第70話:救出作戦 後

「なぁ、そろそろ潮時じゃねぇか?」


 ミアと分かれた直後、ヒルからの耳打ちに頷く。予想外の働きをしてくれたミアだったが、かなり危ないことをしているようだ。


「確かに彼女のおかげで情報はかなり集まりました」

「こっちの準備もあと少しってとこだ。で、決行はいつにする?」

「……他の人には言わないで下さいよ」


 辺りを見回し自分たち以外の人影が無いことを確認してから、ヒルの方へと耳打ちをする。


「はぁ? 今夜!?」


 周囲に聞かれないように小声で伝えたはずなのに、決行を伝えた途端にヒルは大声で叫んでいた。


「だから、言わないで下さいって……」


 慌てて口を押えるヒルにため息で返事をすると、開き直った様子で改めて確認してきた。


「正気かよ? 準備だってまだ……」

「時間がかかりそうだった仕事は、ミアがやってくれました」

「ったて、その情報の裏取りとか下調べとかよぉ。いろいろ確かめることがあんだろ?」


 ヒルがもっともな意見を言う。確かに、ミアが泳がされている可能性もある。最悪、罠にはまることだって考えられる。そのあたりの慎重さが、流石ベテラン冒険者と言った感じだ。


 だが、情報にも鮮度がある。事態もまた刻々と変化している。それに、オボロ達からは気になる話も流れて来ていた。


「気懸かりなのは分かりますが、一先ずミアの情報を信じましょう。手遅れにならないように」


 そうして足早に去っていく少女に背を向けて、ヒル達と作戦の準備へと戻るのだった。


※※※※※※※※※※


「……処刑、ですか」

「そうだ」

「そうですか。分かりました」


 部屋に入ってきた憲兵に、エマは素っ気なく返答した。


「やけに素直じゃないか。こっちとしては、泣き叫びながら暴れ出すとか、命乞いするとかってのを期待してたんだが?」


 そう言ってニヤつく憲兵は、後ろで剣をチラつかせる仲間の方へと視線を向けたが、エマは心ここにあらずと言いた様子だった。


「もとより覚悟の上です。遅かったとすら思っています」

「へぇ。強がりって訳じゃ無さそうだ」

「あの子がいない世界に、然程の意味もありませんから……」


 同じ部屋に集められたデルトとシャルも、静かに憲兵からの死刑宣告を聞き入れていた。


「チッ、そんなもんかねぇ。つまらん、帰るぞ」


 完全に興を削がれた憲兵たちは、早々に部屋から退場して行った。


「いよいよ俺たちの番ってか。なぁ、ホントにお嬢は……」

「アリサの行方は分からない。でも、あの子は逃げ出すような子じゃない」


 デルトの問いかけに、シャルが力無く答える。この時ばかりは、エマもアリサの芯の強さがもどかしく感じられた。


 王宮に呼び出されて戻った直後に、アリサはエマ達の前から姿を消した。そして、数日後に憲兵からアリサは西の国境線の砦に入ったと伝えられた。


 正直、エマはアリサを恨んだ。もちろん、アリサの行為が自分達の命を守る為だと言うことは直ぐに分かった。だが、エマは納得出来なかった。

 彼女に頼まれれば死地だろうと地獄だろうと、どこへでも付いて行けるのに、そんなに自分は頼りにならないのかと。


 皆、言葉には出さなかったが、ここにいる全員がその無力感に苛まれていたはずだ。


「勝てないのに引けないなんて、軍を指揮する者としては失格ですね……」


 エマもそう呟きながらも、皆が理解していた。

 アリサは人柱にされたのだと。


 いくら敵が強大だからと言って、あっさりと国境を明け渡すようでは国の面子が立たない。だから、最低限の抵抗は行う必要があった。そこで、王族であるアリサの責任感を利用したのだ。


 そして実際に、あの戦力と呼べるものなど無いに等しい国境線で、現れた帝国の軍を数日の間防いでみせたらしい。しかし、その国境線はすでに破られ、西の都までもが帝国の手に落ちたと聞いた。


 勝てないと見て、さっさと逃げ出してくれた方がどんなに良かったことか。だが、北方討伐からも分かる通り、アリサは決して最期まで諦めたりしない。

 それは、彼女を間近で見守ってきたこの三人が、一番良く知っていた。だから、国境線が破られたと聞いた時の絶望は相当なものだった。


 自分たちの生死など無意味に思える程に。


 そんな感傷にひたりながらも、エマは屋敷内の雰囲気に違和感を覚えた。シャルも何かを感じたのか、ピクピクと耳が動いている。


「何でしょう……、静かすぎませんか?」

「私達がこのまま留め置かれているのも不自然」


 憲兵が出て行ってからしばらく経つというのに、誰もこの部屋に様子を見に来ようとしない。本来ならば、要件が済めばそれぞれの自室へと戻されるはずなのに。


 そんな違和感の中、部屋の扉が叩かれて、応対に出たエマの前に先程とは異なる憲兵が立っていた。


「……何か?」

「ええ。ちょっとした頼み事がありまして」


 その声に真っ先に反応したのはシャルだった。


「私達のところに来る時は毎回その格好。気に入っているの?」


 そう言われて、エマが憲兵の方へと視線を戻すとアリサと共に姿を消した青年が立っていた。


※※※※※※※※※※


「お前! 今までどこほっつき歩いてやがったんだ!」

「お、お久しぶりです」

「久しぶり! じゃ、ねぇだろ!」


 こちらの正体に気づくなり、駆け寄って来たデルトに軽く腹部を小突かれる。


「再会を喜ぶのはあと。屋敷の異変はあなたの仕業?」

「ま、まぁ、半分は……」


 シャルの表情は読みにくかったが、心なしか微笑んでいるように見える。もっとも、こちらの心を反映してそう見えるだけかもしれないが。


「……何をしに戻って来たのですか? 私達に、もう用など無いでしょうに……」


 暗い面持ちで自嘲気味にそんなことを口にするエマは、三人の中で一番窶やつれたような印象を感じた。


「さっきも言いましたが、ちょっとした頼み事がありまして」

「何だよ、頼み事ってのは?」


 デルトが眉を寄せて怪訝そうな表情をするなか、自分たちの後ろから獣人とそれに続くように黒ずくめの男たちが部屋の中へと入って来た。


「……何をする気?」


 先程とは変わり警戒心をあらわにするシャルに答えるために、放心状態のデルトから一旦距離を取る。


「大したことじゃないです。皆さんに一度、死んでもらおうかと」


 その言葉を聞いて、デルトは怒り、シャルは身構え、エマは笑った。


※※※※※※※※※※


 夜半、王宮に近い宮殿が炎に包まれて辺りは騒然としていた。真っ赤に照らし出される顔が、少し離れたこの場所からでも火の勢いを物語っている。


「本当にここまでする必要あったのか?」


 そう口にするヒルも含めて、自分以外の全員が黒いローブに身を包んでいる。見るからに怪しい黒ずくめの集団も、今は気に留める人間など居ない。


「アリサに許しはもらってますよ」

「あのお姫様、時折過激だよな……」


 呆れ気味に語るヒルを傍らに、小柄なローブの人物が震えながら自分の腕にしがみ付いている。確かにずっと自分のいた屋敷が燃えゆく様など、気持ちの良いものではないだろう。


「無茶をするのも相変わらず、ですか」


 そんなことを言いながらスッと近づいて来た人物の指しているのが、自分のことなのか、アリサのことなのかは分からない。だが、この人達にはこれから働いてもらわなければならないことがある。


「それで、これからのことなんですが……」

「……先ずはあの子に会わせなさい。話はその後です」


 取り付く島もなく突き放した人物は、ローブを翻して仲間たちの方へと去っていった。

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