第74話:混水摸魚

「このところ、なんだか動きやすくなったわね」

「見回りの数がだいぶ少なくなりましたから」


 冒険者のリタと並んで王都の商店街を歩いているのだが、憲兵の姿が明らかに少なくなっている。おかげで街には多少の活気が戻ってきているのだが問題もあった。


「やっぱり高いですね……」

「ここ最近、南部からの品がさっぱり入って来ないんですよ。西は、ほら、アレでしょ……」


 商人の男と話し込んでいるのはミアだ。


 リタと自分は彼女の買い出しの付き添いなのだが、ミアは何故かリタが同行することをえらく渋っていた。人見知りの印象は無かったが、確かに大人数で行っても目立ちそうなので自分が辞退しようとしたら、今度はえらい勢いで拗ねられてしまった。全く訳が変わらない。


 それにしても、周りの店を覗いてみても並べられている商品が随分と少なく感じる。


「でも、北からの品物も少ないようなぁ」

「何でも、北は変な集団が彷徨うろついてるらしんですよ。盗賊なのか何かは分かりませんがね。今のとこ商隊に被害は無いんですが、みんな怖がっちまいましてね……」


 商人の男は本当に困っている様子だったが、ミアの質問に丁寧に答えてくれた。


「北の集団って?」

「……どうして俺に聞くんです?」

「どうせ心当たりあるんだろうなぁと思って」


 呆れてリタからの質問に反応ようとした時だ、遠くから黒い塊が人の合間を縫って近づい来たかと思うと、すごい勢いでこちらに飛び掛かってきた。


「な、何!?」

「だ、大丈夫です」

「大丈夫って?! アンタ……」


 そう言ってナイフを構えたリタが見たのは、顔中を舐め回される自分の姿だった。


「……本当に、大丈夫そうね」

「いい加減に勘弁してくれ、


 それは、しばらくぶりに再会した魔物の子供。ちょっと見ないうちに少し大きく成長したようで、コロコロしていた頃と違い、飛びつきが様になっている。

 ブンブン尻尾を振って全然離れようとしない子狼コイツが、最強クラスの危険種だと信じる人間がいるんだろうか。


「おぉい! どこ行っちまったんだ⁉」


 ウルが来た方向から、体格の良い男が現れてようやく舐め回しの刑から開放される。


「お久しぶりです。ツカヤ隊長」

「あぁ?! お前! 適当な命令書だけ残して行きやがって、一体どこに消えてやがったんだ?!」


 それは、北方からアリサを追って一緒に王都へ来た歩兵隊長だった。


※※※※※※※※※※


 憲兵隊の王都詰め所はノルドが王宮の権力を掌握して以来、軍事指揮系統の中枢として機能している。これまでは民衆や避難民相手にただ力を見せつけてやるだけで、指揮なんてものはあってないようなものであったのだが、数日前からは状況が一変していた。


「北の勢力について何か情報は?」

「南での事件の続報はどうなっている?!」

「王都内の人手が足りん!! 貴族の方の兵力はどうなっているんだ!?」


 各所で続発する問題に追われながら、それに対応する人員も足りない。それでいて貴族派の協力も得られず、ノルドからの突き上げも厳しくなる一方で、憲兵隊は混乱の只中にある。


 そんな彼らの現在で最大の懸念点。


「物資輸送の手配はどうなっている⁉」

「各所に分散して管理していた物資や輸送隊が、北部を中心に襲撃されておりまして、警備や護衛を倍に増やして対応していますが……」

「下手は許されんぞ?! これはノルド様からの勅令なのだ!!」


 彼らは西部の物資を王都周辺に集め、そしてまた別の場所に運んで居るのだ。王都で物資が不足し始めたのも、これが原因でもあった。


「しかし、あの荷物は何処に行っているんでしょうか?」

「……長生きしたければ、余計な疑問は持たんことだな」


 実際、運搬の途中で貴族の兵士に荷を渡してしまうため、憲兵たちも荷物の行方は謎であった。何人かが興味本位で探索に行ったらしいのだが、帰って来た者はいないそうだ。


「いずれにしても、今の問題は北の連中だ」

「盗賊や避難民の連中にしては組織的すぎる。まさか王女の?」

「奴らは今頃、魔物と戯れてるだろ。まぁ、生きてりゃの話だけどな」

「知らないのか? 今、囁かれている噂」

「噂?」

 

 こうして、混乱する憲兵たちの中にも噂は広まって行く。


※※※※※※※※※※


「アリサ様! よくぞ、ご無事で……」

「心配させてごめんなさい。ツカヤ」


 いくら憲兵の数が減っているとはいえ、露店の前であれこれと話し込んでいれば怪しいことこの上なかったので、隊長はスラムの拠点へと連れ帰ってきた。


 ツカヤが涙ぐんでいる一方で、ウルはと言えば、アリサにお腹を見せて寝転んで嬉しそうに撫で回されている。


「ツカヤ、壮健そうですね」

「エマ様もご無事で」

、順調そうですね」

「例の件?」


 アリサはウルから手を離すと、エマの方へ顔を向けた。


「例の件って?」

「そこの青年の悪知恵です」


 エマからの意味深なチラ見に、アリサが即座に反応したのを見て、目をつぶって天を仰ぐ。


「ねぇ、私にも教えてくれる? よね?」


 なぜだろう。セリフは穏やかなのに、声がとてつもなく冷たく感じるのは。


「……あ、あぁ」


 喉元に剣を突き付けられたような緊張感に迫られて、ツカヤに渡した命令書について説明することになったのだった。


※※※※※※※※※※


「北部の兵を動かしたの?」

「はい。北部の活動に支障ない程度に、二百の兵を連れて王都付近に展開しています」

「私とデルトリクスで許可を出しました」


 アリサから説明を求められて、ツカヤとエマにまず部隊の詳細を話してもらった。


「そう。それで? 一体何をさせているの?」


 二人からの説明の後、彼女は質問を口にしながらツカヤ隊長に視線を向けた。


「お、主には王都の北側で西からの避難民の誘導や援助をしております」

「……変なことはさせて無いんでしょうね?」

「べ、別に、変なことは……」


 「ふ〜ん」と、疑いの目をこちらへと向けてくるアリサだが、他ならぬツカヤが言っているのでそれ以上は詰め寄って来ようとはしなかった。

 無論、の部分に色々と激怒案件が含まれているのだが……。


「でも、二百の兵で出来ることも限られているでしょう?」

「しかし、彼らのおかげで憲兵たちを牽制出来た。奴ら、大分混乱しているはずさ」

「それでどうしようと言うの? 二百の兵を連れて王都を落とせと? そんなことが無茶だってことは誰にだって分かるわ」


 アリサは呆れたように目を伏せる。エマやツカヤも同じ意見なのだろう。こちらに向けて、首を横に振っている。


「ああ、それは分かっているさ。だから、狙うのは別だよ」


 かき混ぜた水で狙う魚は、もっと大物。


 その大物を捕まえる大役は、目の前の王女様にしか出来ないだろう。

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