第31話:末路

 数百匹は居たと思われる小鬼ゴブリンたちは、突然と姿を消してしまったようだった。物見台ものみだいにいる者や外壁の隙間から外をのぞく者たちは困惑していた。


「あ、諦めたのか……」

「や、やった! やったぞ!」


 村人たちは絶望から開放された喜びに歓声を上げていた。その中に、一人置いてけぼりにされる自分がいる。


 諦める? なぜ、そんな安直あんちょくに考えられるのだろうか。圧倒的に優勢である小鬼あいつらが、こんなに容易い狩場を放り出すだろうか。

 ここより美味しい狩場を見つけたのか、逃げ出すほどの脅威きょういせまっていたのか、あるいはか……。


 隣に居座いすわる老婆も、緊張から解き放たれて、すっかり安心しきった様子だった。


「やれやれ、どうなることかと思っとったが……」

「大婆様! この間に逃げましょう」

「逃げる? なぜじゃ? 小鬼どもが闊歩かっぽする森よりも、この村に留まった方がはるかに安全だと分かったじゃろうに」


 提案した村人も、老婆の意見に返す言葉が無いようだ。確かに今の結果だけ見れば、そう思っても仕方がない。


「だが、大婆様。このまま何度もあんな目にあったら持たないぞ」

「確かにそうじゃ……」

「た、助けを呼びに行けば良いんじゃないか?ノルの街には王国の軍隊が来てるって話だ」

「だ、だが、今、外に出るのは……」


 そんな会話をしている老婆の目が、こちらを見る。そして、不快ふかいな笑みを浮かべながらこちらに近づいてくると、髪の毛を強引に引っ張って顔を上げさせられた。


「……を使うか」

「よ、よそ者なんて信じられるか!」

あわてるでない。コイツを村の外に放り出して様子を見るんじゃ」


 その後の村人の行動は早かった。腕を掴まれて無理やり立ち上がらせられると、村の門へと移動させられた。村の門には無数の焦げ後があったものの、丈夫で重そうな扉はびくともしていなかった。

 

 男数人掛かりで扉が開かれると、勢いよく突き飛ばされて、村の外へと放り出されたのだった。


※※※※※※※※※※


ドォォン!


 背中の方で閉まった門の隙間からは、いくつもの目が覗き込んでいるのが分かる。目の前の土には無数の小鬼ゴブリンの足跡が残されていて、それは森の方に向かって続いていた。


 振り返ることもせず、村の門から道を少し進んでいっても何の変化も起きない。だが、不気味なほど静かな森の中からは、無数の視線がこちらをうかがっているような気配がする。


 やがて、森の入り口というところまで来た時に、ずっと破片をこすりつけていた縄がついに切れて両手が自由になった。それと同時に、自分は一気に森へと駆け込んで行くのだった。


※※※※※※※※※※


「あ、アイツ! 逃げやがったぞ!」

「放っときな。それよりも、何も起きなかったねぇ……」

「ああ。小鬼の奴ら、本当に居なくなったみたいだ」

「……何人か集めな」


 老婆が指示すると、数人の男たちが老婆の前に並んだ。


「助けを呼んできな。いいかい? 死ぬ気で急ぐんだ!」


 老婆がそう言うと、村の門が再び開き始める。


 男たちが重そうな武器を持ち、気合を入れて門の外に出た時だった。


 辺りの森の草木が一斉に揺れ始めたかと思うと、小鬼ゴブリンの群れは再び村に向かって攻撃を再開した。


 驚いて咄嗟とっさに村に戻ろうとした男たちに、次々と矢や投石が襲いかかる。


「な、何をしておる!? は、早く、閉めんか!!」


 村に残った者たちが必死に門を閉めようとしていた時、頭に投石が直撃した男が、ちょうど門の間にはさまるように倒れてしまった。気を失った男を退かそうとするが、あせっていた村人たちは思うように男を動かすことが出来なかった。


 そして、猛然もうぜんと襲いかかってきた小鬼ゴブリンたちは、男の挟まった門の隙間から村へと一斉になだれ込んで行くのだった。


※※※※※※※※※※


 脇目わきめも振らずに森の中を走る。


 毒の影響もあり、全力というわけには行かなかったが、装備を外されていたことが、今は救いに感じる。


 予想通りに小鬼ゴブリンたちは森の中で待ち構えていたようだったが、不意を突つけたようで、運良く攻撃を受けずに済んだ。だが、自分の後ろからは無数の気配が追ってくるのが伝わってくる。


 何度も足を取られそうになりながら、懸命に走っていた時だ。森の中がオレンジ色に明るく照らされているのに気付いて振り返ると、村のあった方向から煙があがっているのが見えた。


 物思いにふけるほどの思い出など有りはしないが、あの村を守る為に失われて来た命たちは、どう思っているのだろうか。


 そうしているうちに、後ろからの追手が迫っているのに気付いて、再び進み始めようとした時だ。


 一歩足を踏み出した瞬間に、ガクッと足元を滑らせて急な斜面を転げ落ちてしまい、木の幹に背中から直撃してしまった。

 肺から全ての空気が吐き出されるような衝撃で、立ち上がることすら出来そうにない。まるで、お前だけ逃してなるものかと、森に怨念おんねんが渦巻いているかのようだった。


 しばらくして、追手がゆっくりとコチラに近づいて来るのが見えた。棍棒や短剣を持った小鬼ゴブリンたちは、動けない獲物をさげすむように笑っている。


 そして、その中の一匹が自分に短剣を突き立てようと、短剣を振り上げた時だ。


 なぜか周りの小鬼ゴブリンたちが一斉に興奮し始めた直後。短剣を突き立てようとしていた小鬼ゴブリンの首が無くなっており、自分の目の前には、真っ白な髪の少女が突然現れていた。

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