第61話:派閥の思惑

 講堂に入ると綺羅きらびやかな修道服を着た人物が待ち構えていた。


「アリサ王女! よくぞご無事で! 私めはアリサ様が王都を発たれてからというもの、心配で心配で気が休まりませんでしたぞ」

「……恐れ入ります。神官長もご壮健そうで何よりです」


 度が過ぎた喜び様にアリサも気圧されて若干引いていたが、神官長はお構いなしに話を続ける。


「嘆かわしいことに、今、この王都は窮地に陥っております。私共の配下の者たちも随分犠牲になりました。それもこれも、あのノルド王子が王の不在を利用して謀反を起こしたがため……」

「……し、神官長。その、私に何か御用がお有りなのでは?」


 いつまでも話が終わりそうにない神官長にしびれを切らせてアリサは話題を本題へと促した。


「おぉ、おお! これは失礼を。アリサ様、私共の旗頭となり、この王都をお救い頂けませんか?」

「……旗頭? 私がですか?」

「はい。我が王国は聖霊様のお導きを信仰するもの。貴女様は聖獣様に見初められたお方。それを差し置いて王を名乗るなど、有るまじき蛮行!」

「……私には何の力もありません。この子が私を受け入れてくれているのも、一時の気まぐれやもしれません。それに、兄……ノルド王子には憲兵隊の他に貴族派の方々もお付きなのでしょう?」


 肩に乗った聖獣を撫でながら、すぐに頷かないアリサに神官長は言葉を続ける。


「貴族共は己の利権を守ることしか考えておりません! 王子を担ぎ上げているのも、自分たちの行動に口を出すことが無いと思っての傀儡として都合が良かったに過ぎません。憲兵や貴族の私兵の戦力は侮れませんが、微力ながら私共も神兵団を組織しておりますし、教会の信者は貴女のために命を惜しまず奉仕するでしょう! アリサ様、どうか私共をお救い下さい!」


 言い終わって神官長がアリサへと近づこうと一歩踏み出そうとしたところで、アリサの肩に居た聖獣がピョンとアリサの前に飛び出ると神官長はそれを見て踏み出した足を引いた。


 シスターが会談に広い講堂を用意したのには聖獣の影響を懸念してのことだろう。シスター自身もお茶を用意すると言って部屋から早々に退室していたあたり、多少の無理をしていたのだろう。


「神官様、王女殿下はここに着いたばかりです。ここは一度、お引き頂けませんか?」


 場が膠着したのを見て、神官長へと話かけるとアリサに向けていたのとは違う視線を一瞬受けた様に感じたが、神官長はにこやかな顔を崩さずにこちらへと顔を向けてきた。


「君は?」

「王女様の御側付きを務めさせて頂いております者です」


 神官長は一時顔を伏せると、再び笑みを浮かべてアリサの方を見た。


「左様ですな、私も少々急いておりました。また、お伺いさせて頂きます」


 そう言って、神官長は教会を後にしていった。


※※※※※※※※※※


 教会を出た神官長が馬車に乗り込むと、中には武装した神官が乗っていた。


「王女様もなかなかに強情なようだ。早く首を縦に振ってくれれば良いものを。所詮は聖獣の威を借りたお飾りの王位継承者。だが、それだけに利用価値はいくらでもあると言うもの」

「よろしいのですか? あのままにしておいて」

「どうせ何も出来はせん。それに教会に入った時から既に我が手中よ。良いな、彼女らの動向から目を離すな」

「御意に」


 そうして神官長と入れ替わる様に武装した神官は馬車から降りていった。


※※※※※※※※※


 会談を終えて部屋に戻って来たところで、シスターには冒険者ギルドへの依頼をお願いした。潜伏している仲間への合図だが、アリサと一度話しておく必要があると思ったからだ。シスターは快く引き受けてくれた。

 シスターが退室してしばらくすると、アリサの方から話を切り出してきた。


「神官長の申し出、私は……」

「蹴っちまえよ」


 自分の言おうとしていた事を言われたからか、それともこちらの答えが予想外だったのかアリサは驚きの表情をしていた。


「どうしたんだ? 嫌なんだろ?」

「え、えぇ。でも、良いの? 君は受けるべきと言うかと思ってたから」

「アリサの直感は恐らく正しい。神官派がこちらに付けば、貴族派と内戦だろうしな」


 要は神官派が貴族派に取って代わるだけだ。それに劣勢の神官派だけに余計にたちが悪い。彼らは信徒さえも兵力に考えているようだ。


「ククリは聖霊信仰の神そのものだもの。この子を携えて私が擁立されれば、教会の人達も巻き込まれかねない。それに、神官長のあの言い様……」

「奴らは王都が取れればそれで良いと思っているのさ」


 権力争いの中、そこで自分達の力を誇示することに躍起になって大局を見ていないのだ。事は既に、この国の存亡に関わっているというのに。


「神官派は頼れないか。軍属派も民衆派も元々貴族派閥みたいなもんだろうしなぁ。後は……」

「ちょ、ちょっと待って! なぜ君が元老院の内情を知っているの?」

「何が?」 

「軍属派と民衆派が貴族側だって」

「ちょっと考えれば分かるだろう。軍属って要は元騎士だろ? 騎士は貴族の出身者が多いんだろう。そして、民衆派は貴族の治める領地の領民。貴族様に表立って意見できるかって」


 元老院のシステム自体、元々バランスがおかしいのだ。絶対王政の国だから王に力と器量があれば問題も無かったのだろうが、今の君主はお世辞にも優れているとは言い難い。


「あと残りは王政派か。今は貴族派の政敵で攻撃されてるんだったな。味方にはなってくれないのか?」


 王政派と聞いて、アリサの顔が少し暗くなる。


「無理ね。王政派の方々は、私を王座に据えたくないでしょうから」

「どうしてだ? あの王子の下にいるより、よっぽど良いはずだけど」

「王政派は、男系の継承を主張しているの。王家は世継ぎを残すのも大事な使命だから」


 効率と確率、そしてリスクを考えてのことか。出産が安全と言い難い場所で母子共に問題があれば、王家の血筋は断絶しかねない。だが、それを考慮しても今の王政派が男系継承に拘れる状況ではないだろう。


「でも、それだけではないだろ?」

「……王政派の方々は、先代の正妃に尽くしているの」

「先代の正妃?」

「ええ。それに私も彼らには頼れない……。かな」


 苦笑して見せた彼女の顔が、自分には泣き顔に見えた。

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