第42話:すれ違い

※※※※※※※※※※


 ある冒険者の女は、王都の商店にいた。


「……確かに上物だ。コイツをどこで?」


 紫色に光る魔石を眺めながら、店主の男は興味津々に尋ねてきた。


「なんでも、オエスの街に大量の品が出回ってるって話よ。ゴンドからの流れ物って」

「まぁ、あそこは西との交易拠点ではあるが……」

「先、越されちゃうかもよ?」

「……」


 魔石を返し、謝礼を渡そうとする店主から、お礼を断る女冒険者。


「……いいのか?」

「いいのよ。じゃ、よろしくね!」


 情報をタダで渡してくる相手に、少々の疑念を持ちつつも、商人は遠出の準備の為、いそいそと店の奥へと入っていった。


 店を出て路地裏に入ると、女は大きなため息をついた。そこへ、もう一人の冒険者が顔を見せる。


「どうしたんすか? お疲れッスね?」

「気疲れってやつ? もう三件目ともなると流石にねぇ……」

「俺は、次で十件目ッス! 謝礼もたんまり! ほっくほくッス」

「あんた、偽の情報で謝礼貰ってんの⁉」

「別に、半分は嘘じゃないですし。タダよりも貰っといた方が、信用されるんッスよ?」

「……呆れた」


 王都の商店やギルドで情報を流せ。


 うちの雇い主は、相変わらず何を考えているのか分からない。そう疑問に思いながらも、女冒険者は受けた依頼を遂行すべく行動を続けている。


「帝国が攻めて来るってのに、西に人を流して、どうするつもりなの?」

「さぁ。なんかの考えはあるんでしょうけど、考えても分からない事は、考えるだけ無駄ッスから」

「お気楽ね……」

「さっ、そろそろ続き、続き!」


 そう言うと、冒険者達は、再び王都の街に紛れて行った。


※※※※※※※※※※


 王都を出て二日。小隊規模の一行は、西の国境を目指し進んでいた。今は、補給所のような場所で馬を休ませたり、疲れた馬を交換したりしている最中だ。


 北への道と違い、王の遠征の為にしっかりと整備された道には、各所に整備された補給所や宿場町がある。また、冒険者に大量発注されていた討伐クエストなど、様々な好条件が進軍速度を大幅にあげてくれる。


 ここから、西の都市オエスまで一日。そこから、国境まで更に一日と順調な工程で進んでいく一行。


 だが、順調でないこともあった。


「なぁ、王女様と話せたか?」

「……いえ。なんか、避けられてる感じで」


 王都を出てから、アリサとは一言も言葉を交わしていない。こちらの素性がバレない利点はあるものの、このまま何のコンタクトも取れずに国境に向かうのは避けたいところだった。


「だから、ちゃんと説明しとけって言ったじゃねぇか」

「それは、……まぁ」


 王都でアリサと再会は出来たものの、本来の目的である今後の方針などについて、彼女と話すことが出来なかった。


 ヒルと二人で途方にくれていると、アリサの護衛兼監視役の憲兵がこちらに近づいて来た。 


「おい、お前ら! 見ない顔だが、どこの隊だ?」

「……北方分隊の者です」

「ハッ! 地方分隊の田舎者か。貴様ら程度なら、確かに荷物運びがお似合いだ!」


 高笑いしながら、憲兵の男は去っていく。王都に詰めている中央憲兵と、各所に派遣されている憲兵は基本的に別組織らしく、特に中央憲兵はエリート意識が高く、地方分隊を見下しているらしい。

 縛りあげられた憲兵の一人からヒルが聞き出した愚痴が、存分に隠れみのの役立っていた。


「いけ好かねぇ連中だ」

「今は、それが助かります。それより……」


 西への街道では、意外に多くの人が、東に向けて大きな荷物を持って歩みを進めていた。


「ああ。流石に西の方じゃ、帝国の侵攻を危惧きぐしている連中が多いんだろ。耳聡みみざとい奴らから、我先に逃げ出してるんだろ」

「彼らは、どこを目指しているんでしょうか?」

「大半は王都だろ。あそこは難攻不落の城塞都市だ。あとは、大峡谷を抜けてシスティル辺りまで行く連中もいるんだろうさ」

「システィル?」

「東の旧王都だ。古い町だが、王女様の領地だろが。知らんのか?」

「……」


 この国の地理以前に、自分は、あの王女様について、あまりに知らないことが多すぎた。そんな、呆然ぼうぜんとした自分の顔を見て、ヒルはあきれた様子だった。


「……全く、仲が良いんだか、悪いんだか。まぁ、身分違いのお前に、どうこう出来る御人おひとじゃないんだろうが……」

「身分?」

「……お前、彼女が自然と接してくれるからって、忘れてんじゃないだろうな? 相手は、一国の王女様だぞ? ただでさえ得体の知れないお前が、側にいれるだけで奇跡みたいなもんだろ」


 そうだ。彼女は誰とでも対等に向き合おうとしてくれる。日本で学生をしていた自分は、それほど意識することなど無かったが、本来、自分は彼女と話すら出来る存在では無いのだろう。


「お前を側に置いとく為に、相当な苦労をしてるはずだぞ? あの王女様は」

「……」


 エマやデルトなど、寛容かんような人物だけでは無いはずだ。騎士の中、いや、兵士の中にすら、自分を受け入れがたい者たちは少なからずいるはずだ。彼女の傘に守られながら、そんな愚痴を、彼女の口から聞いたことなど、一度もない。


―― 彼女を守らなければと思いながら、守られ続けているのは、自分の方ではないのか?


 そんな事実に、今更気付くとは、なんて鈍感なんだろうか。目がいいとはよく言ったものだ。自分の事すらまともに見えていないのに……。


 そんな中、ふと、ある光景が頭の中に思い起こされた。


「……夢の中で、ずっと泣いていた女の子がいたんです」

「夢ん中とは、また、暢気のんきな話だなぁ」

「自分は、アリサにはそうなって欲しくないと思っています」

「……」


 茶化ちゃかす気満々だったヒルも、真剣に語る自分に言葉を引っ込めたようだ。


「そのために、自分の出来ることは何でもやるし、使えるものは、何でも使うつもりです。あなたも含めて……」


 自分が彼女に返せるものなど、たかが知れている。


 そんな言葉を聞いて、ヒルはゆっくりと立ち上がった。流石に怒らせてしまったかと思いながら、目を伏せると、


「まったく、こう言うことは、ガラじゃねぇんだ……」


 そう言うと、ヒルはアリサの方へ近づいて行った。


■■■■■■■■■■


 王都を出てから、私は彼を無視し続けていた。


 彼と言葉を交わしてしまえば、私との関係を疑われて、彼の立場を危うくしてしまうかもしれない心配と、私の気持ちも考えずに勝手に付いて来た彼への怒り、そして、私の覚悟が揺らいでしまう不安……。


 いろんな感情が渦巻いて、私は意固地いこじになっている。


 そんな私に、憲兵の男が近づいてくる。


「あなたは、確か……」

「積み荷の件で話がある。オエスに着いたら、馬車まで来い」


 乱暴な言い草は、周りの人間を警戒してのことだろう。


「……分かりました」


 私の返答など分かっていたかのように、男は無言でその場を離れて行った。


「出発だ! グズグズするな!」


 リーダー格の兵士が出発を告げて、私たちは西の都市オエスに向けて再び進み始めた。

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