第63話:合流

 話を聞き終えた後、シスターに部屋を用意してもらい、その日は眠りにつくことにした。アリサも身の上話のせいか疲労の色が濃く、静かに案内された部屋に入って行った。


 自分には両親の記憶が無い。


 物心付く以前のことで、悲しいという感覚は無かったと思う。だが、アリサの様に愛されることも無かったせいか自分は酷くいびつに育った気がする。しかし、大切な人を亡くした気持ちなら理解出来た。自分も最悪な思いを味わったのだから。


「……お兄ちゃん、お兄ちゃん。起きて!」


 少女の呼び声に思わず目を見開いて飛び起きた。自分が予想以上に怖い顔をしていたのか、目の前には見知らぬ少女が立ちすくんでいた。


「ご、ごめ……」

「お、お客さん、来てるって!!」


 謝ろうとした矢先、少女は要件を叫ぶと部屋から逃げる様に立ち去って行ってしまった。


 いたたまれない気持ちのまま軽く身支度を済ませて廊下に出ると、アリサの姿があった。


「リーラ、怖がってたよ?」

「すまない……」


 この教会は孤児院だと言っていた。あの少女はここの子供の一人なのだろう。

 思いの外ヘコんだ声が出てしまい、アリサの方も何かに気付いたのか申し訳なさそうに目線を落した。


「ごめんなさい。もう少し配慮するべきだった。思い出させちゃったのね、村のこと……」

「大丈夫だ。それより急ごう」


 そう答えて、昨日案内された広間に向かうと、見知った二人組が立っていた。


「よう! 久しぶりだな。お二人さん」

「ヒルさんも、無事なようで良かった」


 ヒルとは国境の城で別行動をとった。西部の状況を調査した後に、折を見て王都へと戻って来ていたようだ。そして、もう一人。こちらは髪から肌まで真っ白な少女が佇んでいた。


「よりによって、セナを連れて来たんですか?」

「ああ。荒事に関しちゃ、この嬢ちゃん以上に頼れる人間はそう居ねぇからな」


 王都に潜伏している仲間の中でも、セナの戦闘力は突出しているのは間違いないが、どうもこの少女と一緒にいると自分のペースが乱される気がする。


「私のことはお気になさらず」

「……無茶言うな」

「あの……」


 アリサが話を遮り、長引きそうだった二人との挨拶は中断された。


「積もる話もあるだろうけど、そろそろ本題に入りましょう?」

「そうしよう。西部の方はどうでしたか?」

「酷えもんだったよ。お前らも見てきたんだろ? 王都への道中で。あれをやったのが敵じゃなく同じ国の人間ってんだから、救われねぇ話……、あっ、すまん」

「……いえ、私もそう思います」


 ここに来るまでに焦土作戦の犠牲になった村や行き場を失った人々の末路をいくつも見てきた。だがあの惨状は、ほんの一部にしかすぎない。


「オエスはあっという間に陥落、ってか抵抗らしい抵抗もしていないらしい。切り捨てられた自国より、侵略にきた敵を選んだってことだ。お前さん、こうなることが分かっていたのか?」

「ある程度は。アリサの話で貴族の一部と帝国に密約があるのは予想出来ましたから」


 それに現れたのは元は自国の軍勢。城門を閉ざして戦えと言う方が難しい。


「王女様を隠しときたかった理由はそれか? オエスにいたら、今頃は侵略軍への手土産にされちまってる」

「ええ、はノルド王子に感謝しなければ」


 王女が西の国境へと向かったことを大々的に公言されてしまっていれば、アリサは絶対に国境の城から逃げなかっただろうし、仮に国境を突破されてもオエスで籠城戦は免れなかっただろう。王族として、戦わずして敵を通すことなど、このお姫様に出来る筈がない。

 だが、もう一つ理由はある。


「言っても、王都は王都でヤバい状況に変わりはないんだが。現状、王都ここの支配権は、あのバカ王子が握ってるしな」

「情勢はどうなってますか?」

「政敵や群衆を扇動しそうな奴らは真っ先に殺されて城門に吊るされてる。おかげで大ぴらに反抗しようとする連中は鳴りを潜めてるよ。

 知ってるか? 最近じゃ、ちょっと怪しいとか、憲兵が気に入らねとかそんな理由で市民まで投獄や処刑されたりしてんだ」


 国を統べる能力も自信も無く、力を持って恫喝、監視していないと不安なのだろう。正に恐怖政治そのもの。いや、もはや悪ガキのヒステリックと言ってもいいレベルだ。


「対抗出来そうな勢力はないんですか?」

「王子は子飼いの憲兵隊の他に、貴族の連中が裏に付いてやがるからな。私兵団も合わせればそれなりの軍勢になる。

 神官の連中が裏でコソコソ動いているらしいがな、あと反乱とまでは言えないが、王都守備隊が姿を見せなくなった」

「王都守備隊って言うからには、王都の防衛を担う軍ってことでいいか?」


 隣で深刻な面持ちで黙り込んでいたアリサに話を振った。このまま黙り込ませていたら、次の瞬間には王宮向けて走り出しかねない。


「え、えぇ。そうね。隊長はお父様とも親しくて、何度かお会いしたけど聡明な方よ」

「反抗的って言うなら、もう……」


 粛清されてしまったのではと考えたが、アリサは首を横に振った。


「守備隊って言うけど、この広い王都を守るのには相当な戦力が必要なの。王都にいる軍勢の中では間違いなく最大戦力だもの。兄様も簡単に手出し出来ないはず」

「だったら、その聡明な隊長様はこの事態を静観してるってことかい?」


 ヒルの言葉にアリサも思うところがある様で、再び黙り込んでしまった。ただ、あの王子のやり方を考えれば自ずと答えは出た。


「……守備隊の構成は、王都出身者が多いんじゃないか?」

「え? えぇ、そうね。所属部隊の希望を出す時に王都の出身者の第一希望は守備隊が多いはずだから」

「ってことは、家族もみんな王都にいるわけか」


 そこまで言って、ヒルもアリサも気付いたようだった。


「人質か」

「でしょうね。兵士一人ひとりとまでは言いませんが、隊長や幹部クラスの何人かを押さえればいい」


 家族を人質に取られて身動き出来ない守備隊と、言うことを聞かせたいが正面切っての対立を避けたい王子側との微妙な均衡が生み出した状況だろう。


「……卑怯者」

「おいおい! 待て待て!」


 一言呟いて立ち去ろうとしたアリサの腕を咄嗟に掴んで制止するが、彼女は止まる気配も見せず手を振り払おうとする。


「どこに行くつもりだ?」

「離して! 王宮に行って直接兄を諌めてくる」

「だから無駄だって言ってるだろ! それに君も人質を取られている立場だろうに」


 彼女の宮殿には、まだ仲間達が軟禁されている。それこそ、人質を盾にされて搦め捕られる姿が容易に想像出来た。それに、捕らわれているメンバーは、自分がアリサの障害になっていると分かれば、自ら死を選びかねない者達だ。

 それに気付くと、アリサの力がふっと抜けてその場に立ち尽くしてしまった。


「何にしても、このままここに留まるのもマズいんだろ?」


 こちらが落ち着いたのを見て、ヒルが声をかけてきた。

 確かに、神官長が訪ねてきたこともあり、どこかの勢力に監視を受けているのは確実だ。ここに留まるのは、自分達にも教会の人達にも危険だった。


「そうですね。どこか身を隠せそうな場所が?」

「あの、僭越せんえつながら私に心当たりがありますが」


 ここに来て、今まで黙っていたセナが声をあげたが、自分は懐疑的な目を彼女に向けた。


「おいおい、嬢ちゃんの人脈を侮らない方が良いと思うぞ?」


 意味深に笑うヒルに推されて、セナの提案を受け入れることにした。

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