第58話:西都にて
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エルド王国西の都オエス。
この都の宮殿でテミッドは不機嫌そうに腰掛けて部下からの報告を受けていた。
「都の掌握具合はどうか」
「大した抵抗も無く、実に順調です。こんなに呆気なくとは正直肩透かしも良いところ」
傍に控えた黒いコートの男ジバは薄笑いを浮かべながら応じた。帝国からの客将、軍師を預からせている男だがテミッドは一度もこの男に気を許したことはない。
国境線を越え一戦交えるかと構えてオエスを包囲してみれば、西の都は呆気なく落ちた。無血開城というよりも空城と言っても良い。当初は罠を疑い包囲を続けた。だが、城門は開け放たれ、幾度となく降伏の使者が送られ続けてくるに至って、ようやく都が本当に陥落していることを受け入れられた。
結果、数日の猶予を相手に与えてしまった。
「しかし、遠征軍用の補給拠点はもぬけの殻でした。
二万のエルド王国軍の兵糧は、手付かずで残っている予定だった。その十分すぎる物資を考慮し、最低限の荷で最速の攻略を目論んでいた当初の予定は完全に潰されてしまった。
「……我々の狙いに気付かれていたと言うのか」
「さて、そこまでは。ですが、北方の事といい、国境での事といい、姫君を少々甘く見過ぎていたようですね」
本来であれば北方で罠にかかり足止めされているか、既に死んでいる手はずだった少女は、あろうことか国境で我々に立ちはだかった。あの女が現れて以来、こちらの計画は
「なるべく早く王都に進軍しませんと、あの姫君が王座に座ってしまうやもしれませんな。そうなれば、少々厄介なことに」
「フッ。そんなことにはならないさ」
テミッドは失笑と共に自信満々に答える。
「この国は少々複雑でな。
「……それならば、よろしいのですが」
不服そうなジバのことは脇に置き、テミッドはもう一つの懸案を思い出して、今度は大きなため息をつく。
「それにしても、例の国境にいた部隊はまだ見つからんのか?」
「はい。街の者の話では遠征軍以降、大部隊が国境に向かったことは無いようで」
「それが本当であれば、我々はわずか数百の軍勢に踊らされていたと言うことか」
ゴンドとの国境には、形式的に最低限の警備隊のみが配置されていただけだ。損害は無かったものの、二百に満たない軍勢に五千で攻めて手玉に取られるとは、怒りなど通り越して呆れるしか無かった。
「その件に付きましては、暫しお時間を」
「構わん。折角だ、兵たちにも良い休息になろう」
「はい。ですが、この街には予想以上に商売女が多い様で士気の乱れが気になりますな」
遠征軍の出立に際して見た光景ではあったが、まさか未だにこの街に留まっていようとは思っていなかったテミッドは、それっきり黙り込んでしまった。
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「私めはこれにて失礼を」
そう言って部屋から退室したジバに、黒衣の者たちが付き従う。
「存外、頑張ってくれるものですね。期待以上です」
「はい。これで王子の軍は西都に留まざるを得ません」
「計画の方も予定通り進んでおります」
部下からの報告に満足しつつ、ジバは多少苛立った声色で質問を変える。
「で、国境にいた部隊の足取りは掴めましたか?」
「い、いえ、それが……」
「言い訳は不要です」
ジバは答えを許さず男の首を片手で締め上げた。眼球が真っ赤に腫れ上がり、口から泡を噴き出しながら藻掻き苦しむ部下に冷たい視線が注がれる。
「……貴方も私を舐めているのですか?」
必死に首を左右に振り、泡を撒き散らしながら訴え続けた男だったが、だらんと手足の力が失われるのと同時に地面に放り出された。
「あれだけ小馬鹿にされて、生かしておく筈がありません。……早く見つけ出しなさい」
冷淡な口調で発せられた命令に周囲の黒衣達はサッと姿を消したのだった。
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