閑話:東部兵糧争奪戦 中
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さて、もう出てきて頂いて平気ですよ」
「あっぶねぇ、荷物に隠れてたら死んでたぞ……」
馬車の荷台の床が持ち上がり、ヒルがゆっくりと体を起こす。
「二重底とは、結構ヤバいことやってんじゃねぇか? アンタら」
「ハハッ、今は詮索無しでお願いします」
「まぁ、おかげで助かったしな」
二重底になった荷台には数人の人間が寝そべって隠れている。無論、時間をかけて調べられれば直ぐに違和感に気付かれてしまったに違いない。
そこで、荷台に人が隠れられそうな空箱を数個配置して注意を向けさせ、ダメ押しに魔物たちを襲撃させることで警備をすり抜けることに成功した。
「にしても、こんな格好まで準備してるとはねぇ」
荷車から姿を現した数人の男たちは、皆が憲兵か貴族の私兵と同じ格好をしている。すべて、商会の人間が用意していたものだ。
「ご贔屓にしていただいておりますもので」
「食えない連中だ」
「褒め言葉と取っておきましょう」
多少の身動きはとれるようになったものの、ここは敵地のど真ん中。それに馬車も数台で潜入出来たとはいえ、隠れて侵入できたのは僅かな人数のみだ。
「あとは脳筋の旦那が上手くやることを信じよう」
そうして、ヒルたちは集積所の内部に散らばっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ベックション!」
「ちょ、きったないわねぇ!」
「ハハッ! すまん、すまん!」
デルトリクスの盛大なくしゃみを回避したリタの苦言を、デルトリクスは笑い飛ばしていた。
「どうせ、ろくでもない噂でもされてたんだろ」
「ほんとに大丈夫なんでしょうね、この人……」
騎士の身分であり、一軍を預かる将であるデルトリクスだが、どこか抜けたような雰囲気にリタは多少の不安を感じていた。これから始まる危険な作戦の前にも関わらず、周囲もどこか和やかだ。
「ウッシ! そんじゃ、始めて行こうか!」
「ええ。お願い」
そう言うと、軽装の騎馬隊が前へと歩み出る。
「まずはご挨拶と行きますか!」
「オォー!」
掛け声と共にデルトリクスと騎馬隊は一斉に集積所へと突撃していった。
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「て、敵襲! 敵襲!!」
見張り台の兵士が、警告の鐘を再び打ち鳴らすと憲兵と貴族の兵士たちは一斉に守備の態勢を整える。
「魔物の次は、いよいよ本命のお出ましか」
王都から東に王女の手勢が向かったとの知らせは、既にこの地に届いている。
厳戒態勢の中で魔物の襲撃という予定外の事態はあったものの、迎撃する準備は既に整っており、いつ仕掛けて来るか分からない状況がいつまでも続くよりも、攻めかかって来てくれた方が彼らにとっては都合が良かった。
「盛大に歓迎してやれ!」
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デルトリクスたちは敵の正面、弓矢がギリギリ届かない距離で停止した。
「敵さん、こっち見えてるよな?」
「当ったり前でしょう! 私たちは囮なんだから、見えてなきゃ意味ないじゃない」
わざわざ目立つように騎馬隊で敵正面に進出したのには、ちゃんとした理由がある。敵の対応力と戦力を見るためと、敵内部に侵入した味方から注意を逸らすためだ。
もちろん戦闘を行うつもりはない。敵に動きがあれば即座に退却出来るように機動力を優先させて騎兵のみで編成されていた、はずだった。
「……つまらねぇな」
「え? 何?」
「つまんねぇって言ったんだ。折角、敵さんの目の前に出てきてやったんだ。このまま何もしないで帰ってみろ、尻尾撒いて逃げたみたいに思われたら癪じゃねぇか」
「今はいいのよ、それで。どの道、この戦力で落とせるわけなんだから」
「いや、ダメだね。いっちょ、ド派手にご挨拶と行こうや!」
「はぁ!? 勝手な行動は……って、ちょっと!」
リタの止める声も聞かず、デルトリクスと騎馬隊は敵正面へと突撃を開始した。
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「突っ込んでくるぞ!」
「正気か? たかが数十の騎馬でどうこうできると思っているのか」
この集積地に蓄えられた物資は、王都だけでなく、貴族派の本拠地にも運ばれている。だから、貴族たちも王都以上にここの防衛に力を入れていた。しかし、思わぬ敵の動きに守備兵たちは戸惑っていた。
「おいおい、さすがに度が過ぎるだろ……。リタの苦労が目に浮かぶな」
内部に潜入したヒルは、防衛側の混乱具合に啞然としながらも下準備を着々と進めていく。正面に戦力と注目が集まっている今、内部は驚くほど手薄になっていた。
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「おいおい、こんな予定だったっけ?」
冒険者組とシャルは少し離れた高台で事の推移を見守っていた。
本来であれば、囮の騎兵は姿を見せて注目を集めた後に撤退する手筈だったのに、なぜか敵正面へと突進していったからだ。
「アレは放っておいていい。私たちの仕事をしましょう」
「でも、あの数で敵陣に突っ込んで行くなんて無茶っス」
「調子に乗ってるだけ。馬鹿だけど無謀ではないから」
まるで心配していないシャルとは異なり、冒険者の二人は内心ハラハラだった。そんな対照的な二組の近くの茂みがガサガサと音を立てたかと思うと、黒い塊が飛び出してきた。
「ご苦労様。上手くいったみたいね」
「ワンッ!」
シャルに撫でまわされながら、ウルが答えるように吠える。いつの間に仲良くなったのか、ウルは完全にシャルを認めているようだ。
「あの馬鹿には、この子の爪でも煎じて飲ませてあげればいい」
「じょ、冗談っスよね?」
笑い話のつもりで返してみたところ、真顔で首を傾げてくるシャルに、ロットは困惑した。
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敵陣地へと突進をかけるデルトリクスは、敵が混乱から態勢を整えて弓矢を射かけてくる直前に手で騎兵に指示を出して大きく蛇行させ、速度を落とさずに敵をかすめるようにして大きく旋回すると、そのまま撤退の指示を出した。
「うひゃー! 冷や冷やしたなぁ」
「『冷や冷やしたぁ』じゃ、ないわよ!? 付き合わされるこっちの身にもなれっての!」
なんだかんだでデルトリクスの突進に付き合わされたリタは、怒り心頭で彼に噛みついた。そんなリタの苦言もデルトリクスはなんでもないように笑い飛ばす。
「いいじゃねぇか! 結果は上々だろ。それに、スカッとしたろ?」
「それは、……まぁ」
「んじゃ、本隊と合流すっぞ。敵が食いついてくれりゃいいが、望み薄だな」
「何でそんなことが分かるのよ」
「防御の態勢を整えるまでの速さ、混乱からの立ち直りまでの時間、ここの敵さんはどうやら馬鹿じゃないらしい」
無謀に突っ込んで行ったように見えて、意外に敵情を分析していたらしいデルトリクスにリタは多少感心した。それに無策に突っ込んだように見えて、こちらに損害はない。これは彼の撤退までの判断の速さと、彼を信頼した部隊の統率の取れた行動が無ければなし得ないことだ。抜けているように見えたのも、兵に無用な緊張をさせないための彼なりの配慮なのかもしれない。
「次はぶっ飛ばす!」
「……やっぱり、馬鹿なのかも」
何はともあれ、目的を果たした彼らは一先ずこの場を撤退していった。
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