第60話:嫌われもの

 王都の郊外。古い教会の一室に深々とフードを被った人物達が通される。


「ご迷惑をおかけします、シスター」

「貴女の頼みとあらば当然のことですよ。アリサ」


 優しく微笑むシスターの前で怪しげな人物がフードを取ると、綺麗な黒髪の少女が現れる。


「そちらの方は?」

「彼は、その、私の連れです」


 そう促され、こちらもフードを取りシスターへと顔を向ける。


「ヒサヤです」

「あらあら、ようこそいらっしゃいました。何も無いところですけど、ゆっくりして下さいね」


 軽い挨拶を終えると、シスターはお茶を用意すると言って退室して行った。


「意外と簡単に城内ここまで来れたわね」

「城壁の兵が明らかに少なくなっているからな」


 王都へと到着した時、門番は数人の憲兵だけだった。そのおかげで馬車の荷台に隠れただけで苦労もせずに王都へと入ることが出来た。


「彼らの関心はむしろ城内の方なんだろう」


 そう、王都に入るまでは良かった。だが、市街はまるで戒厳令下のように憲兵や兵士達がいたる所で目を光らせ、王の代行を名乗る王子ノルドによって夜間の外出禁止令まで出されていると言う。そんな街中をいつまでも彷徨っている訳にも行かず、アリサの案内でここまで辿り着いたのだった。


「ここは?」

「安心して信頼できる場所だから。昔から通わせていただいている孤児院なの」


 そう言われて通された部屋を見回すと、長机にいくつもの椅子が並べられた広間で、壁には所狭しと子供達の絵が飾られている。


「王都までは戻って来れたけど、これからどうする?」

「まずは仲間と合流して、情報を集めよう」

「すぐに王宮に乗り込むんじゃないの?」


 アリサは、こちらを非難するように鋭い目線を向けてくる。彼女からすれば、一刻も早く今の蛮行を止めさせたいのだろう。


「行ってどうするんだ?」

「いくら軽薄な兄でも、心から国の惨状を訴えれば」

「無駄だよ。話を聞いてくれるような人物か?」

「なら、私がバラクとの取り引きに応じる代わりに」

「だから無駄だって。ノコノコ出て行って、結局は捕まって同じことだろ」

「では、貴方はどうしろと言うの?!」

「仲間を集めて、この国を奪い取る」

「……奪う? 国を?」


 何を言い出したのかと戸惑った後、アリサは小さくため息をついて呆れたように近くの椅子に腰掛けた。


「貴方がこの国を治めると言うの?」

「俺じゃない。がだ」

「私が? 私にそんなことが出来るはずが……」

「口先だけで物事は変わらない。それを語るだけの力が必要だ。君はこの国を救うことを望んでいる。だったら、そのための力を手にしてもらう」


 こちらの言葉を聞いて一瞬驚きの表情を見せたものの、アリサは暗い顔をして目を伏せてしまった。


「……貴方こそ、全然分かってない。貴方の言っていることはそんなに簡単じゃない」


 そう言いながら、彼女は苦笑いを浮かべた。


「私は、嫌われものだから……」


※※※※※※※※※※


「貴方はエルドのことについて、どの程度知っている?」

「聖霊、を崇める変わった王国」


 アリサの膝上に丸まった緑色の小動物を指さしながら問いに答えと、彼女はその小動物を優しく撫でながら話を続ける。


「そうね。私達の国は聖霊信仰を持ち、王を戴く国。でも、王家や教会の人間だけではまつりごとは動かない。王への助言や諮問を行うために元老院が存在している」


 高校の世界史の知識を総動員して彼女の話を聞くが、元々歴史はあまり得意ではなかった。こんなことならもっと真面目に出席しておけばと後悔しながらも彼女の話は続いた。


「……元老院には大きく五つのグループがあるの。王家を敬う王政派、貴族の利益を求める最大勢力の貴族派、教会の庇護を受ける神官派、軍への影響力を持つ軍属派、そして、民の意思を届ける民衆派」


 五つの派閥で意見をまとめ、王へと進言を行う。なるほど、確かにこの国の縮図と言ってもいい。


「そのグループの中に、君の仲間になってくれそうな連中はいないのか?」

「そんな人いるわけない。ただでさえ兄は味方以外の派閥の人を粛清しているもの。城壁に晒されていた者達は、元老院の王政派、神官派の方々ばかりだった」


 あの王子には、確か貴族派が付いているのだったか。自分が利用されていることを知っているのか、いないのか。どちらにしても今のこの国は、一派閥の傀儡国家ということか。


「しかし、なんで君が嫌われものなんだ?」

「……それは」


 アリサが何かを話そうとした時、部屋の扉がガチャッと音を立てて開かれた。


「失礼いたします。お茶をお持ちしましたよ」

「あ、ありがとう。シスター」

「それから、貴女方にお客様がいらっしゃっています」

「お客様? 私にですか?」

 

 その言葉に、一気に緊張感が高まる。王都にいる仲間には潜伏している場所を伝えられていない。つまり、この時点での客など全く想定外だった。


「何方でしょうか?」

「……神官長様です」


 王宮でアリサにすり寄って来た人物か。いくら教会に入ったからといって、タイミングが早すぎる。神官派の息のかかった人物が教会に居たのか、あるいは全ての教会を監視でもしていたのか。


「どうする?」

「わざわざトップがお出ましなんだ、どの道ここに居ることはバレてる。それに王宮の情報も手に入るし会ってみていいんじゃないか」


 今の王都で神官派のトップ自らが動くということは、彼らにもリスクがある。罠の可能性は低いだろう。


「……そうね。シスター達にも迷惑はかけられないものね。シスター、お会いいたします」

「では、講堂をお使いください」


 シスターに促されてアリサが扉から出たのに続こうとした時、不意にシスターから小声で話しかけられた。


「お気をつけください。神官とてアリサ様のお味方とは限りませんので」

「どうして俺にそんなことを?」

「あの子が人を頼るのは珍しいことです。貴方は信頼されているのですね」


 そう言って小さく笑うシスターに続いて、部屋を後にしたのだった。

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