第49話:現れたもの

 難民達の前に現れた少女が、この国の王女だと、初めは誰も信じなかった。

 だが、彼女の指示で商隊が動き、救援物資が配られ始めると、目の前の少女が本物だと誰もが知ることになった。


 そんな中、補給部隊の隊長が、慌てた様子で炊き出しを配っている一団に飛び込んで行く。


「アリサ様!? こんな事は、我々にお任せ下さい。大切な御身に、もしもの事があったら……」

「大丈夫! 私がしたいことなんだから」

「ですが……」


 王女はその身分にも関わらず、自ら難民達への支援を率先して行っていた。彼女の気さくな人柄と、対等に人々と接する姿に、ゴンドの民からは聖女様などと呼ばれ始めている。


 商人達の誘導や当面の物資を得た事で、人々は段々と東へと進み始め、ゴンドからの難民を受け入れ始めて三日。ようやくゴンド側に固まっていた人々はエルド側へと移ったものの、未だに難民の数は増え続けていた。


 そんな様子を城塞の上から眺めつつ、ゴンド側のの国境付近を遠目で確認しながら、かすかな変化を感じる。


「……そろそろか」

「何がだ?」


 こちらの独り言に反応したラウは、少し不機嫌そうにしながら立っていた。


「こっちの話だ」

「それにしても、全く理解に苦しむ。貴重な兵糧を難民どもにくれてやるなど……」

「あっても使わなければ、無いのと一緒だ。それに、これはだ」

「民草を助ける事には異論は無い。しかし、それは我が国の民を優先するべきだ!」


 意外にも人を助ける点では理解を示すラウ。貴族出身で、周りを見下す言動があるが、話していると、案外悪いやつではないのが分かる。


「ここの兵糧を減らしておくのは、この国の為なんだが……」

「どういうことだ?」


 いぶかしげにこちらを見るラウには答えずに、こちらからも質問を返す。


「それはそうと、例の件は順調か?」

「ああ、準備は出来ているぞ」


 まるで悪戯の相談でもするように、不敵な笑みを浮かべて来るラウ。


「あんなもの、どうしたのだ?」

「あぁ、王都中から集めて来たんだ」

「王女のやつ、慌てふためくだろうな」


 残念ながら、アレはアリサへの嫌がらせでは無いのだが、ラウには黙っておくことにする。


「それにしても、貴様。肩にちじこまっているそれは何だ?」


 聖霊を指差して、ラウが尋ねて来る。


「……何かの動物の子供だ。拾ったんだ」


 アリサからククリを預かってから、聖霊こいつはずっと自分につきっきりだ。ただ、王女以外で聖霊に触れられる者がいるとは誰も思わず、こうした反応をされる事が多い。


 実際、肩で丸まっている状態で、自分の近くにいる程度なら、周りの人間にほぼ影響は無い。アリサの時とは、明らかに影響に差がある。


「まぁ、良い。それで、いつ始めるのだ?」


 ラウも気付いていないのか、深く突っ込まれることもなく、嫌がらせと信じている作戦の決行時期を尋ねてくる。まるで、待ちきれない子供のようだ。


「……今夜、決行する。明日では遅い」

「明日、何かあるのか?」

「……こっちの話だ」


 話を強引に切り上げて、不満そうなラウを一人残し、その場を後にする。


 あくまでも予想の域であったが、嫌な予感は確かに自分の中に存在していた。


■■■■■■■■■■


 翌朝、国境の城塞には無数ののぼりがはためいていた。大小様々なのぼりには、全て黒い羽の旗印が描かれている。


 つまり、私の軍の軍旗が無数にかかげられていた。


「……どういうことなの?」

「派手にやったなぁ。あいつ」


 隣にいた冒険者が、犯人の正体を告げてくる。周りに集まった人々も、呆れている様子だ。


 まったく、悪戯にしても悪質だ。軍旗は、その軍の象徴。決して軽んじて良いものでは無い。それに、軍旗の数は部隊の規模に比例する。こんなに多くの軍旗を掲げては。


 そう考えていた時、突如、城塞の上から低い音程の角笛が大きな音を出し始める。


「……これも、悪戯なの?」

「いえ、違います!!」


 一緒にいた国境守備隊の隊長が、真剣な眼差しでこちらを見る。


「ゴンド側の国境で、何かあった様です!」

「――!? 直ぐに城壁へ」


 石段を駆け上がった先に、黒髪の青年は立っていた。彼は、こちらを見ようともせずに遠くを見つめている。


 まさか、あの角笛も彼によるものなのだろうか?


 それであれば、悪戯では済まない。少し語気を強めて彼に詰め寄る。


「あなたねぇ、一体何を……」

「見てみろ」


 そう言われ、ゴンド側の国境の方を見てみると、明らかに難民たちとは異なる集団がそこに現れていた。


 綺麗な正方形の形に整列した集団の進む姿は、明らかに軍隊の進軍そのものだった。


「――帝国軍!?」

「違う」

「え?」


 遂に帝国の侵略軍が、国境に迫って来たと思ったのだが、彼は私の言葉を否定した。


 そして、改めてその集団に目を向けた時


「あ、あれは、友軍です。まさか遠征軍?」


 どこかから聞こえた声に、目を凝らして見ると、確かに集団の中に我が国の国旗がはためいている。


「良かった。無事だったのね」


 安堵する私達の横で、一人、険しい顔をする彼が、私に静かに告げてくる。


「……すぐに城門を閉じよう」

「何故? 友軍を迎え入れてあげないと……」

「十日以上も行方が分からず、補給すら受けていなかった軍が、あんなに整然せいぜんとしていられる?」

「それは……」


 確かに彼の言うことは分かる。だが、ゴンド側から補給を受けた可能性だってある。


「……ゴンドは自国の国民にすら、十分な供給が出来ていない。向こうで補給が出来た可能性は低い」

「あなた、何が言いたいの」


 直接的な言い方を避けて、遠回しに伝えてくる彼に少し腹が立ち、ついつい口調が強くなってしまう。

 すると、彼は決心したように私に顔を向けてきた。


「あれは、だ」


 一瞬、何を言われたのか分からずに呆然ぼうぜんとしてしまうが、ふと、これも悪戯の一部ではないかと思い、もうだまされないぞと少し微笑みながら、彼に文句の一つでも言ってやろうと決心して反論を口にする。


「あなた、何を言っているの? 冗談はやめ……」

「アリサ!!」


 突然、大声で怒鳴られて、思わず肩を揺らし、一歩後退ってしまう。私を見つめてくる彼の目は、真剣そのものだった。


「間違いならいいんだ。だが、それは彼らを近くで確認してからでも遅くない」

「貴様! 先程から聞いていれば、巫山戯ふざけたことを」


 私の後ろで一部始終を聞いていた隊長が、怒鳴り声を上げて彼に向かっていこうとするのを、片手を少し上げて制止する。


「王女殿下!?」

「……城門を、一旦閉じましょう。彼の言う通り、確認してからでも遅くはない」

「ですが、もし王や王子殿下がいらっしゃれば」


 国境守備隊の者達は、不敬罪にされてしまうかも知れない。そんな心配が彼らの中にあるのが、見ていて分かる。


「私が何とかします。どうか、お願いします」


 王女わたしに頭を下げられ、どうしたら良いものかとおどおどしていた隊長だったが根負けしたように大きなため息をついた。


「……分かりました。――門を閉じよ!!」

「――閉門!! 門の下にいる者達を下げさせろ」


 大きな城門が再び轟音と共に閉じ始める。


 そうしている間にも遠くに見えていた軍団は、徐々にその姿を露わにしてくるのだった。

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