第78話:王女の力 後
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城門の前に私たちは整列した。門が開き、桟橋が降ろされ始めるのを見て、自ずと緊張が高まる。
城壁からの弓矢を避けるために、少し距離が離れているので中の様子が分からない。だが、仮に敵が出てきたところで、もはや戦う以外の選択など無いのだと思うと、意外なほどに落ち着くことができた。
無論、城門のそばに布陣したのには私なりの考えがあった。仮に私たちが撤退の動きを見せれば敵は騎兵を中心とした機動力のある追撃隊を放って来るだろう。歩兵中心の我々では逃げ切れない。それは動かずとも同じこと。
であれば、取り得る行動は進軍のみ。だが、罠かもしれない敵陣に一気に突っ込むのはあまりに危険。そうなると敵が展開する前に叩けるこの場に布陣する他無かった。
この自分で選択したように見えて取り得る行動が予め決まっているような感覚に私は覚えがある。
そもそも北門近くで待機するように言ってきたのは、あの青年なのだ。だからこそ、なぜか妙な安心感とイライラが私の中で渦巻いていた。
「……無事に帰ったら、覚悟しておきなさい」
「ハッ!! しっかりとお仕えさせて頂きます!」
不意に漏れた独り言を聞かれ、激励だと思い込んだ兵士たちが敬礼してきたのに、私は顔を真っ赤にして応えるしかなかった。
そして、王都への道が開かれて目の当たりにした光景は、私が想像していたものとは全く異なっていた。
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ついに城門が開かれ、民衆が我先にと城外へ飛び出して行く。皆が各々に王女の旗を掲げて。
そして彼らが見たのは、整然とした王女の軍勢が王都の前に集結した光景だった。その姿はまさに救国のために現れた救世主そのものだっただろう。
民衆は興奮し、歓喜し、王女の軍勢を迎えていた。
「……情勢は決した。もはやアレを阻むことはできまい」
そんな一部始終を城壁の上から見ていた男は、この国の歴史が動き始めたことを悟った。
しかし、未だに状況を受け入れられない憲兵たちが守備隊に向けて吠えていた。
「何を突っ立っている!? さっさと矢を射かけろ!!」
「ひ、人質がどうなっても良いのか!?」
だが、守備隊は誰も動こうとしない。彼らに命令を下せるのは、この王都の守護者たるハレス将軍のみ。
苛立つ憲兵はハレスへと剣を向けた。
「将軍! さぁ、ご命令を!!」
ハレスは自分に剣を向ける憲兵を一瞥する。ガタガタと震える剣と足を見て小さくため息をつくと、憲兵に向かって呟いた。
「……消えろ。命は取らんでやる」
そう発せられると同時、憲兵たちは守備隊の兵によって城壁からつまみ出されることになった。
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「クソどもが、どうなるか思い知らせてやる!」
街道脇に投げ出されていた憲兵たちは、忌々しげに城壁を睨みつける。
「人質どもの首を城壁に並べてやる!」
「そいつは後回しだ。まずは北門にいる連中をどうにかしなければ……」
守備隊が当てにならない以上、自分たちだけで事態を収束しなければ己の命も危うい。
「しかし、あの軍勢を見ただろ!? 本隊も混乱の最中、正面から奴らを打ち破る術など……」
「正面から打ち破る必要などあるまい。要するに奴らを城内に入れなければ良いのだ」
そう言って、憲兵隊は不敵な笑みを浮かべて各々が武器を手にするのだった。
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「これって……」
城門から現れたのは敵兵では無く、歓声を上げて私たちを迎える民衆だった。
もし突撃なんて仕掛けていたらと思うと、その光景を想像するだけで恐ろしい。
「これが貴女の力ですね」
隣りに並んだエマがそんなことを言っていたが、その言葉をそのまま受け取ることは出来なかった。
これは今の状況が生み出した出来事に過ぎない。
悪政の敷かれた王都で、皆が声を上げる時にたまたま私が現れただけだ。
「私の力なんかじゃない。こんな状況、誰だって……」
「いえ、彼らは貴女だから立ち上がったのですよ。アレが見えますか?」
エマが指さした先に目線を向けると、彼女の言葉の意味が分かった。そこには皆が私の軍旗を振っている姿があったのだ。
「間違いなく、貴女の力です」
今度こそ、彼女の言葉が私に響く。
必要になどされていない。味方などいないと決めつけていた私の心に。
何故だろう、不思議と涙が出てきた。
だが、やはり疑問は消えない。
民衆は何故、私が来たこと分かったのか。そして、タイミングを見計らったようにこの場に集ったのか。
聞かずとも自分の中に一つの答えはあった。そして、そんな私の疑問を悟ったようにエマが言う。
「それも貴女の力ですよ。毎度、些か驚かされますが……」
彼女の苦笑いする様を見てホッとした時、その異変に気づいた。
何か城門付近の様子がおかしい。一体何が起こっているのか分からないが、騒動が徐々に大きくなっているように見える。
そして、しばらくして状況を知らせる報が届けられた。
「も、申し上げます!! け、憲兵の一団が民衆に向けて突撃を……」
その報告が終わる前に、私の体は勝手に動いていた。
「民を守ります。私に続きなさい!」
そう言うと同時、私は城門へと駆け出していた。
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