第62話:王女の出自
「何かあったのか? アンタらしくもない」
「別に。面白くもない昔の話……」
「聞いてもいいか?」
「長くなるから……」
「時間ならあるさ」
「……」
しばらく黙り込んだ後、アリサはポツポツと話を始めた。
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こんな話、私からしたことは一度も無い。
だけど、何故か目の前の青年には話しておいた方が良いと思った。権力をめぐって争う醜い家の話だけれど。
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私は東の都で生まれた。
母は優しくそして、美しい人だった。
幼い頃の私に父親との思い出は無い。母が身籠ったと知って、父は母を一人、東の都に送り、その後は顔すら見せなかった。
だが、父親からは相当な額の仕送りがあった様で生活には困らなかった。私達に与えられた邸宅はお城のように広い家だったが、母は贅沢を好む人ではなかった。内装や装飾は驚くほど質素で、衣服も綺羅びやかな物は少なかった。使用人もおらず、食事は母が用意してくれる一般的な家庭のものだった。
そんな母を手伝っている時が私は楽しかったし、母はいつも笑顔で褒めてくれた。
私にはもう一つ周りのみんなと決定的な違いがあった。この国ではあまり見かけない黒い髪だ。
そのことで忌避の目に晒されて嫌な思いをすることも少なくはなかったが、母はこの黒髪を美しいと言って、よく髪を梳かしてくれた。
私は、母が居てくれれば幸せだった。
そんなささやかな時間は、唐突に終わりを迎えた。
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私が十歳になった時、周りの大人達に連れられて初めて訪れた王都で、見たことのない動物に出会った。緑色の綺麗な毛並みにクリクリとした目の小さくて不思議な動物と大人たちの用が済むまでじゃれ合って遊んでいた。
それが全ての転換点だった。
王都の大人たちからは信じられないものを見るかのような目を向けられた。そして、私は王都に留め置かれることとなった。
そこからはまるで白昼夢を見ているように話が進んでいった。
まず、私は王家の血筋を継いでいると告げられた。私の父親はこの国の王だと言う。「馬鹿げている」と、思った。幼かった私も、そんなおとぎ話をただ信じられるほど愚かでは無かった。
だが、王への謁見を経て数日の内に母が王の側室に迎え入れられ、後宮に呼び寄せられるに至って、ようやくこれが現実のものであると否応にも理解させられた。
そして、私は聖獣を従えた王女として、王室へと迎えられた。
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「シンデレラストーリーってやつか……」
「シンデレラ?」
「あぁ、何でも無い。気にしないでくれ」
彼女の生い立ちについて聞いていたが、ずっとお姫様してた訳では無さそうだ。通りであのじゃじゃ馬っぷりにも納得がいく。
「……何か失礼なこと考えてない?」
どうしてこんな時でも勘が鋭いのかと内心驚きながら、どうにかはぐらかして話を続けてもらうことにした。
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王女と言っても、所詮は側室が産んだ子の一人。
だが、私には聖獣が付いていた。
王家の女性は他国との政略結婚という形で政治の道具にされるのが慣例。本来であればあるはずのない王位継承権が私には与えられた。
それが悲劇の始まり。
正妃ならともかく、側室には様々な立場の女性が居た。他国の姫君や有力貴族の娘、果ては王が気に入った元使用人など。後宮は見栄と嫉妬の
そんな中で母の身分は決して高くなく、そして母は優しすぎたのだろう。
いきなり現れた小娘が、
後宮の嫉妬や憎悪を向けられるのには充分だった。しかし、曲がりなりにも王位継承権を持ち、聖獣と一緒にいた私には直接手を出すのは難しかったのだろう。
そして、その矛先は母へと向けられた。
後宮での居場所もなく、時には酷い傷や服を駄目にされることも幾度となくあった。でも母は、私にいつも微笑んでくれていた。
そんな母を見ているのが辛かった。
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そして、私自身も王位継承権が与えられたことで、その権力をめぐる争いに巻き込まれていった。
何人もの王子がいたが、正妃の子で長子のテミッドとバラク王国の姫だった側室の子ノルドの二人に権力は集中していた。
テミッドには慣例を重んじる王政派が、ノルドにはバラクとの利権も絡んで貴族派がそれぞれの後ろ盾にいたのだ。
そんな争いの中に聖獣という新たな力で飛び込んで来た私は、彼らのパワーバランスを揺るがしかねない脅威として認識されていた。
現に今まで政治的な力の弱かった神官派は、聖獣に選ばれ、しかもどの勢力からも影響を受けていない私に過度な期待を向けていた。
各派閥の代理戦争の戦場にされている兄弟が仲の良い筈が無い。それに私の出自と目につく黒い髪。しかも聖獣には他者を寄せ付けない力があった。私は王宮で完全に孤立していた。
そしてそのシワ寄せは母へと向けられていた。
※※※※※※※※※※
私達が王都に来てから一年後。
突然、正妃が亡くなられた。
死因は病死とされていたが、宮廷には医師もいたし、そんな兆候は無かったと言う。そして、正妃は何者かに毒殺されたのではないかとの噂が立ち始めた。
そんな中で、新たな噂があった。王は次の正妃に母を望んでいると言うものだ。
いくらなんでもと思う噂であったが、いつしか噂はこう置き換わっていった。
「母が正妃の座を奪うために、毒殺したのではないか」
根も葉もない噂であったが、母は元々後宮で攻撃の対象にされていたし、それを否定するだけの力も無かった。
噂はどんどんと大きくなり、ついには元老院から母を処断すべきとの意見がまで出るまでに広まっていった。
王は母を東の都に帰すことを決めた。
ほとぼりが冷めるまで後宮にいるよりずっと安全なはずだった。私は王都に留められることになってしまい、母と離れ離れになることになったが、母が無事であれば私は良かった。
数日後、母は東の都へと向い、
そして数週間後、母は死んだ。
屋敷に押し入った者に殺されたと言うのだ。犯人は捕らえられたと聞くが、自分は王政派の刺客で正妃の仇討ちだと叫んだ後、自ら命を絶ったらしい。
本当に王政派の刺客なのか、王政派に罪を被せて力を削ぐ策略なのかと王都では騒ぎになっていたが、私にはどうでも良かった。
母が死んだ。
その事実に私は抜け殻の様になってしまった。
いつもそばにいてくれて、いつでも優しく私を包んでいてくれていた母が、私の手も目も届かないところで死んでしまった。
またすぐに会えると思って何気なく見送ってしまった母には、もう二度と会えないと言うことが私の心を閉ざした。心が壊れない様に、自ら動きを止めたのだ。
そんな私に、王と元老院は二つの選択肢を提示してきた。
一つは王位継承権を破棄して教会へと入ること。もう一つが、王女として軍役に就くことだった。
要はこの機会に、私を王都の中枢から離れさせたいという思惑があったのだと思う。
抜け殻の様な私を見て、彼らは教会に入る方を選ぶことを疑ってはいなかった。私も初めはこのまま何も考えずに教会へと入り、一生を母や人々のために祈るために捧げようかと思った。
そこでふと、私は彼らに聞いてみたくなった。「私はどちらに進むべきか」と。
王は何も言わなかったが、元老院は頻りに継承権の破棄と教会への献身を私に薦めてきた。
その答えを聞いて、私の選択は決まった。
私は軍役に就くことを選んだ。
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