第75話:離間計

「……貴様らに協力しろと?」

「く、口の利き方に気を付けろよ⁉ これからも家族と無事に過ごしたければなぁ!!」


 そうやって憲兵の男が凄んだものの、目の前に佇んだ男の威圧感の方が圧倒的に勝っていた。


「それで? 我々は何をすれば良いんだ?」

「い、今まで通り、王都の見回りと城門の監視をやっていれば良い。今後は憲兵の同行はできなくなるがな」

「清々するな」

「き、貴様?! 言わせておけば……」


 憲兵は思わず剣に手を掛けようとしたが、急に指の動きが止まった。背筋に冷たく伝う感覚に呼吸も忘れるような張り詰めた空気。少しでも動けば首が落ちるという確信。それが目の前の男から発せられる殺気だと憲兵は本能で察した。


「どうした? 抜かんのか?」

「う、煩い! 今日伝えたこと、しっかりと部下たちにも知らせておけ‼」


 憲兵が尻尾を巻いて逃げ出したのを見送り、入れ替わるように入って来た騎士と男は向き合った。


「憲兵共も必死ですね」

「奴らの混乱っぷりを見ているのも小気味良いがな。我々のやることは変わらんさ」

「……本当にそうでしょうか? 今の我々の行いを王がご覧になられたら、どう思われるでしょう。守るべき民に剣を向けるような我々を……」

「都を守るのが我らの役目だ。たとえ、頭が腐り落ちていてもな」


 そう言って、男は静かに目を閉じる。


 この男も、現状を決して良しと思っている訳では無い。この王都で一番の戦力を抱える王都守備隊を束ねる立場にある男であれば特に。

 しかし、隊を束ねているからこそ、守らなければならないものもある。


「そう言えば、お前の息子はいくつになった?」

「三歳になりました。いやぁ、なかなか子宝に恵まれず、歳を重ねてから得られた子ですから、恥ずかしながら可愛くて仕方がありませんよ」

「そうか」


 国の為ならば、己の命はいくらでも使い捨てる覚悟を持っている男も、部下の幸せをむやみに奪うことは出来なかった。


「そう言えば将軍、隊舎の方にこんな手紙が届いておりましたが」

「手紙?」


 手紙を受け取ったハレスが封を切ると、一本の長い黒髪が同封されていた。


「そうか、王都ここに来ていたか」

「分かったのですか? 手紙の送り主は」

「黒曜石からだ」


 それ人ですか? と、首を傾げる部下を置いて、ハレスはその場を後にした。


■■■■■■■■■■


「お呼び立てして申し訳ありません、将軍」

「いや、久しいな。アリサ王女」


 この人に会う時はいつも緊張してしまう。


 ちちは、この国に信用できる人間が二人いるとよく話していた。一人は近衛隊長。そして、もう一人が目の前の人物、王都守備隊の隊長。ハレス将軍だ。


 この国で、将軍と呼ばれるのはこの人だけだ。


「後ろのは連れか?」

「え、えぇ。まぁ……」

「お初にお目にかかります、ハレス将軍。オボロと申します」


 てっきりヒサヤがついて来てくれると思ったのに、彼は隊長やエマ達と共に、また何処かへ行ってしまった。なので、この会談には私とオボロの二人だけだ。


 まったく、肝心な時に頼りにならない青年だ。


「……感心せんな。裏世界の重鎮と懇意にするとは」

「お見知り置き頂き光栄です」


 深々と頭を下げるオボロにも、ハレスは全く動じない。


 そう。しばらく一緒に行動してきて分かったことだが、オボロは下手に出ているように見えて、いつの間にか会話の主導権を握ってしまうのだ。ペースを掴まれてしまうと、あっという間に彼の術中にはまっている。


 ただ、流石のハレスはオボロに対し、そんな小細工は不要とばかりに正面からどっしりと構えている。


「……早速だが、用件を聞こうか。生憎と監視のある身でな。あまり長く尾行を巻いてはおれん」

「では、単刀直入に申し上げます。将軍、王都守備隊のお力を私にお貸しくださいませんか?」

「……それは、あの兄の代わりに貴殿が王座に就くと言う事か?」

「はい」


 ハレスは少しの間、何かを考えている様だった。


「王位継承権の争いから逃げ続けて来た貴殿が、どう言う心境の変化だ?」

「誤りは正さねばなりません。それが出来得るのが私だけであるならば」

「兄をも斬るか?」

「……必要であるなら」


 私を見る目は、恐ろしいほど真剣で厳しい目だった。油断すれば気圧されてしまいそうな視線を受けるが、ここまで来て私も一歩も引くつもりはない。


 そんな目は不意に伏せられた。


「貴殿の覚悟は受け取った」

「では、お力をお貸し頂けると?」

「悪いが、それは出来ない相談だ」

「……人質、ですか?」

「……」


 ハレスの無言が、答えを物語っている。


「失礼ながら、その件につきまして少々お話が御座います」


 この沈黙を破ったのはオボロだった。


「我々は既に、脅しを行っている憲兵の規模や行動、果ては交友関係に至るまですべてを把握しております」

「……馬鹿なことを言う。一体、どれ程の数が居ると思っているのだ」

「おやおや。彼らに出来て、我々に出来ないことなどありはしませんよ?」


 自信たっぷりに言い切るオボロに対して、ハレスの方は未だに警戒心を解いてはいないのか、身構えを崩していない。

 

「仮に知っていたとして、お前達に奴らを止めることが出来るのか?」

「それは些か難しい相談ですが、アチラも混乱の最中ですので、更に掻き回してやることくらいは造作もございません」


 オボロの微笑みが絶対にろくでもないことを考えているのを確信させるが、ハレスを説得するのには少し弱い。


「残念だが、確実とは言えない状況に部下を巻き込む訳にはいかん」

「そうですか。ならば、どうでしょうか。共に戦うことが叶わないのであれば、せめて見て見ぬ振りをして頂くと言うのは」


 これは、ヒサヤから教わった交渉の方法。

 初めに大きな要求を出しておき、断られたところで叶えられそうな本命の要求を出すというものだ。


「お前達の行動に目を瞑れと?」

「はい」

「……いいだろう。それくらいであれば」


 よし! 先ずはこれでいい。これで、王都の出入りが格段にしやすくなる。


 思えば、王都に来てから失敗続きの交渉の中でやっとの成功と考えれば安堵がこみ上げて来る。


※※※※※※※※※※


 喜びを押し殺しているのが傍から見ても明らかなアリサを微笑ましくも感じながら、ハレスは改めて彼女を見た。


「……獅子の子は獅子という訳か」

「しかし、貴方もお人が悪いですね。貴方の力を持ってすれば、王都を制圧するくらいは造作もないはず。何故、今まで動かなかったのですか?」


 そんなハレスにオボロは疑問をぶつけてみた。確かに、ハレスならば自分の手で王都を掌握することも出来たはずだった。


「ここは王の国。それが出来るのは王家の者だけだ」

「強情なお人ですね。でしたら、もっと肩入れして頂いても良いと思うのですが」


 王が亡くなった報せは、帝国が王国内へ侵攻してすぐに、西の都からもたらされた。


 あろう事か、王の実子による宣言によって。


 ハレスはこの時、友と呼べる者を二人とも失った。ならば、せめて最後に願われた頼みを聞いてやろうと心に決めていた。


「お前、黒曜石を知っているか」

「あの黒くて脆い宝石でしょうか?」

「そうだ。アレは脆いが、割れると非常に鋭い刃にもなる。今この国に必要なのは、磨かれた綺麗な宝石ではあるまい」


 そう言って、ハレスは二人に背を向けた。


「私は王から王都を守ることを命じられている。貴殿らが都に害なすと判断したならば容赦はせん」

「まったく強情なお人ですね」


 それを最後にハレスはこの場を去っていった。

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