第64話:暗部

 セナに案内されて行き着いたのは、王都の郊外、スラム街のような場所だった。薄暗い路地や雑多な印象の建物等のいたる所から視線が向けられているように感じる。


「おい。ホントに大丈夫なんだろうな」

「心配ありません。ちゃんとしつけてありますから」


 そうこうしているうちに、周囲の雰囲気とは似つかわしくない立派な屋敷へと到着した。すると、屋敷の中からぞろぞろと、柄の悪そうな連中がこちらへとやってくるのが見えた。


 自分とアリサは思わず剣に手をかけようとしたが、セナがスッと手で制止してきた。


「大丈夫です。任せて下さい」


 一歩前に出たセナの前に男たちが立ちはだかると、次の瞬間には男たちが一斉に頭を下げていた。


「お疲れ様です!! 姐さん!!」


 まるでヤクザ映画のワンシーンを見ている様な光景に面食らっていると、渦中のセナが身なりの整った男に向けて質問した。


「ご苦労様です。オボロ様はいらっしゃいますか?」

「はい、姐さん。ボスなら中に」


 礼を言って歩き出したセナを呆然と眺めていると、周囲の男たちの鋭い視線がこちらへと向けられる。


「その方たちは私の連れです。粗相のないようにお願いします」

「承知しました、姐さん。では、お客人方、こちらへ」


 そう案内されて、屋敷内の立派な客間へと通された。


「言っただろう? 嬢ちゃんを侮らない方がいいってよ」

「流石に、こんなのは予想してませんよ……」


 面白そうに言うヒルを脇に、平然としているセナに小声で話しかける。


「お前、何をしたんだ?」

「試合に出場しました」

「はぁ?」


 セナから詳しい話を聞く前に、客間の扉が開かれ、一人の男が客間へと入ってきた。


「ほう。これまた、厄介な客人をお連れのようですね。セナ嬢」


 男は上物のスーツのような格好で、おおよそこの辺りには似つかわしくない雰囲気を纏っていた。その男の濁った印象の目を見ていると、何かを見透かされているような、得体のしれない嫌悪感を感じてしまう。


「このようなみすぼらしい所に、よくぞおいで下さいました。王女殿下。そして、お付きの方々」

「……私を知っているのですか?」

「ええ。下々の中には、貴女のファンが少なからずおりますので。

 私はオボロと申します。恥ずかしながら、この辺り一帯の顔役を務めさせて頂いております。以後、お見知り置きを」

「ご丁寧に。ありがとうございます」

「それで、私共に何か御用がお有りでしょうか?」


 オボロの問に、アリサは少しの逡巡の後、用件を口にした。


「ええ。実は少々事情がありまして、しばらくの間、身を隠すところがあればと……」

「なるほど、それは難儀ですね。ところで、貴女を匿うのと貴族共に売り渡すの、どちらが我々にとっての利益になりましょう?」


 その言葉に、アリサの目が見開き、剣を取ろうした自分達の後ろには獣人の男が剣を抜いて立っていた。


「冗談にしては度が過ぎていますよ。ガウム」

「申し訳ないが、少しの間大人しくして頂こう。セナ嬢には敵わずとも、お連れの者はそうは行くまい」


 セナに冷たい視線を受けた獣人は、丁寧な口調で答える。


「大人しくして頂ければ、お連れの方々は無事にお返ししますよ」


 状況が落ち着くのを待って、この屋敷の主人は再び口を開いた。


「貴方は、私を引き渡してどうするおつもりですか?」

「見ての通り、我々は日陰者でしてね。生きて行くには、たとえ愚者に媚びたとて、僅かな益を得て行くしかないのです」

「あ、貴方は、この王都の現状を何とも思っていないの?!」

いささか窮屈ではあります。だが、それだけだ」


 苦虫を噛み潰したような顔をするアリサを一瞥し、オボロは腰を上げた。


「王女殿下以外の方々は、どうぞお引取りを」

「素直に応じるとお思いですか? オボロ」

「戦女神の怒りとは恐ろしい。だが、ここは人の世。力とは腕力だけではないのですよ、セナ嬢」


 そう言うと、獣人の剣が自分の首筋に当てられる。それを見た、セナの周囲の気温が一気に下がったように感じた。


「少し、いいか?」

「ほう。この状況で言葉を発するか。見かけによらず剛胆だな、少年。もしくは、余程の馬鹿か」


 一触即発の状況で、首筋に剣を当てられた自分が声を出せたのは意外だった。いや、後ろに立つ獣人からは、こちらに殺気が向けられていなかったからだ。


「要は、俺たちがあんた等の役に立てばいいってことでいいか?」

「ふん。滅多なことを口にするなよ。少年」

「さぁて、人の話を聞かずに馬鹿を見るのはどっちだろうな」


 相手のペースに飲まれない様に虚勢を張り、余裕ぶった態度が功を奏したのか、オボロはこちらの話に耳を傾けた。


「……いいだろう。では、聞かせてもらおうか? 君たちを助ける利得とやらを」

「そうだな、あんたらの命と今後の活動場所ってところでどうだ?」


 こちらの言葉に、オボロは大声で笑う。しかし、こちらを見る目は冷静に真っ直ぐこちらを見ていた。


「これまた、大きく出たな。少年」

「知っているだろ? 帝国の連中が攻めて来てるのを」

「無論。知らぬ者などいないさ」

「次の目標が王都ここだって言うのも?」

「西の都が落ちた。当然、次は王都に来るだろう。皆が知ってるとも」

「では、帝国と貴族に密約があるというのも?」


 ここでオボロからは笑顔が消え、眉がピクリと動いた気がした。だが、そこまでだった。


「そういう事もあるだろう。だが、帝国の奴らが王都を乗取ったところで、所詮は頭がすげ替わるのみ。媚びる先が替わるだけだ。

 むしろ我々のような下民は、戦いに巻き込まれずに済むのではないか?」

「それは、相手が人間の時に通じる道理だ」

「どういう意味だ?」


 ここに来て、オボロはこちらの話に乗ってきた。ようやく交渉のスタートラインに立った気がした。


「ゴンドが落ちて、まだ日が浅い。破れたとはいえ、元は最強と名高い軍事力の国だ。いくら帝国と言っても掌握するのに時間が掛かるだろう。

 だから、この国の西側は、帝国軍主力ではない軍勢で落としにきた。だが、その部隊も、今は西の都で足止めだ」


 むしろ、国境に現れたのがテミッド王子の軍だったのは救いだった。王都に向かっている軍勢が先に侵攻していれば、オエスは悲惨な末路を辿っていただろうから。


「では、この王都に一番先に到達するのは誰か?

 帝国の本隊でもなく、西の都に留まる部隊でもない。帝国のゴンド侵攻に呼応して動いた、もう一つの勢力」


 本来、この国への侵攻の主力となるはずの軍勢。


王都ここに攻め寄せるのは、魔人族だ」

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