第69話:救出作戦 前
「よし!」
憲兵たちに怪しまれないよう急いで宮殿へと帰って来たミアは、調理場に入ると両手を胸の前で小さく握り締めて気合いを入れた。
「えっと、まずはお屋敷の情報を集めればいいのよね。でも、エマ様達とは直接お会い出来ないし……」
ミアは宮殿の出入りは許されているものの、流石にエマ達囚われのメンバーと直接会えるほどの自由は与えられていない。
「かと言って、私一人で動き回っても……」
「おい!」
「はッ、はい!」
最近、あまり人と接する機会の無かったミアは、自分の思考がうっかり外に漏れてしまっていることに気が付いていなかった。入り口から一人の憲兵がすごい形相で調理場の中を見回して異常がないことを確かめると、訝しげな目線をミアに向けた。
「何だ? お前、一人か?」
「えぇ、そうですけど……」
「チッ、紛らわしい奴だ。黙って働け」
「す、すみません……」
悪態をついて去っていった憲兵を見送り、ミアは胸をなで下ろした。
「危なかったぁ。気を付けなくちゃ……」
そうしているうちに、ミアの頭にある考えがよぎった。
「そうだ。あの人達から話を聞けば良いんじゃないかなぁ」
※※※※※※※※※※
数日後、王都の広場で手渡された紙の束を見て、予想だにしない出来事に少し狼狽えていた。一緒にいた冒険者組も驚いている。
「……良くこんなに詳細な情報が手に入ったな」
「私、頑張りましたから!」
宮殿から抜け出したミアと合流して、彼女からの情報に目を通すと、憲兵の見回りや交代の時間、アリサとともに王都に入った騎兵の拘束場所までがありありと書かれていた。
「他に変わった様子は?」
「えっと、そう言えば、数日前からお屋敷にいた兵士の方が減っているんです。正確には騎士様たちなんですが……」
「騎士って、貴族派の?」
「はい。なんでも貴族様に何かあったらしくて、ブルーム家の方が兵力を集めているとか」
「貴族の内輪揉めか……」
もしかしたら、これはアリサ達の行動の結果なのかもしれないが、別行動をしている今は確かめようがないが。
「それにしても本当に感心する手際だ。危ない橋渡ってんじゃねぇか? 嬢ちゃん」
「いいえ。私なんかじゃ大した事は出来ませんから」
「じゃぁ、どうやってこの情報を?」
「え? お屋敷に居る憲兵さんや騎士様に、直接お話を伺っていただけですけど?」
「マジかよ。それが危ねえ橋ってんだが……」
自分の迂闊さに全く気付いていないミアに呆れたように諭すヒルだったが、彼女はキョトンとしていてまるで分かっていない様子だ。
「ほ、本当に大丈夫です! 憲兵の方々も、話してみたらそんなに怖い人ばかりじゃなかったですし、騎士様が規律を正してらっしゃいましたし……」
「そうも言ってられないんじゃない? あなた、結構可愛い顔してるし」
「私がですか?! そ、そんなことは……」
リタからの褒め言葉に顔を赤くして謙遜するミアだが、確かに彼女の顔立ちは整っていて愛嬌がある。比較対象があの王女様だから、目立たず自己評価が低いだけだ。そんな彼女だからこそ、一度注目を集めればどうなるかは大体想像がつく。
「とにかく無茶はしないでくれ」
「誰のためにやってると思ってるんですかぁ……」
「ん? アリサのためだろ?」
「えぇ!! そうですぅ!」
何故か怒ったような表情を見せたミアは、赤い顔をしたまま再び宮殿へと戻って行ってしまった。
そんなミアを不思議に思いながら見送っていると、ヒルがスッと近づいて来た。
「なぁ、そろそろ潮時じゃねぇか?」
「確かにミアのおかげで情報はかなり集まりました」
「こっちの準備もあと少しってとこだ。で、決行はいつにする?」
「……他の人には言わないで下さいよ」
そうして足早に去っていく少女に背を向けて、ヒル達と作戦の準備へと戻るのだった。
※※※※※※※※※※
宮殿へと戻ったミアが調理場で夕飯の支度をしていると、不意に後ろから声をかけられた。
「なぁ、ミア。ちょっといいか?」
「はい、何でしょう? あ、お夕飯ですか? それなら、もう少し、で……」
ミアが振り返った先には、数人の憲兵が立っていた。その中にはミアの見たことのない男も含まれている。
「へぇ、確かにこいつは上玉だ」
「だ、誰ですか……、この人たちは……」
「お前、俺たちのことコソコソ調べ回ってるらしいな。何を企んでいる?」
「わ、私は別に……」
「嘘をつくな!!」
憲兵の大声にミアは肩を震わせる。その姿を見た憲兵は、自分たちが優位に立っていることを確信した。自分たちの思い通りになる女なのだと。
「まぁ、何を企んでいようと、お前の身体に聞いてみれば分かることだがな!」
「だ、誰かぁぁ! 誰か来てぇぇぇ!!」
ミアは精一杯の声で叫んだ。実は以前にも憲兵に迫られることはあった。その時は、貴族派の騎士が駆けつけて憲兵を諌めてくれたのだ。
だが、今はいくら叫んでも誰かが来る気配は無かった。そんなミアを見て、憲兵は余裕の笑みを浮かべる。
「無駄だ。お前の仲間はここから離れた部屋に閉じ込めている。頼みの騎士様の連中は出払っちまった。ここに、お前を助けてくれる人間は居ねぇんだよ!」
その言葉にミアの瞳が絶望に染まり、息が詰まる。その姿を優越感と共に見届けた憲兵がゆっくりとミアに迫る。
「おい、今夜は長い夜になりそうだ」
「誰が最初だ?」
「はぁ、俺に決まってんだろ!」
「俺もだ! 俺も!」
憲兵達が揉めている隙を突いて、ミアは調理場から逃げ出そうと走り出す。だが、逃走も虚しく調理場の入り口を固めた憲兵の一人に捕まってしまう。
「おいおい、俺がイイってかぁ? 寝所まで待とうかと思ってたけどよ、ココでヤッちまうか!」
「……程々にしておけよ、後がツカえてる」
リーダー格の男にお許しをもらった憲兵は、強引にミアの服を引き裂くと、彼女を押し倒して馬乗りになって彼女へと迫る。それに必死で抵抗するミアだったが、男女では力の差がありすぎた。
「無駄だが続けてくれていいぜ? ちょっとは抵抗された方が燃えるってもんだ!」
その言葉でミアの中の何かが折れた。先程まで必死に抵抗していた腕からは力が抜け、男の顔がミアの顔に迫って来たところでミアは涙でいっぱいの目を閉じた。
だが次の瞬間、迫って来た男の顔はドカッとミアの横へと突っ伏すように倒れて行ったのだった。
「悪い。遅くなった」
そこには、見覚えのある青年の顔があった。
※※※※※※※※※※
冒険者の仲間達と共にアリサの宮殿へと忍び込むと、憲兵達の姿が無いのに若干の焦りを感じながらミアの姿を探す。
彼女のくれた資料の中には宮殿の見取り図もあったし、少し前にはここに滞在もしていた。時間帯からして食事の用意をしているのではと推測し、まずは調理場を目指した。
そして、到着した先で目に飛び込んで来たのは、今にも襲われそうなミアの姿だった。
その姿を見て、あとは体が勝手に動いていた。
周囲の憲兵達を冒険者組に任せ、男たちの隙間を一気に駆け抜けると、ミアを襲う男の頭を鞘に入ったままの剣で思いっきり殴りつけた。
男がドサッと倒れ込んだのを見届けて、放心状態のミアに声をかける。
「悪い。遅くなった」
そう言うと、ミアに伸し掛かるように倒れ込んだ憲兵を、足で端へと蹴り出してミアを救出する。
後ろでは、冒険者達が憲兵を拘束、あるいは戦闘不能にしていた。その様子を確認して一先ずは安心すると、再びミアの方へと視線を戻した。
ミアは上半身を起こし、引き裂かれてボロボロになった服をたくし上げて必死に身体を隠そうとしていた。そんな彼女に羽織っていたローブを掛けた。
「間に合った……よな? 大丈夫……だよな?」
「…………」
俯いたまま返事のないミアにそっと近づいたが、ここは女性の方が良いかもと思い、リタを呼ぶために立ち上がろうとした時だった。
ミアが思いっきり抱きついて来た勢いで尻もちをつきながらも何とか抱きとめる事に成功した。すると、彼女は胸元で堰を切ったように大声で泣き始めてしまった。
そんな彼女を黙って抱きかかえながら、こんな危険な行為を頼んでしまった責任を感じてしまう。
「怖い思いをさせて、ごめん……」
返事はなかったが、代わりに胸元を小さく叩かれる感触が伝わってきたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます