第71話:貴族の綻び
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ハルトフィルト家での会談から数日、私達は冒険者メンバーのケニスからロイス卿についての報告を受けていた。
ご子息が兄の不興を買って処刑されたと聞いていたが、その内容は常軌を逸したものだった。本人のみならず子供を含んだ一家全員を処刑。しかも処刑の順番は子供から。愛する者の死に様をまざまざと見せつけられ、絶望と憎しみの中でロイス卿のご子息は怨嗟の咆哮と共に最期を迎えたそうだ。
「……酷すぎる」
「ええ。我々もそんな野蛮な方法は滅多に使いませんよ」
隣で飄々と語るオボロを一瞥して、ケニスに報告の続きをお願いした。
「ロイス卿が元老院に姿を見せていないのは事実のようです。屋敷は静かなもんでしたが、衛兵の姿はありました。おそらく屋敷内には居るかと」
ご子息の一件で、傷心から塞ぎ込んでいるのかもしれない。自分の息子があんな殺され方をして、平気な筈がない。
だが、オボロには別に思う所があるのか黙って考え込んでいた。
「どうしますか? 傷心しているところを付け入るようで気は引けますが、お会いしてみませんか?」
もしかしたら貴族派への工作に協力してもらえるかもしれないと期待して、考え込んでいたオボロに話を振ると、彼はゆっくりと顔を上げた。
「ロイス卿と会うことには賛成です。差支えなければこの件、私に一任して頂けませんか?」
彼は一人でロイス卿に会いに行くと言い出した。だが、当然承服など出来なかった。協力を仰ぐのに私が姿を見せないのは失礼になるし、ほんの少しオボロを信用したとはいえ、やはり自分の目で相手を見定める必要があると思ったからだ。
「私も同行します」
「まずは、相手の出方を見てからでもよろしいのでは?」
「いいえ、自分の目で見て相手を知りたいの」
「……どうしても来られるのですか?」
「ええ。どうしても付いて行きます」
「そうですか、ならば仕方ありませんな。失礼ながら、コチラにお召し替えをお願い致します」
そう言って手渡されたのは、使用人が身につける服だった。
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「存外、似合っているではありませんか」
「……ありがとうございます」
馬車の中でオボロからのお世辞を受け流しつつ、私達はロイス卿の屋敷へと向かった。
用意された黒いロングドレスに身を包み、カツラで黒髪を隠すと、一見して私だと気付く者は早々いないだろう。
だが、言いくるめられる形でこの様な格好をしてみたものの、姿を偽る理由をオボロは教えてくれなかった。
しばらくして、ロイス卿の屋敷へと到着して馬車を降りると、門前の兵士に呼び止められた。
「何用か?」
「ロイス様にお取り次ぎをお願い出来ますか?」
「お前は?」
「レイス様よりご紹介頂きました、オボロと申す者です」
いつの間にレイス卿から渡りを付けていたのか、オボロの紹介はロイス卿の屋敷に届いていたようで、あっさりと屋敷へと通された。
客間で屋敷の主人を待ちながら、従者を装ってオボロの後ろに控える様にして立っていると、客間の扉が勢い良く開かれた。
「叔父上からの紹介とは貴様か?」
「はい。オボロと申します」
オボロが優雅に挨拶するのを、ロイス卿は笑顔で受け入れる。とても体調を崩している人物には見えない。それにしても、ロイス卿はレイス卿の甥に当たるとのことで、確かに顔つきがどことなく似ている気がする。
「大変な時期にお時間を頂き、ありがとうございます」
「なぁに。叔父上から良い話があると言われてな」
大声で笑うロイスを前に、ここに来てオボロの懸念がようやく理解出来た。そう、ロイス卿は息子の死に傷心などしてはいないのだ。
「ご子息の事、さぞお心を痛めておられるかと……」
「なぁに、ウチの馬鹿息子がヘマをしただけの事。政治とはそういう世界だ」
「しかし、事件の後から元老院にもお姿をお見せになっていないとか……」
「あの一件で、ブルームの奴めが示談を持ちかけて来てな! 交渉を有利にするためのパフォーマンスと言うやつだ!」
私の目の前で大声で笑う男が、とても同じ人間だとは思えなかった。己の野心の為に息子の死すら利用する。
まるで人の皮を被った魔物のようにすら見えた。
だから、そんな男の目が先程からチラチラとこちらへと向けられていることにも気付かないふりをしていた訳だが。
「それにしてもオボロとやら、随分と美しい従者を連れているようだな。どうだ、その娘を譲ってくれぬか? さすれば、お前の話に全面的に乗ってやらなくもないが?」
「生憎とこの娘はまだまだ未熟者で御座いまして、外に出すのがお恥ずかしい代物です。よろしければ、別の者をご用意させて頂きますが?」
「おぉ、そうかそうか。私はどちらでも構わんが。なぁに、染まっていないモノを私色にしてやるのも一興と言うものだ」
そう言って卑猥な目で全身を舐め回すようにする視線は、彼の叔父にそっくりだ。
こうして、有意義とは思えない話し合いは
※※※※※※※※※※
「それで、ご感想はありますかな?」
「……思い通りには行かないものね」
馬車の中で皮肉を言われるのもいい加減慣れてしまいそうな私が正直な感想を漏らすと、オボロは小さく笑った。
「貴族社会と言うのはある種の異世界ですからな。王女殿下や我ら凡人には、到底理解の及ばぬ原理で動いているのです」
「……貴方、もしかして無駄足になることが分かっていたの?」
私の言葉に、オボロはとてつもなく不気味な笑顔を見せた。
「いいえ、決して無駄足などではありません。貴族と言う生き物の習性を、すぐにお見せ出来るでしょう」
オボロの表情を窺うにろくでもないことなのは確かなようだったが、ここで聞くのは止めておくことにした。
※※※※※※※※※※
ハル・ブルームは深くため息をついて自室で佇んでいた。一見すると優雅に見えるその姿だが、彼の内心は決して穏やかなものではなかった。
国の西側で帝国の侵攻が始まったこともそうだが、彼の頭痛のタネはむしろ元老院の方だ。
「
王都で唯一王位継承権を持った
プライドが高い割に、知恵も力も自信も無い哀れな男は、その劣等感を埋め合わせるべく恐慌政治を強いた。この事自体は、結果的に政敵を弱体化させ、混乱する民衆を黙らせるのに効果的に働いた。だが、限度と言うものを知らなかった人形は、我がままの限りを尽くしていた。
そして数日前、人形はいつもの癇癪を起こして別派閥の人間を処刑させたのだが、その処刑した相手は貴族の中でも有数な家柄の出身者だ。
その事に気付いた時には、すでに処刑は行われた後で、今は派閥内の混乱を避ける為にあれこれと工作しているところだ。
そんな時に、またしても不穏な動きが伝えられてきた。
「ここ最近、レイス卿とロイス卿が同じ行商人と繋がっている。か」
二人が血縁関係にある事は貴族では知られている。同じ行商人を使う事自体は、それ程珍しい事でもない。しかし、出入りしている行商の方に問題があった。
「商品は、傭兵か……」
出入りしていた者の使っていた馬車から探りを入れさてみれば、王都のスラムを拠点に傭兵を斡旋している行商であることがすぐに分かった。
「用心はしておく必要があるか」
ハル・ブルームが抱いた疑念は、どんどんと大きくなっていく。相手は派閥内でも以前から目の敵にされていたハルトフィルト家。陰謀が無いという方が不自然だと彼は判断していた。
こうしてハル・ブルームは、自身の兵力を集めるように命じたのだった。
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