第45話:西の国境

「どうでした? 街の様子は」

「目論み通り、ゴンドからの品がだいぶ流れて来てるらしい。商人の話じゃ、こんなに忙しいのは初めてだそうだ」


 昨晩、街の情報収集をお願いしていたヒルに、国境へ向かう準備の中、街の様子を尋ねた。

 戦火を逃れた人たちの必需品が不足すれば、工芸品や貴重品を流さざるを得ない。そうなれば、必然と同盟国であるこの国に、そういった品が流れやすくなって来る。


「それに、なんだ、その……」

「娼婦の人たち。ですか?」

「お前!? まさか!」

「ち、違いますよ! ただ、大規模な遠征軍が西に向かいましたから、当然、そう言う人たちも商売時だろうと……」


 本当か? と、ジト目を向けてくるヒル。


「まぁ、男には必要な時もあるからなぁ……」

「だから、違いますって!」


 軍隊は、その性質上、どうしても男の比率が高くなる。まして、戦いの直前に高ぶっている者達や、死ぬかも知れないと覚悟を持った者達は、そういったものを求める傾向にあるらしい。需要があれば、そこに供給が生まれる。


「現に、昨日この街に着いて周りの兵士が向かったのは、そういったところでしょうから」


 少し耳をすませば、昨日の女はどうだっただの、あの娼館はどうだのと言う声が、あちこちから聞こえてくる。


 まぁ、そんなもんだろう。と、ヒルはひとまず間を開けると、本題とばかりにこちらに身を乗り出して来た。


「で、そっちはどうだったんだ?」

「……大丈夫、な、はずです。……多分」

「本当か? それにしちゃ、相変わらずよそよそしいじゃねぇか。王女様は」


 見れば、アリサは相変わらずこちらに顔を向けようとはしていない。

 だが、昨日までの意にも介さないような動きは違い、明らかにこちらを意識して、あえて目線を外しているような不自然さが見て取れた。


 そんな彼女の姿を見て、ヒルはニヤッと笑い、自分の肩を力強く引っぱたいて来たのだった。


「出発するぞ! グズグズするな!」


 リーダー格の兵士が大声を上げ、一行は国境へと向かって進み始めるのだった。


※※※※※※※※※※


 街を出てしばらくすると、ヒルがこれまで不自然に感じていたことを話し始めた。


「それにしても、あの王女様の扱いひどくねぇか?  一国の王女が、地方都市に来てんだぞ? それを、あんなショボい宿に滞在させねぇだろ、普通」

「あの王子が、自分の政敵になり得る相手アリサに、そんな扱いしませんよ。下手をすれば、反乱を起こされかねませんから」


 あの王子は、自分の支配力が及ぶのが王都だけだと知っているのだ。案外、冷静にものを見ているのかも知れない。


「どこまでも自分が大事ってか」

「それでも、今は、この方が都合が良いんです……」

「なんだ? 都合が良いって?」


 ヒルが訝しげにこちらを見てきた時だった。


「見えてきたぞ! 国境拠点だ!」


 兵士の一人が叫んだ先をみると、切り立った山々の麓に、まるでダムのような石の壁が見えてきた。


※※※※※※※※※※


「よ、よくぞ、おいでくださいました! アリサ王女!」


 拠点に着くと、ド緊張と言った感じで拠点隊長がアリサを出迎えた。


「隊長、お忙しいところ、ありがとうございます」

「い、いえ! お、お部屋の方に、ご、ご案内致します!」


 声が裏返り、進む手足が左右同時に出そうな隊長に不安を感じるが、王族と接したことのない人間、アリサの人柄を知らない人々からすれば、雲上人うんじょうびとの登場だろう。無理もないのかも知れない。


「お、お連れの方々もどうぞ」


 そう言われて、皆が着いていくのかと思うと、


「確かに送り届けたぞ。では、我々はこれにて」


 ここまで着いてきた、貴族派の私兵や憲兵の一行はきびすを返して、ぞろぞろと引き返して行く。


「ハァ? あ、アイツら! どこ行くんだ?」


 ヒルは驚いた様子だったが、彼らのこれまでの落ち着きぶりを見れば、彼らが死地に向かうつもりなど毛頭ないことは予想できた。


 彼らは分かっているのだ。アリサをここまで連れてきてしまえば、彼女に監視など必要ないことを。彼女の立場と責任感からすれば、逃げるなどという選択肢を取るはずがないことを。


 そんな中に、一人だけこちらを向いたままの青年がいた。


「……監視役を置いておく」


 リーダー格の兵士が青年の肩に手を乗せ、後を頼むと告げると、心酔しきった眼差しで直立する。


「お任せ下さい!」


 大声で答えた青年は、鋭い眼差しでこちらを直視すると、颯爽と歩み寄ってきた。


「貴様らが、田舎者の荷物持ちか?」

「誰が、荷物持ちだって?」


 ヒルが突っかかるが、そんな事など気にも止めずに青年兵士は話を続ける。


「私の荷物を士官室に運べ。分隊の猿ども」

「コイツ!?」


 威張り散らす青年に我慢ならないヒルは、彼に殴りかかろうとするが、後ろから羽交い締めにしてそれを止めた。


「なんで止めんだよ?」

「ここで争っても、良いことなんてないからですよ!!」


 そんなこちらのやり取りを興味無さげに見ていた青年兵士は、フンッと鼻で笑い、見下したように一瞥するとアリサたちの後を追って歩いて行った。


 そして、リーダー格の兵士は自分の馬に跨がるり、青年が声の聞こえないところまで離れたのを確認すると、こちらに吐き捨てるように言った。


「お前たちも、ここと心中したくなければ、さっさと逃げ出すことだ。鹿と、一緒になりたくないならな」


 青年の背中を見ながらそう言い残し、兵士たちは拠点を後にしていった。


■■■■■■■■■■


「こちらの部屋をお使い下さい。狭苦しいところで申し訳ございませんが……」


 案内されたのは、この拠点の貴賓室だった。豪華な内装の部屋は、王都の自室よりもきらびやかで居心地が悪い。


 国境に接した拠点では、重要な式典が行われる場合もあり、こうした部屋が設けられている。外交の場で、この部屋は我が国を象徴する場所であり、力を誇示する為に、あえて豪華絢爛に見せる必要がある。


「いえ、お気になさらず。それより、こちらの状況をお聞かせくださいませんか?」


 普段の自軍での振る舞いは鳴りを潜め、よそよそしい態度になってしまうのは警戒心からだ。

 目の前の相手が、味方であるとは限らない。


「遠征軍をお見送りしたのは十日以上前です。その直後にゴンドが敗れたと早馬が来まして……」


 つまり、彼の読み通り、遠征軍は先の敗戦には巻き込まれて居ない。では、未だに姿を見せない二万の軍勢は何処に行ってしまったのか。


「遠征軍からの連絡は?」

「ありません。こちらも伝令の部隊をいくつか出したのですが……」


 曇った表情を浮かべる隊長の様子から、部隊は誰も帰って来なかったのだろう。


「王や兄とはお会いに?」

「い、いいえ! 恐れ多いことです! ですが、王子の使者と名乗る方がいらっしゃいまして……」

「使者?」

「はい。その件で、我々も困っておりまして……」


 こちらに話して良いものかと、逡巡しゅんじゅんする隊長。だが、余程困っているのか、しきりと目線を向けてきた。


「その者はなんと?」

「は、はい。その、ゴンドの民が無闇に国境を越えぬようにと……」

「それって」


 その言葉を聞いて、嫌な予感がした。


「反対の、ゴンド側の国境の様子は見れますか?」

「……はい。ご案内致します」


 隊長に先導されて、私は高い城壁の上へと向かった。

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