閑話:東部兵糧争奪戦 前
王都東部で多くの物資を運搬する馬車の車列を指揮する、特徴的な長く尖った耳を持った一人の少女がいた。
「シャル様。おかげさまで物資の輸送に目途が付きました」
「そう。ご苦労様」
この集積地に集められた物資の量は尋常ではなく、輸送力を総動員して運搬が行われていた。すべては王女の命によるもの。半数は王都へ、もう半数は東部へと昼夜を問わず行われる運搬作業を持ってしてもかなりの量が手つかずであったのだが、東部への輸送手段に変化が生じた。
「まさか、避難民を輸送手段にお使いになられるとは」
「私も驚き。アリサがこんな手段を思いつくなんて」
王都では今、帝国の攻勢に備えて市民の避難が始まっている。王都の東門を通過する市民たちは集積地の近くを通過する。その避難路の近くにいったん大量の物資を集めておき、小分けにして市民たちに配ることで東部へと自動的に物資が運ばれるようにしたのだ。
「貴方のご主人様の影響」
シャルがそう語りかけた先では黒い子犬のような外見のウルが、まるで返事をするかのように吠える。彼女が屈んで撫でてやると、ウルは喉を鳴らしてお腹を見せながら嬉しそうにしていた。
「信じられませんな。このかわいらしい生き物が一級の危険種とは」
「魔物に邪魔されないで作業できたのは、この子のおかげ」
物資の積み込み作業も順調に進み、今は輸送隊の最終便が出発の準備をしている。
王都奪還の裏で、この東部兵糧庫をめぐる争奪戦でもそれなりの苦労があった。
※※※※※※※※※※
――時は少し遡る。
「ウッシャー!! んじゃ、気合い入れて奪ってやろうぜ!」
「……これって私たちが盗賊みたいじゃない?」
デルトリクスの掛け声を受けて、冒険者のリタは己の立ち位置が分からなくなっていた。
「あの馬鹿が言うことは、真に受けなくていい」
「まぁ、正直なところ似たようなもんだろけどよ」
アリサの従者であるエルフのシャルはデルトリクスに対して手厳しい評価をしていたが、冒険者組のリーダーであるヒルはリタの意見に同意した。
「しかし、どうしてここにあんたらがいるんだ?」
「お久しぶりです。西部国境ではお世話になりました」
「王都商会連盟だっけか? 避難民の連中と一緒に東部に行ってるんじゃなかったのかよ?」
「私たち商会は、あなた方のご想像よりも遥かに大きいということですよ」
西の国境線でゴンドの避難民たちの移送や物資の輸送手段として活躍した王都の商人たち。その代表格の男は笑みを浮かべた。
「んで、その商会様が何しに来たんだって聞いてんだよ」
「あの青年に頼まれまして」
あの青年というワードで、一行はため息と共に事情を察した。確かに、数百の戦力があるとはいえ、兵糧庫を落としてもその大量の資源を輸送する手段などについては何の計画もなかったからだ。しかし、ヒルは気が早すぎると感じていた。
「こいつは頼もしいじゃねぇか!」
「しかし、アンタたちの出番はまだ先だろ」
「そうね。水を差すようで申し訳ないけど、相手も相当な戦力よ?」
「ああ。しかも俺らに奪われそうになりゃ、最悪火を放つ可能性だってある」
王子だけではなく、貴族派閥にとってもここの物資が重要なのは変わらない。この地には憲兵だけではなく、貴族たちの私兵も警備に参加している様子で、戦力で言えばほぼ互角と言える数が配置されていた。
この数を突破、掃討する。それも彼らが間違いを起こさないうちに。
王都攻略の本隊に比べても、難易度は大して違わないほどに厄介な作戦だった。
「その件につきましても、例の青年の方から指示を承っておりますので」
「アンタらも戦いに加わるっていうのかい?」
「いえいえ、我々のような非力な商人風情では、剣の錆にされてしまうのが関の山です」
「なら、どうすんだ?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王都の攻略と異なり、一見して奇襲に見えるこの作戦も王都の城壁から東に向かった軍勢がいることは知られている。別動隊が向かう先など敵も予想が付いているはずだ。
つまり、敵は守りの準備を万全に整えている。策も無しに力押しをすれば、こちらが圧倒的に不利なのは明白だった。
そんな状況の中、敵軍の正面に数台の馬車が慌ただしく乗り付けた。
「止まれ! 何者か!」
「た、助けてください! 魔物の群れに襲われて……」
「商会の者か?」
王都の商会は貴族たちとも取り引きがあり、実はこの集積地にも行き来があった。ほとんどが横流しや物資の徴収など後ろ暗い三流貴族による小銭稼ぎのような依頼だったのだが。
だが、いつもとは異なる焦り具合を、門番は不審に感じていた。
「魔物が? そういうことであれば、荷を検めてから中に案内しよう」
「は、早くしないと! そ、そんな悠長なことしている場合じゃないんです!」
「先ほどから何故そんなに慌てている? 荷を検めるなどいつものことだろ。それとも見られてマズいものでもあるのか?」
そういう間に馬車の周りは増援の兵士たちによって取り囲まれてしまっていた。
「な、なにもありませんって! そりより、急いで!」
「ああ、では急ぐとしようか」
門番の兵士は荷馬車に駆け上がると、荷物の箱へと容赦なく剣を突き立てる。だが、突き立てた剣からは一切手ごたえが感じられず、しびれを切らせて蓋を叩き壊してみても箱の中身は空っぽであった。
「な、なにもありませんって!」
「……おい、手伝え。すべての荷を開けて確認する」
そして兵士が次の箱に取り掛かろうとした時だった。
「ま、魔物だ! 魔物の群れだ! こっちに近づいて来るぞ!」
見張り台にいた兵士が警戒態勢の鐘を鳴らしながら大声で叫ぶ。
「ほら、言ったでしょ! 早く通して下さい!」
「本当に? ……仕方ない、通せ! 早く防備を固めろ!」
馬車が集積地の中へと呼びこまれるのと同時に、森の中からは魔物の群れが躍り出てきた。まるで何かに追い立てられているように半狂乱で興奮した魔物たちは集積地へと進路を向けて突進し、防衛の兵士たちと戦闘になっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ご苦労様。ウル」
森の中でウルを労うシャルに、ウルは自慢げに吠える。
「北部でもこんな役目だったよな俺たち」
「効果抜群っスからね」
偵察に出ていた冒険者パーティーのケニスとロットはシャルたちと合流して、魔物を追い回す役目を仰せつかっている。北部でも行ったようにウルの体毛や糞を香にしてやると、魔物たちは一目散に逃げだしてしまう。これに加えて、森の中をウルが駆け回ることで魔物たちの誘導が可能となっていた。
だが北部の時と違ってまとまった数の魔物はおらず、警備の兵士たちを驚かす程度が精々で、脅威にはなり得なかったのだが。
しかし、彼らの目的からすれば十分すぎるほどの効果があった。
「じゃ、次に移りますか」
そうケニスが言うと、シャルたちは再び森の中へと姿を消していくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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