第72話:冗談みたいなこと
王都を出て少し南に行ったところに、息を上げる冒険者と真っ白な少女がいた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいッス」
「どうかされましたか?」
今にも倒れそうな冒険者とは対象的に、少女の方は汗一つかいていない。
「ちょ、ちょっと、休憩させて欲しいッス」
ロットの切実な願いに、セナは少し考え込んだ。
「『足手まといになるようなら、魔物の餌にでもしてほしい』と、承っていますが」
「あ、あれはリタの冗談ッス、真に受けないで欲しいッス! え、何を構えてんスか?! ぶ、物騒な物をコッチに向けないで欲しいッス‼」
「冗談です」
そう言いながら真顔で得物を構えるセナの目は、全然笑っていなかった。ロットはこの時、セナと比較的まともにやり取り出来る青年に心から尊敬の念を抱いていた。
「命がいくつあっても足りそうにないッス……」
そんなやり取りをしている二人が王都を離れているのには、もちろん理由がある。
「そんな事より仕事ッス。俺たちの目的は兵糧庫の探索ッスけど、憲兵の奴らが南の地域で怪しい動きをしてるって話ッス」
「兵糧庫を焼き払って、憲兵を殲滅ですか」
「そんな物騒なこと誰も言ってないッス!!」
「冗談です」
二人の目的は、ノルドの命令で刈り尽くされた西部の農作物や家畜の行方、そして、王都の南で怪しい動きを見せている憲兵一団の調査だ。
焦土作戦で根こそぎ奪われた資源が、何故か王都に出回ったりする事もなく行方が分からなくなっている。王宮にもそれなりの備蓄庫がある様だったが、強奪した総量に比べれば微々たるものなのだとアリサは言っていた。
それに、ロットにはもう一つ気懸かりなことがあった。
「西部の人達、無事に避難出来たんッスかね? 王都じゃ全然見かけ無かったんで、オエスや大峡谷を越えて東の方に行っているんでしょうけど」
そんなロットを無視して、セナは武器を構えた。
「ちょ、ちょっと! 冗談も大概に、って、危ないッス⁉」
セナを
「た、助かったッス……」
「いいえ、お礼を言われることではありません」
魔物の返り血でベトベトになったロットが礼を言うと、汚れの一切ないセナは涼しい顔で応えた。
「また、魔物ッスか。何か急に増えて来たッスね。王都に近いこの辺じゃ、そんなに数はいないはずなんスけど……」
南部に少し進んでから、低級とは言え明らかに魔物の襲撃が増えている。ロットが不思議に思っていると、セナが少し遠くの方を見ながら小さく声をあげた。
「見つけました」
セナの目線の先には、荷馬車を引いた憲兵の一団の姿があった。
「王都じゃなくて、南に向かってるッスね」
「アレを倒せば良いんですか」
「もう、勘弁してほしいッス……」
どっと疲れたロットを余所に、セナは素早く憲兵たちの後を追った。
※※※※※※※※※※
「冗談ッスよね……、これ……」
憲兵の行き着いた先で、ロットは絶句した。
「彼らが隠していたのは、コレですか」
「な、何で、そんな冷静なんスか……」
「見慣れていますから」
彼女の言葉が信じられずに、ロットはセナの方を見た。だが、白い少女はその表情を相変わらず変えてはいなかった。そして、ロットは再び憲兵たちの方へと視線を戻す。
そこは地獄と呼んでも、まだ足りない。
「に、人間のやることじゃ、ない……ッス」
「ええ。まったく」
耐えきれずに胃の中のものを吐き出すロットの背に向けて、セナは小さく呟いた。
憲兵の荷馬車から降ろされていたものは、食料でも武器でもない。無造作に投げ捨てられていたもの。それは人間だったもの。
一体や二体などではない。辺り一帯、泥に覆われた土地の至る所から
「な、何なんッスか……、な、なんで、こんなことを……」
「餌です」
ロットの疑問に、隣のセナは即答した。
「エ、餌? 一体、なんの餌ッスか……」
そして、ロットはここに来るまでの魔物の多さを思い出す。
「そうです。これは、魔物を呼び寄せるための餌です」
「魔物って?! なんで⁉」
「現状、王都を守るための戦力は圧倒的に足りていません。ならば、攻められる方向を限定すればいい」
西から圧倒的な戦力で進出する帝国に対して、王都を防衛するには少なくとも三方からの攻撃に対応する必要がある。だから、王都の主は南からの侵攻ルートを魔物の棲家にすることで潰しにかかったのだ。
「で、でも、こ、ここに連れてこられた人たちは、一体どこから来たんッスか?!」
「貴方も仰っていたじゃないですか。王都で西から避難してきた人間を見たことがないと」
セナの言葉に、ロットは息を詰まらせる。だが、セナは畳み掛けるように話を続ける。
「西部の人たちが皆、王都を避けて避難したと? あり得ません、そんなことは」
「……もう、ぃぃッス……」
「避難民に資源を使われるのを嫌ったのかもしれません。ならば、厄介者の避難民を……」
「もういいッス!!」
ロットが大声で叫ぶのを聞いて、セナは話を止めた。
「西部には、俺の故郷があったんッス……。それを、それが!? どうしてなんスか?! こんなやり方、聞いたこともない!!」
「言ったはずです。見慣れていると」
そう言いながら、セナは憲兵の荷馬車を指さした。
「これは、バラクのやり方です」
セナの指さした先には、東の隣国の旗印が描かれていた。
同時に、流石に大声を出しすぎてしまったのか憲兵たちがぞろぞろと辺りを警戒し始めている。
「たいした人数ではないですね。どうしますか。やり過ごすことも出来そうですが」
「……殲滅、するッス」
セナは、静かにロットの方へと顔を向けた。
「……あんな奴らを、野放しにしておけないッス!!」
「お望みであるなら」
そうして武器を手に取った白い少女は、死神になったのだった。
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