第55話:来由
ラウから王女を追えと言われ部屋を出た。アリサの居場所は、彼が教えてくれた。
石の階段を登り、城壁の上へと出ると、松明の明かりに薄っすらと浮かぶ少女の姿があった。
「……アリサ」
「来ないで」
彼女に拒絶された瞬間、全身に重しを載せられたような物凄い
やっとの思いで顔を上げて彼女の方を見れば、肩口にいる聖霊がこちらに視線を向けていた。
聖霊に耐性が無い者が彼女に近づくとどうなるのか、今、身を持って教えられる。
息がつまり、上手く呼吸が出来ずに額からは大量の汗が
「――ダメ!! 止めて!」
こちらのうめき声を聞いて我に返ったアリサが
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目を開けると、見覚えのある白い天井に電灯が付いている。
「……ここは、
いつの間にか眠ってしまっていたようで、付けっぱなしの電灯がやけに
「……変な夢だったな」
起き上がって額から
眠気覚ましとばかりに頭を振った時、一枚の写真が視界に入り、疲労感が増した気がした。
その写真は、自分が高校に入学した日の写真。
校舎の前に立つ自分と両脇に立つ男女。だが、自分以外の顔は認識出来ない。黒いマジックペンで顔が塗りつぶされているからだ。
「なんで、この写真がこんな所に……」
見るのも嫌で、確か教科書の束と一緒に部屋の脇に追いやっていたはずだが。
いずれにしても、顔にまとわりついた汗と晴れない頭を目覚めさせるため顔を洗いに行こうと部屋から出ようとした時だ。
誰かに呼ばれた気がして振り向くが誰も居ない。
何かおかしいと感じながら部屋の扉を開けると、そこはもう学生寮ではなかった。
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「なんで……」
扉を出た先は、中学までを過ごした家だった。
そこには、あまり良い思い出が無い。
「あんな子、どうしてウチが引き取らなくちゃいけないのよ!?」
「仕方ないだろう。世間体もあるんだから……」
目の前で口論をしていたのは、この家の夫婦。自分の遠い親戚にあたる人間たちだ。口論している隣の部屋の隅を見て、幼い子供が足を抱えて必死に耳を押さえている姿に胸が締め付けられる。
自分の幼い頃に両親は事故で死んだ。そう聞いている。物心が付く前の出来事で、自分には両親の記憶が無い。
元々、身寄りの少ない親だったようで、遠い親戚の家をタライ回しにされ、行き着いた先がこの家だった。
歓迎されていないのは幼心ながら感じる事が出来たし、自分が来てからと言うもの家の中では口論が絶えなかった。
そんな家で、自分は出来るだけ目立つ事が無いように、大人たちの言動を必死に観察して出来るだけ望まれた結果になるように立ち振舞ってきた。
それが、幼い自分の
高校も全寮制の学校を選んで進学した。入学式で、やっと厄介払いが出来ると満面な笑みを浮べて写真に写った男女の顔を、マジックで塗りつぶした。
久々に嫌な記憶が
そして、この家を出ようと扉を開けた先に、一人の人物が立っていた。
「……そろそろ、出て来る頃かと思ったよ」
目の前に現れたのは、この
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目の前の少女は、こちらを覗き込むように見ると、心配そうな口調で問いかけてきた。
「大丈夫? 随分、無理してるみたいだよ?」
「……夢の中まで、俺を心配しなくていいんだ。ステラ」
「そんな顔して言われてもねぇ」
苦笑しながら数歩下がったステラを見て、やり取りのあまりのリアルさに言葉を失う。
「……どうなってるんだ? これは夢なんだろ?」
「そう。でも、聖霊の力が干渉した特別な夢、かな」
この世界に残った残留思念のようなものを束ねられて形作られたのだと、彼女は言った。
「いつまでも、あなたが私に
「……当然だ。ダンから君を託された。それなのに、俺は、君を守れなかった。……全部、無力な俺のせいだ」
後悔を口にする自分を悲しそうに見つめ、彼女は寂しそうに答えた。
「……でも、それは、私の願ったことじゃ無い」
ステラにそう返されて、思わず言葉を詰まらせる。
「私は、あなたにこの世界でもっと自由に生きて欲しかっただけ。あなたが力を欲している理由は別のはず」
自分を言い訳に使うなとハッキリ彼女から否定されて、改めて自分の心の内と向き合うと、そこに、もう一人の少女の顔が思い浮かぶ。
強情なわりに泣き虫で、優しさから他人に頼る事が出来ない、不器用な少女の姿が。
「今のあなたは、周りも自分自身さえ見えていない。もっと寄り添ってあげて」
ステラに
「呼ばれてるのか? 悪い。もう行かないと」
「うん。分かってる」
「……格好悪いよなぁ、俺は。いつまでも、君に心配かけさせて」
「本当だよ。さぁ、早く戻ってあげて!」
依然と変わらない笑顔で送り出してくれるステラに、救われた気がした。
彼女に助けられるのは、何度目なんだろうか。
その顔は、涙で
※※※※※※※※※※
「……やっと行った。本当にしょうがないなぁ」
消えてゆく
もう無いはずの心が締め付けられるような、そんな痛みを感じて。
「託したんだから、もっとしっかりしてよね……」
彼が最後に思い浮かべたであろう人物に向けて、多少の嫌みを込めて文句を口にする。
彼女がしっかりしていれば、彼がここに来ることは、もう無いはずだから。
「……じゃぁね。ヒサヤ」
それを最後に、彼女の姿はこの世界から消えて行った。
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