第77話:王女の力 前

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「城門が、開く……」


 王都で異変が起こっていることは、ここに集った全員が感じていた。そこに突如として城門が動き始めたことに辺りは騒然としていた。


「ま、まさか、打って出てくる!?」

「いや、地の利は守り手にある。わざわざその優位を捨てるか?」

「大軍で一気に潰しちまおうって腹じゃねえか」


 兵たちの中には不安が伝播しつつあった。このままではいけないと私が気づいたときだった。


「静まりなさい!」


 凛々しく響いた声に、兵たちは水を打ったように冷静さを取り戻す。


「各自、戦闘準備して待機。隊長クラスの者は集合を」


 エマの声で、兵たちは一斉に動き始める。それからも彼女は各隊長へと的確に指示を出していった。


「……敵わないな」


 エマの姿を見ながら、ふと心の内が漏れた。


 本来であれば、兵たちを諌めるのは王女である私の役目であったはずだ。しかし、目の前の事態に皆と同じく動揺し、判断が一歩遅れてしまった。


 この一歩が全員を殺してしまうかもしれないのに。


「……アリサ、聞いていますか?」

「えっ? あ、はい?」


 いつの間にか戻ってきていたエマの問いかけに焦って返事をすると、彼女は小さく息をついた。


 その姿が私には大きなため息のように見えた。不甲斐ない姿に失望させてしまったのだろうかと、良くない思考が私から冷静さを奪っていく。


 そんなあたふたした私に、エマはそっと近づいてきて声を掛けてきた。


「落ち着いて、大きな門です。開くにはしばらく時間が掛かります」


 彼女の落ち着いた優しい声を聞いて、勝手に悪い方向に進んでいた思考が霧散する。それまで直視出来なかったエマの顔を覗いてみれば、私を励ますように微笑んでくれていた。


「兵をまとめておきます。いつでもご命令を」


 そう言って、エマは兵たちの方へと戻っていった。


 彼女の背を見ながら一つ息を吐き、少し冷静になった頭で城門を見れば、大きな扉はようやく動き始めたばかりだ。


 冷静に状況を見れず、指揮もままならない自分が歯がゆかった。それに、ここに集まった兵たちも仲間が集めてくれたものだ。


「……本当に、私に力なんてあるの?」


 そんな疑問と大きな不安が私の中に渦巻いている。


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「なぜ城門を開くのだ!?」


 北門の異変に、駆けつけた憲兵が喚き散らす。


「民の願いだ。それにここで暴動でも起こされれば、身動き出来なくなるのは我々だ。違うか?」


 どっしりと構え、凄みを利かせた男の迫力に憲兵は黙り込んでしまう。それを尻目に今度は彼の部下が声を掛けてくる。


「ですが将軍、未だに民衆は集まり続けています。もし城外の兵が突撃でもしてくれば……」


 城内の様子が分からない軍勢が民衆に突っ込めば甚大な被害は免れない。そう懸念する部下の声に、男はさも当然のことのように答えた。


「アレには無用な心配だ」


 そう言って王都の守護者は静かに城外を見つめ続けていた。


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「先手を打ちましょう。開門の隙を付き、一気に突撃を!」


 隊長クラスの兵が乾坤一擲の突撃を具申してきた。少なからず同じ意見を持った者たちの視線が私に向けられる。


「……兵力差を考えれば悪くない手ではある。相手は城門に阻まれて広く展開出来ない。数的優位を活かしにくいはずだ」


 西の国境で出会った騎士見習い、ラウもこの作戦を評価した。しかし、あくまで及第点。他に案がないなら仕方がないといった感じだった。


 最後にエマの方へ目を向けると、彼女は目を瞑り、ただ黙って私の言葉を待っているようだった。


 まるで、私が何を言うか分かっているように。


「直ちに城門前へ進軍します」


 私の言葉に、突撃を進言した兵たちが勢いづく。だが、残念ながら私が彼らの策を採用することはない。


「城門前、矢の届かないギリギリの距離に陣を敷き、待機を」


 私の言葉に、一気呵成に王都へ突っ込むと思っていた兵たちは戸惑った。


「な、なぜです?! まともに対峙すれば数的に不利な我らに勝ち目はありませんよ!!」

「状況が分からない今、無闇に攻撃することは出来ません」

「で、ですが……」


 兵が反論しようとした時、スッと眼前の人物が片膝をついた。


「御心のままに」


 エマが騎士の忠誠心を示す姿を見せると、自ずと周りにいた古参の騎士たちがそれに続き、異論を唱えていた兵はそっと離れていった。


「まずは相手の出方を見ましょう」

「もし、敵対してきた場合は?」

「堂々と渡り合うだけです」


 きっぱりと言い切った私の方を見て、ラウは口元を緩め、そしてゆっくりと片膝をついて応えたのだった。

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