第75話:反撃開始 前

 アリサが部屋を出て行くと、オボロは一息ついてからこちらへと体を向けた。


「さて、王女様も出発されたところで、そろそろ我々も動くとしよう」

「はい」

「しかし、知っての通り我々は決して褒められたような人間ではないのでね。やり方もそれなりだ」

「はい。よろしくお願いします」


 間髪入れずに返事があったのが意外だったのかオボロは一瞬動きを止めたが、すぐに小さく笑った。


「そうだった。君もだったな。少年」


 確かに、自分の思考は決して褒められたものではない。目的を果たす為なら、道具も方法も選ばない。使えるものは何でも使う。


 そこにどんな代償や犠牲があったとしても。


「それにしても王女殿下に大見得を切っていたが、どうやって兵力を集めた?」

「それこそ、褒められた方法じゃないですよ」


 それを聞いたオボロは、今度こそはっきりと笑ったのだった。


※※※※※※※※※※


 アリサが北部の拠点に到着する前。エマとデルトは、ツカヤから部隊の説明を受けていた。


「なるほど。憲兵の妨害と西部からの避難民の援助を」

「はい。憲兵の輸送隊から物資を拝借して、避難民に渡し、東へと誘導するのが我らの主な活動です」

「しかし、たった二百人にしちゃ、ずいぶんと大袈裟な拠点を用意したもんだ」


 デルトの言う通り、この拠点は明らかにこの人数での運用にしては大き過ぎる。石壁や屋根があるからとはいえ、見張りにも手が足りていない有り様なのだ。


「それについては……」


 ツカヤが話し始めようとした時、部屋の扉をノックする音が聞えた。


「なんだ?」

、見つかりました」

「本当か⁉ 間に合ったんだな!」


 ツカヤが扉の向こうの人物と興奮気味に話しているのを不思議に思っていた時だ。もう一つ、今度はドタバタと大きな音を立てながら扉が勢い良く開かれた。


「き、来ました!!」


※※※※※※※※※※


「……まったく、やってくれましたね」

「アイツのなりふり構わねぇとこ、お嬢にそっくりだ」


 拠点でエマとデルトが目の当たりにしたのは、北方から押し寄せる数万の群衆だった。


「西方の部隊を北方ノルに向かわせたとは聞きましたが、まさかこうなりますか……」

「あ! エマの姐さん!!」


 大声で呼びかけてきたのは、ノルに残して来たシンだ。彼の後ろには、コルトやソニアの姿もある。


「シン。これは一体どういうことですか?」

「え? 姐さん達の命令書に書いてあったじゃないか」

「命令書?」


 デルトと共にサインした命令書の内容はもちろん確認している。だが、こんな状況を起こせるような命令は含まれていなかったはずだ。エマは思わずデルトと顔を見合わせるが、デルトも心当たりが無いようで首を傾げている。


「帝国の侵攻が開始された時は、民衆をまとめて北方で指示を待て。と、あったはずですよ?」

「だから、んじゃないか!」


 エマの困惑した顔を不思議そうに見つめたシンは、彼の後ろからやって来た男に問いかけた。


「おい⁉ エマの姐さん知らないみたいだぞ!?」

「俺に言うな、アイツの言葉足らずはいつものことだろう」


 シンに話しかけられた男は不満そうに答えた。


「ラウ! 本当にこれ、兄貴の作戦なんだよな?!」

「それは間違いない。こんな綱渡りな方法、アイツの頭からくらいしか出てこない」


 ブルーム家の騎士見習いは、呆れたような動作をしながらも、どこか楽しそうに語った。


※※※※※※※※※※


 多少鼻持ちならない雰囲気の青年を見て、エマとデルトは眉を顰めた。


「貴方は?」

「申し遅れました。騎士見習いのラウ・ブルームと申します」

?! お前、あの貴族派の!」

「ええ。ハル・ブルームは私の父です」


 思わぬ大物の登場に驚きを隠せないデルトに対して、静観していたエマは呆れたようにため息をついた。


「自己紹介とはお気楽なものですね。敵方と関係している貴方を、このままにしておくとお思いですか?」

「残念だが、俺をどうこうしている場合じゃない。見ろ、これだけの民衆が移動しているのだぞ? お前達がすぐに見つけたように、王都の連中もすでに気付いているだろうよ」


 確かに、王都から少し距離があるとはいえ数万の群衆が移動しているのだ。城壁の見張りからも彼らの姿はハッキリと確認出来るだろう。


 エマは改めて移動する民衆の方を見て、こめかみを押えた。


「……それで、貴方達はどの様な魔法を使ったのです?」

「魔法とは大層な言い回しだ。我々は『魔人族が攻めてくる』と、教えてやっただけだ」


 ここに来て、エマに命令書の一文が思い浮かんだ。


「民衆の避難に際しては、全力で支援にあたれ……」


 そう呟いたエマがシンの方を見ると、彼はニカッと笑った。


※※※※※※※※※※


「しかし、西方からの避難民を受け入れ、さらに北方の民を支えるだけの余力、東部には……」

「その点については、吉報が届きました」

「吉報?」

「はい。西部より集められた物資の集積場を見つけました」


 先程のツカヤの興奮した様子はこのためかと納得しながらも、エマは不安に思っていた。


「それがかは、あの子が決めるでしょう」


 エマの言う『あの子』が誰なのかを皆が悟った時、兵士に連れられた人物が現れた。


「これ、どういう状況なの?」


 そこには、この軍勢の指揮官たる少女がいた。


■■■■■■■■■■


「よく北方の人達を動かせたわね……」


 西部の国境守備隊の面々が北方に向かっていたとは、まったく知らなかった。再会したラウや守備隊の隊長らと軽く挨拶しつつ、わずか数百人の部隊でこんな大移動が出来たことに驚いた。


「人を動かすのは、信頼と恐怖なんだと」

「どういうこと?」

「半分は君たちのおかげだ。小鬼を退けたことで、北部の民から君たちは相当の信頼を得ていた。そこに魔人族が来ると恐怖を与えてやったのさ」


 その結果がこの大移動というわけか。

 こんな方法、誰が考えたのか聞かなくても分かりきっていたが聞かずにはいられなかった。


「これ、誰が考えたの……」

「聞かなくても分かっているだろう?」


 ああ、やっぱりか。あの秘密主義者め。


「……次に会った時、覚悟しなさいよ」


 小さい決意を表明しつつ、今度はエマとツカヤの方を見る。


「それで、この避難民のために西部の略奪品を奪うと?」


 二人と後ろに控えるケニスに向けて問うと、彼らは深刻そうな顔つきで訴えかけてきた。


「東部だけでこの避難民を支えるのは困難です。物資は必ず必要になります」

「こういう状況になってしまっては、仕方ありません。貴女は反対かもしれませんが……」

「良いんじゃない? 奪っちゃいましょう」

「え?」


 皆、私が当然反対すると思っていたような反応だ。


 私だって、ここに来るまでにいろいろな経験をしてきたのだ。今、すべきことは分かるし、綺麗事ばかり言っていられないのも分かる。


「あ、でも、盗賊みたいなのはダメ。やるなら、正面から堂々とね」


 何があったのかと驚くエマとツカヤを横目に、冒険者のケニスに向けて依頼をした。


「では、正確な場所と必要な戦力の調査をお願いします」


 ケニスは小さく笑ってから頭を下げると、森の奥へと消えて行った。

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