第50話:裏切者
国境の城塞に迫る一団は、エルドの遠征軍のようだった。いや、表面上は。と、付けておくのが正しい。
遠征軍は、その数を大きく減らし、約五千の軍勢がやっとの思いでこの国境に
だが、彼らからは明らかな違和感を感じてしまう。
「やはり、あれは遠征軍で間違いない」
「そうね、剣の軍旗はテミッド兄様のもの。何処かおかしいところでもあるの?」
守備隊の隊長とアリサ、二人とも特に疑問に思っていないのか、こちらに質問を投げかけてくる。
「軍を撤退させる時、アリサはどんな順にする?」
「どんなって、私なら……」
考える込んだアリサだったが、次の瞬間、ハッと気付いたように顔を上げる。
「私なら、王を優先する。であれば、ここに始めに現れるのは、王の軍勢」
そう。軍を撤退させる優先順位は身分の序列が大きく関わってくる。まして、君主ともなれば最優先で安全を確保しなければならない。
だが、見えてきたのは王子の軍勢。後続がいるならば
「だが、何かの理由があって、王子殿下だけ戻ってきたということも……」
「王を置いて? なら、あんな軍勢は不要なはずです」
隊長は反論することが出来ずに黙り込む。その姿を見て、アリサは彼をフォローするように言う。
「不自然だということは分かりました。ですが、敵と決まったわけではありません。まずは、様子を見ましょう」
問題の一団は、すぐ目の前まで迫っていた。
■■■■■■■■■■
城門から数百メートルの距離で軍勢は停止すると、一人の騎士が門の前へと馬で駆け出して来た。
「開門せよ! 我々は、テミッド様配下の者である! 今すぐに門を開けよ!」
大声で叫ぶ騎士を前に、城門の上でその様子を見守っていると、不安そうな声で守備隊の隊長が話しかけてくる。
「……返答はどういたしましょう?」
この状況を作った彼は、やることがあると言って、さっさと下へ降りて行ってしまった。どの道、ここで判断を下せるのは私しか居ない。
「出方を見ましょう。私が答えます。下の見張り台へ」
※※※※※※※※※※
「返答はまだか? 無礼者共が!!」
「お待たせして申し訳ありません」
城門の横に少し突き出したバルコニーのような作りの見張り台から答えると、騎士は驚いた顔を浮かべる。
「お、王女殿下!? な、何故このような所に」
「遠征の任、ご苦労様です。あなた達こそ、なぜこちらに?」
「わ、我々は、ゴンドの敗戦を知り、我が国を守るため、
「王を置いてですか?」
「そ、それは……」
「役立たずめが」
後ろに現れた人物により、騎士は首を
その光景に息を呑み、騎士の後ろに現れた人物に目を移すと、再びの驚きで呼吸を忘れてしまう。
「……久しいな、アリサよ」
「テ、テミッド兄様!?」
王都で死んだと聞かされていた兄の姿が、目の前に現れる。だが、その姿を見て、安堵よりも不安の方が大きくなる。
「アリサ、城門を開けてくれないか?」
「お兄様! なぜこちらに。王は? お父様はどうされたのですか?」
「……王? ああ、アレのことか」
そう行って、兄が招き寄せた兵士の掲げた槍の先を見て、
「そ、そんな! お、お父様あぁぁ!!」
「そう
兵士の槍の先には、王の首が
「お、お兄様! ご、ご自分のなさっていることが、分かっておられるのですかぁ!?」
「無論だ。
こちらの叫びに、苛立ちと怒りを込めた声で兄は反論してきた。その言葉に、
「……なぁ、アリサよ。今の我が国に、帝国に対する力があると思うのか? ゴンドのように軍事に
「だから、裏切るのですか? この国を……」
「裏切るのではない。生まれ変わらせるのだ! 帝国の力を得て、我が国は強国へと生まれ変わる。そのためには、帝国軍に、この国を侵略させてはならない」
だから、自らでやろうと言うのか。帝国の
「父上には、ご理解頂けなかった。やむを得ず強行な手段を取ったが、出来れば、お前に同じ道を選んで欲しくはない」
私を気遣っているつもりなのか? それとも、
「……何を。勝手な事を言わないで! 私は、絶対に賛同など出来ない」
「そうか、残念だ」
兄が、その場から離れようとした時だった。
「「「おー!!」」」
国境の城壁から、無数の声があがる。どこからとものなく、
その声を聞いて、兄は一瞬、考え込んだ仕草をしたかと思うと、
「三日だ。三日間、猶予をやる。それまでに、心を決めておけ」
そう言い残して、兄は城門から離れて行く。
その姿を最後まで見届けることは出来ず、私は意識を失って、国境守備隊に城塞内へと担ぎ込まれるのだった。
■■■■■■■■■■
エルド側の城門の付近には、残っていたゴンドの難民たちが集まっていた。そこに大声で指示を出す。
「いいですか? 思いっきり叫んで下さい! せーの!」
「「「おー!!」」」
集まった一団は、掛け声とともに大声を上げる。その姿を呆れたようにラウとヒルは見つめていた。
「まさか、気でも狂ったのか。あいつ?」
「……こればっかりは、俺にも分からん。これで侵略を止められるのかねぇ?」
「あの
「それなりに苦労したんだぞ? 王都で軍旗を集めんのも……」
王都に入って直ぐに、掲げられていた軍旗を貸して欲しいと頼み込んでまわったヒルだが、王女のためと言うと、意外に多くの人達が協力してくれた。大きさが
「軍旗も、ここで声を出してる連中も、意外に多く集まったもんだが、あの王女様の人徳かねぇ」
「……知らん」
何かを言い合う二人を尻目に、難民たちを先導して、大声をあげ続ける。
「王女様を助けるためです! もう一度! せーのー!!」
「「「おー!!」」」
□□□□□□□□□□
城門の前から引き上げて来ると、出迎えてきた者達の中に目的の人物を見つけ、馬から降りながら嫌味の一つでも言ってやりたくなった。
「フン。存外、お前の読みも当てにならんな」
「面目次第もございません」
「まあ、良い。私も
黒いローブの男は、恐縮しているようだったが腹の中は分からない。
「このまま、攻め込んでしまっても?」
「……いや」
男の提案を否定するが、
「守備兵の数は、それ程でもないはずです」
「あの
「見え見えの策です。ハッタリでしょう。事前に国内に入った者からは、精々数百程度と」
「別の情報では西への物流量が増えているそうではないか? それなりの軍勢が居ても不思議ではない。まぁ、そんなに急ぐ必要もあるまいよ」
こちらの言い分に若干の不満があるのか、男は少し声色を変えて質問をしてくる。
「猶予をお与えになる?」
「攻城兵器は足が遅い。後続が来るのを待つだけだ」
「お考えがあってのことなら良いのです」
「それにしても、
嫌味のつもりで言ったのだが、黒いローブの男は、笑い声をあげ始める。
「まったく。このジバ、久々に楽しくなって参りました」
「……足を
ギラついた目をする男を不気味に感じながら、その場を後にする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます