「落ちたぞ。少年」
「ありがとうございます」
「だが、ちまちまと憲兵共を手懐けても、どうこうなるものでもあるまい?」
「ええ。狙う箇所は一点だけです」
「涓滴岩を穿つ、か」
何かを悟ったように、オボロがそれ以上質問することはなかった。その代わりに、部屋に残っていたセナが不満そうな顔をこちらに向ける。
「命じてくれれば、私が始末して来ますが?」
「……悪い、何の話だ?」
「あの憲兵を使って、王子を暗殺するのではないのですか?」
なるほど、少ない兵力で状況を打開する策を彼女なりに考えた結果らしい。だが、これはそんなに単純な問題でもないのだ。
「そんなに焦らないでくれ。物事には順序があるってことだよ」
セナは納得していない様子だった。実際、彼女の案も的外れと言う訳ではいないからだ。
だが、王子を排除し、アリサが王座に就いたとて、今の状況で帝国と対峙できるかといえば、それは難しい。王家への信頼が失墜した今では。
「まぁ、賭けてみるさ」
■■■■■■■■■■
「そろったわね」
「ええ。王都解放軍、準備が整いました」
私の問いかけに、エマが準備完了を告げる。
北伐に派遣された兵二千、北方の駐屯兵一千、そして義勇兵が約一千の総勢四千の軍勢。
「そう。では、行きましょうか」
「ええ。では手はず通り、デルトは物資確保の部隊の指揮をお願いします」
「じゃ、行ってくるぜ。気ぃつけてな、お嬢!」
デルトは軽く挨拶すると、軍勢を率いて王都東部へと進軍していった。
「それじゃ、私達も」
「し、しかし……」
「ツカヤ。それは後にしましょう」
何かを言いかけたツカヤをエマが制する。
ツカヤの言いかけたことは、私にも分かる。
でも、この場ではエマが正しい。
「王都の北門手前まで進軍!」
「はい。前進開始」
「おぉ!」という軍勢の掛け声を受けて、軍勢の進軍は開始された。
※※※※※※※※※※
王都の北門では城壁の上から進軍してきた軍勢を王都守備隊が監視していた。
「動き始めましたか」
「あぁ。今は様子見だな……」
ハレスは突如現れた軍勢に心当たりがあった。
「な、何をしとるか! さっさとあの軍勢を始末してこい!」
そう食って掛かる憲兵に、ハレスは呆れながら答える。
「なぜ、わざわざ打って出る必要がある?」
「得体の知れん連中を野放しにしておけんだろがぁ!」
「我らの役目は王都を守ることだ。そこまで言うなら、貴様ら憲兵で対処すればよかろう?」
「く、クソ! そんな態度がいつまでも続けられると思うな!」
「覚えていろ!」と、安い捨て台詞とともに憲兵は去って行った。
「浮足立ちおって、若造が」
「憲兵共は、練度も士気も低い。当然だな」
「状況も把握できないバカどもめ」
ハレスの部下の酷評も、もっともな状況だった。
「……状況が把握出来ていないのは、相手も同じかも知れんがな」
遠目から確認する限り、それなりの規模ではあるようだが王都を攻めるにはあまりに少なすぎる。
通常、城を攻めるには敵の三倍の兵力が必要とされる。加えて、この王都は高い城壁に囲まれた難攻不落の城塞都市。ここを落とそうと思えば、数万の軍勢を用意したとて容易くはない。
さらには、たとえ数万の軍勢を揃えたところで、この王都を守る王都守備隊は錬度も士気も桁が違う。
王都に危害を加えない限り静観するとは言ったハレスも、あの軍勢が攻めかかってくれば容赦するつもりはない。
「さて、どうするかね。王女様……」
そんな独り言を残して、ハレスも城壁を後にした。
※※※※※※※※※※
「何もしない?」
「ええ。私達は王都北部にて待機します」
進軍した先に張られた天幕で、エマの言葉にツカヤはア然としていた。
当然だ。私もエマから聞いた時はそんな反応しか出来なかったのだから。
「し、しかし、このまま待っていて何かが起こるんですか?」
「城門が開かれるのを待ちます」
「城門が、……開く?」
何を言っているのかと、ツカヤは堪らずにコチラを見てくる。
「どうするのかは分からない。けれど、私は彼の言葉を信じることにしました」
「そ、そんな、なんの確証もなく……」
そう。この作戦には私の願望が多分に含まれている。それに、この作戦の成否には私の力が必要なのだと彼は言った。
私は、彼の言葉と私の力を信じて見たかったのだ。
だが、不安は当然ある。
もし、私にそこに至るまでの力がなければ……
「……賭けてみましょうか」
高くそびえる王都の城壁を見ながら、私は覚悟を決めた。
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