王位奪還戦

第68話:二つの糸口

「あなた、大丈夫?」

「あ、は、はい……」

「お前、スマートって言葉知ってるか?」

「……ちゃんと連れて来れたじゃないですか」


 少し落ち着いたミアを連れて近くの広場へと移動すると、冒険者メンバーが待ち構えていた。リタに任せたミアを背に、ヒルからは散々な言い草だった。


「……あの、それで、私に何か御用でしょうか?」


 困った顔で小首を傾げるミアの方へと、ヒルとの会話を切り上げて顔を向ける。彼女をこんな所に連れ出したのは、くだらない立ち話を聞かせるためではない。


「自分たちの用件は簡単です」

「エマ様たちを助けに来られたのですか?」


 さも当然のように見透かされていたのだが、それはそれで話が早い。


「あの、でしたら、私など構わずに……」

「いいえ、あなたの協力が必要なんです」

「私はただの侍従ですよ? お恥ずかしながら、お力になれることは何も無いと思いますけど……」


 自信なさげなミアだが、彼女はアリサの宮殿に自由に出入りを許されている唯一の人物。それだけで自分たちには十分に貴重な存在だ。

 それに、アリサの話では彼女は随分前から仕えていると言っていた。そうであれば、彼女が信用に足るかを知る方法が一つある。


「ミアさん。アリサの為に命を懸けることが出来ますか?」

「はい。当然です」


 キョトンとした彼女だが、こんな唐突にされた質問に殆ど間髪入れず、まるで脊椎反射のように答えた。そのことが何故か可笑しくて笑ってしまうと、ミアは眉を顰めて抗議の目を向けてくる。


「な、なんですか?」

「いや、すみません。そうやって即答できるあなたなら、大丈夫です」


 そう言いながら未だに笑いを抑えている自分に、ミアは不満そうな顔をしていた。

 彼女が信頼できる人物か確かめることができたなら、これからの計画とって必要な人物だ。


「ミアさん、自分にはあなたが必要です」

「ふぇ? えぇぇ!?」


 こちらの言葉に奇妙な声を上げたかと思うと顔を伏せてしまうミア。チラッと覗いた耳は、見る見るうちに真っ赤になっていた。


「仲間の救出のために、あなたの力を貸して頂けませんか?」

「え? あ! あぁ、そうですよね……」

「ん?」


 今度は少しガッカリしたような顔をしていたが、依然として顔は真っ赤なままだ。思いの外、彼女は表情や感情表現が豊かな人のようだ。


 それから少しの間考え込んでから、ミアは結論を出したのか真剣な表情でこちらを見つめてきた。


「……分かりました。私に出来ることで、姫様の為になるのなら」

「ありがとうございます、ミアさん。では」

「あ、あの……、敬語は不要です。先程も言いましたが、私はただの侍従ですので」


 彼女の要望に応える必要もなかったのだが、依然として真剣な眼差しを向けてくる彼女の手前、邪険にするのも躊躇われた。それに、彼女にはどこか自分と似たような雰囲気というか、親近感を感じた。

 『まぁ、これぐらいなら良いか』と、小さくため息をしてからミアの方へと再び顔を向けた。


「じゃ、やるぞ! ミア!」

「は、はい!」


 彼女が見せた笑顔は、とても眩しく見えた。


■■■■■■■■■■


「流石、ご立派なお屋敷ですね」

「……ええ」


 オボロを伴って、私はハルトフィルトの屋敷へと赴いた。王都の貴族街にあっても特に大きい二つの屋敷、その一つがここだ。


「どうされました? 何か思うところが?」

「いいえ。行きましょうか」


 後ろに控えたオボロは、私の感情の機微を敏感に察しているようだった。まったく、あの人にも見習ってほしいところだ。


 屋敷に入ると、既に幾人もの使用人が控えており、その中央に恰幅の良い初老の男性が大きく手を広げて私達を迎えていた。


「アリサ様! ご無事であられましたか」

「……ええ。レイス卿もご壮健そうで」

「ええ。近頃では少し老けたと周りは言いますが、まだまだ若い者には負けません!」


 そう言って大きな声で笑う人物こそが、レイス・ハルトフィルト。エルド王国貴族の中でも名門中の名門、ハルトフェルト家の当主。


「それで、レイス卿。その……」

「ええ、ええ。分かっていますとも。ついに、決心して頂けたのでしょう?」


 後ろに控えたオボロが、その言葉を聞いて安堵したような気配が伝わって来るが、私達が期待していることでは無いことが私にはすぐに分かった。


「ついに、ついに私との婚儀を決心して頂けたのでしょう!」

「……」

「ほう、これは。そうきましたか」


 彼の息子や孫といった親族ならまだしも、レイスの歳は既に五十を超えている。

 私が王宮にいた時から既に異様な視線を彼から感じることはあった。それが私が成人し、ブルーム家の力が増した後からは、露骨な求婚を受けるようになったのだ。


「今でこそ、あの忌々しいブルームの若造に後れを取っておりますが、我がハルトフィルト家に王家の血を引くアリサ様を迎えられれば、仇なす者などおりますまい!」


 興奮したレイスが、こちらの返答を聞くこともせずに鼻息荒く捲し立てる。


「レイス卿、その、私と貴方とは三十以上も歳が違います。こんな若輩者の私と卿とでは……」

「ご心配なさいますな! 私めが、お教えして差し上げます。それに、若い女性というのはやはり素晴らしいものです。私も、まだまだ現役ですよ」


 私の全身を舐め回す卑猥で絡みつくような視線に思わず鳥肌が立つ。


 私が次の言葉を紡げないでいると、背後から声が発せられた。


「レイス様、姫様も今は大変なお立場においでです。少しの間、お返事にお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「お、おぉ、そうですな! いや、私としたことが大変な失礼を。歳を取るとどうも気が急いていけません。ですが、ご安心下さいませ。私にお任せくだされば、お兄様との間もきっと取り持って差し上げられることでしょう!」

「それは頼もしいお言葉。ところでレイス様、今の王宮のご様子はいかがでしょうか? 姫様も今の王都の現状には、大変お心を痛めておりまして」

「分かります。分かりますぞ、そのお気持ち! そうですなぁ、王宮内の現状は……」


 私に代わって話を引き継いでくれたオボロは、レイスのご機嫌を取りながら、次々と情報を引き出して行く。


 正直、彼に初めて会ったときは得体のしれない嫌悪感があった。味方をしてくれている今でも、完全に心を許せている訳ではない自分がいる。だが、この状況では彼の存在がとても心強いのは事実なのだった。


「それにしても、リヒトの奴は上手くやったものよ」

「リヒト様? オエスの領主様でしょうか?」

「そうだ! あの男、肝っ玉の小ささは筋金入りだったが、まさか戦いもせずに帝国に寝返り、無傷で生き残るとは。アイツにそんな狡猾な政治判断ができるとはな」

「あれは、貴族派の方々の総意ではなかったのですか?」

「まさか。現に、あのブルームの若造が苦虫を噛み潰したような顔をしたのを久々に拝めて、それだけでワシは満足だ」


 大きく笑うレイスとオボロの会話を余所に、私の頭の中には一人の青年の顔が浮かんでいた。まさかと思う一方で、私の心の中では彼の姿が大きくなって行く。

 彼は国を救う為に西を一旦手放すと言っていた。だが、とは、一言も言っていなかったのではなかったか?


 そんな考えで私の頭が困惑しているところに、レイスが私の方へとスッと近づいてきた。彼の手が私の方に伸ばされてきたところで、私の首筋近くで髪に隠れていた子がモソッと起き上がる。


「せ、聖霊様!?」


 ククリを見た途端、怯えた様子で手を引くレイス。大貴族と言えど、聖霊の呪いは恐ろしいのだろう。そんなレイスの姿を見て、私の関心は一気に失われてしまった。


「レイス卿、そろそろ私は失礼させて頂きます」

「王都は不自由が多く御座いましょう? よろしければ、この宮殿に部屋を用意させますが……」


 その方が余程身の危険を感じるのだと思いながら、口には出さずにレイスの様子を観察すると、先程までの欲望剥き出しといった雰囲気は消えていた。それに、今の私を置いておけば王を名乗る兄に粛清されかねない。私が自分のモノになるのならまだしも、今のレイスにそんな力や覚悟は有りはしないのだ。


 私の首筋に頭を擦り付けてくるククリに感謝をしながら、私は立ち上がった。


「いいえ、私がいてはご迷惑でしょうから」


 こうして、どう見ても上手く行ったとは言い難いレイスとの会談を終えて立ち去ろうとしたとき、オボロが不意にレイスへと言葉を掛けていた。


「レイス様、ここ最近で何か変化があったお家はございませんでしょうか?」

「そ、それならロイスの奴だ。アイツの家の者ときたら、何を血迷ったか王の逆鱗に触れおった。当然、そやつは処刑されたが、それ以来、ロイスの姿を王宮で見た者はおらん」

「ロイス様ですか。いやいや、大変参考になりました。それからレイス様、今後は私が姫様の代理として連絡役を務めさせて頂きたいのですが、いかがでしょうか?」


 「何を考えているのか!?」と、思わず声が出そうになったが、意外にもレイスはオボロが連絡役になることを了承した。


※※※※※※※※※※


「いやいや、実に有意義な会談でありましたな」

「……そうですか」


 皮肉にしか聞こえない感想をオボロから投げかけられながら、私達は帰りの馬車へと乗り込んだ。 


「なに、レイス卿とはパイプが出来ましたし、興味深い話も聞けました。収獲は多いですよ」

「ロイス卿のことですか?」


 ロイス卿と言えば、代々騎士の重役を務めるこちらも名門貴族の一人だったはずだ。そんな人物が何故と思いながらも、今回の件で貴族派も一枚岩で無いことがハッキリした。


 私達の小さな糸口をつかむ策は、始まったばかりだ。

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