第44話:廟算

※※※※※※※※※※


「どうしたのですか。殺す気で来て頂いて構いませんが」

「じょ、冗談じゃね! 化け物が!」


 白い少女は、スラムの闘技場に立っていた。


「そうですか。私も殺すなと言われていますので、意識を刈り取る程度にしておきます」


 そう言い、白い少女は自身の倍は体格差のある男のこめかみに向けて、強烈なハイキックをお見舞いする。物凄い衝撃音と共に、白目を向いた大柄の男はその場に崩れ落ちていった。


「勝者、セナ嬢! 突如現れた新星! その正体は女神か、死神かぁぁぁ!」


 実況の男が興奮しながらまくし立てると、会場内の観客の熱狂は更に高まっていった。


「何やってんだ!! 早く殺せ!」

「あのきれいな顔が、苦痛でゆがんでるとこが見てぇんだ!」

「脱がせ! 犯せ!!」


 聞くに堪えない罵詈雑言ばりぞうごんを受けても、彼女は無表情でそれらを聞き流している。そんな彼女の態度に、会場は一層熱を帯びていく。


 彼女は何故、こんなところに立っているのか。


 王都で有能な人材、集団を見つけ出す。


 そんな曖昧な目的のなか、冒険者達が目を付けたのが、裏社会の住人達がしのぎをけずる裏闘技場だった。


 ここには、裏社会のありとあらゆる情報や人脈が集ってくる。


らちが明きません。一番強い人を出して下さい」

「気が早いですね。物事には順序ってものがあるんですよ? 命知らずのお嬢さん。では、次の試合……」

「いいじゃないか」


 進行役の男をさえぎって、真っ白なコートを羽織った、いかにも偉そうな男が立ち上がる。


「彼女の実力は見ての通りだ。並の相手では、彼女も観客も満足しない」

「しかし、元締め……」


 その言葉を聞いた観客も、立ち上がった男に便乗する。


「主催者が言ってんだ!」

「そうだ! 早くアイツを出せ!」

「「「殺せ! 殺せ!」」」


 深いため息をついた進行役の男は、セナの方を向く。


「……悪く思うなよ、お前が言い出したんだ」


 そして、高らかに宣言した。


「それでは皆様! お待ちかね! 殺人キリングマシンの登場です!!」 


※※※※※※※※※※


「つまり、この国の中枢部ちゅうすうぶまで真っ黒と……」

「……うん」


 ひとまず泣き止んだアリサと、切り株に背中合わせに座って、お互いの持っている情報の交換を始めた。


 顔を見られるのを嫌がった彼女と話しを進めるための妥協案だったのだが、意外に小さい切り株と、膝を抱え込んで背中を預けてくるアリサによって、ピッタリと密着した背中からは彼女の体温が伝わってくる。彼女を抱きしめておいて今更だが、なんとも気恥ずかしい状況だった。


「この国の西側って、どのくらいなんだ?」

「……多分、峡谷を境にした西側だと思う」

「……おかしくないか? その西側には、王都が入ってるんだろ?」

「ブルーム卿の領地は、峡谷の東にあるから……」


 つまり、貴族派筆頭の男の頭には、王都の防衛など初めから想定に無いのかも知れない。それ以上に、戦乱のどさくさに紛れて、王都で無能な王子を葬り、東側の自分の領地で、彼はこの国の実権を握ろうとしているのかも知れない。


「今、このエルドには、どのくらいの戦力があるんだ?」

「システィルにいる私の軍勢が五千、それにバラクとの国境に三千。ただ、ここまで来るのに十日以上は掛かるはずだから……」


 十日はすぐに移動を始めた場合だろう。大軍の移動にはそれなりの準備が必要だ。つまり、国の東側にいる兵力は、現状では当てに出来ないと言うことだ。


「国の西側にいる兵力は、北にいる二千か……」

「……元々、国の西側は私の管轄かんかつではないから……。テミッド兄様の兵力は、ほとんどが遠征軍に加わっているし、お父様の近衛隊も居ない。残っているのは、各都市守備隊と国境守備隊、ノルド兄様の憲兵隊、それに貴族や神殿につかえている私兵達くらい、かな……」

「加えて、今の君主は、あのお飾りか……」


 何気なく漏れた言葉だったが、アリサの背がビクッと動いたのが伝わり、自分の失敗に気付く。


「……すまない」


 我が身可愛さに妹を平気で死地に送るような愚かな人間とは言え、アリサの兄だ。身内への批判を、己の事のように感じてしまうのが彼女だ。


「……いいの。私も直接会って、分かってるつもりだから」


 王も、兵も、政治も、そのどれに置いても、この国が侵略者相手に勝てる見込みはないと言っている。


「アリサ、言いにくいんだが」

「このままでは、この国は勝てないって?」


 こちらの言おうとしたことを、アリサが先に口にする。

 思えば、彼女が一番この国の事をうれいているのだ、こちらがあえて指摘しなくとも、とっくに結論を出していたのだろう。


「このまま国境で命を散らしても、結局は無駄になってしまうのかも知れない。それは分かってる。でも……」


 どうすることも出来ないが、逃げ出すわけにも行かないか。


 彼女の責任感の強さを言えば、何を思っているのかくらいの予想はつく。

 だが、彼女はまだ知らない。様々なことが裏で動き始めていることを。


「もう一つ、君に謝っておくことがある」

「いまさら、いったい何を謝ってくれるの?」


 自分は、そっと切り株から立ち上がる。


「やっぱり、何か企んでる。それが、あの積荷の正体?」

「……それだけじゃない」


 ふと、彼女の方に目線を向けると、こちらに向かって顔を上げた彼女と、ちょうど目が合った。その瞬間、お互い咄嗟に顔を背けて、しばしの沈黙が訪れる。


「……今日は、これくらいにしない? 明日には、国境なんだし」

「……ああ、そうだな」


 話しておきたい事はまだあるが、お互いに変な気を使ってしまって、これ以上、集中出来ない気がする。ここは一旦、お互いに仕切り直したほうが良いだろう。


「……おやすみなさい」

「アリサ」


 部屋に向かおうとする彼女を呼び止める。


「全てを納得してもらおうとは思わない。ただ、君を助けたいという言葉に嘘はないから」


 一旦、立ち止まった彼女は、振り向きもせずに、再び歩きだしたが、数歩進んで一瞬、こちらに振り返る。


「……信じてる」


 そう言い残して、宿の中に入っていった。


■■■■■■■■■■


 あてがわれた部屋に入るなり、私はドアにもたれかかって、そのままズルズルと座り込んだ。


 また、やってしまった……


 火が出るほど熱い顔を押さえながら、酷い自己嫌悪に陥る。彼の前にいると、自分が上手く制御コントロール出来ない。

 彼の前で泣いてしまったのは、これで三度目。しかも、今回はなかば八つ当たりに近い。


 それでも、彼は受け入れてくれた。

 私を助けると言ってくれた。


 その言葉だけで、これからの苦境にも立ち向かっていける気がした。


 確かに、彼のやろうとしていることの全てを、私が受け入れられるとは限らない。


 でも、それでも私は、彼を信じてみたい。


 上手く眠れるか不安なほど高鳴る胸を押さえながら、私はベッドへと潜り込んだ。

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