第30話:生け贄の村

 意識を取り戻すと、後ろ手にしばられて広場のようなところに転がされていた。革鎧かわよろいや剣を奪われ、どんなにもがいても縛られた縄は外れそうにない。


 そこへ、一人の老婆が近寄って来るのが分かった。


「お若いの、目が覚めたかね?」

「……ここは?」


 聞かなくても薄々と気付いていたことを目の前の老婆に尋ねると、老婆は白々しらじらしく答えはじめた。


「……意外に落ち着いとるのぅ。ここは北の外れの村さ。こんな時期に森なんぞに倒れていて、小鬼どもに喰われてしまうぞ?」

「えぇ、全く……。それで、どうして俺は縛られているんですか?」

わしらは小心者しょうしんものでの……。よそ者を村に入れるのには必要なんじゃ」


 周りには武器を持った村人が立っており、その中の一人は自分から奪った装備を付けていた。初めから、自分をここから生きて返すつもりは無いのだろう。


「時に、お前さんに聞きたいことがあるんじゃが?」

「……何ですか?」

「なぁに、どうやら儂らの大切な貢物みつぎものが無くなっておったようでの……」

「貢物?」

「五つの内、二つは役目を果たしたようじゃが……、お前さん知らんかね?」


 明らかに生け贄の少女たちのことを指している口ぶりの老婆は、こちらの方へ近づいて来るなり、足でこちらの体を蹴倒けたおして服に付いていた長い髪の毛を手に取った。


「そうそう、一人は綺麗な栗色の髪の毛をしとったかのぅ。ちょうど、お前さんの服に付いておったような……」


 それは、肩を貸してくれた少女のものだ。恐らく、悪路を進んでいる際に付いていたのだろう。


 それを見た周りの村人たちは、怒り狂ったように罵声ばせいを上げ始め、辺りの石などをこちらに向けて投げつけて来た。


ぬすめ!」

「殺せぇ! 殺せぇぇ!!」

 

 投げつけられた石の一つがこめかみに当たり血が流れ出すと、村人たちの興奮は一気に高まっていった。しかし、そんな村人を老婆が片手を上げてせいすると、村人たちは大人しく引き下がった。


「なぁ、お前さんよ。盗んだ物を返してくれんかのぅ?」

「……返して、どうするつもりだ?」

「もちろん、再び献上けんじょうさせてもらうのさぁ。今度は逃げられないようにしっかりとふうをしてねぇ…」

「……どうして、平然とそんな事が出来るんだ? 同じ村の子たちじゃないのか?」


 自分から質問の意味が分からないと眉をひそめて首をかしげた老婆は、次の瞬間には笑みを浮かべながら答える。


「お前さんは、に同情するのかね?」


 それを聞いた村人たちも、大声を上げて笑い始める。その醜悪しゅうあくな顔は、小鬼ゴブリンの方が余程よほどマシに思えてしまうものだった。こんな者たちのために、自らを差し出した少女の想いを考えると、怒りが込み上げてくる。


「さて、一頻ひとしきり笑わせてもらったが、お前さんに、もう用はないねぇ……」


 その言葉を聞いて、武器を持った者たちがこちらにジリジリと詰め寄って来た時だった。


「お、大婆おおばば様!」


 一人の村人が、老婆のもとへ駆け寄る。


「なんじゃ、これからと言う時に……」

「小鬼! 小鬼だ! 森から小鬼の大群がぁ!」

「何を馬鹿な……」


 そう言う老婆とは裏腹うらはらに、地響きの音は次第しだいに大きくなって来ていた。


※※※※※※※※※※


 数百は居ようかという小鬼ゴブリンの群れは、村の周囲を完全に取り囲んでいた。一様に興奮したような様子の小鬼たちは、村の外周に向かって一気に攻撃を仕掛け始めた。


 暴走は食い止めたが、小鬼ゴブリンを全滅させた訳ではない。なんを逃れた群れが、孤立した近場の狩場かりばに集ってしまったのかもしれない。


 生け贄は、皮肉にも小鬼ゴブリンたちの呼び水になってしまったようだった。


「大婆様! どうしたら!?」

「どうする? 逃げるに決まっておろう」

「辺り一面小鬼だらけ、どこに逃げるんだ? も、もう、お終いだ……」


 そこらじゅうから聞こえてくる木を叩く音とキーキー、ギャーギャーという鳴き声に村人たちはパニック寸前だった。


「外壁の周りに人をやれ……」


 老婆や武器を持ったものが、一斉にこちらを見る。だが、いまだに動こうとしない村人に、もう一度大きい声ではっきりと指示をする。


「外壁沿いに人を配置して警戒けいかいだ!! 手空きの者は、家を壊すなりして補強材ほきょうざいを集めろ!」

「お、お前。何のつもりじゃ」

「いいからやるんだ! 死にたいのか!!」


 その大声で、村人たちは次々と動き出した。


 内心、この村の者たちの事など、どうでも良いと思っていた。だが、このままでは小鬼に全滅させられるのは時間の問題。


 そうなれば、無事に帰ると言った約束を果たす事が出来ない。


 怒りを奥歯で噛み殺し、村人たちの戦況を見守るしかなかった。


※※※※※※※※※


 戦況は予断を許さない、一進一退の状態だった。


 外壁の壊された場所では、武器を持った者が応戦し、他の者が穴をふさぐ繰り返し。


 元々、大きな丸太を使用していたためか、外壁は意外にも小鬼ゴブリンたちの侵攻しんこうを許さなかった。だが、小鬼ゴブリンは門や継ぎ目などの強度の弱いところを狙って絶えず攻撃を仕掛けていた。


「……なんじゃ、意外に大したこと無いのぅ」


 隣に立つ老婆は戦況を見つめて、そんな事をいい出した。確かに今のところは村に大きな被害は出ていない。今のところは…。


 吹き矢の毒はどうやらしびれ薬だったようで、段々と体の自由が戻って来ていた。辺りに投げつけられた石やガラクタからとがった物を選び、縄にこすり付ける。漫画などに登場する古典的な方法だが、しばらく続けると縄が段々と緩んで来たのが分かる。


「さて、お前さんには貢物の落とし前をつけてもらわなけりゃのぅ」

「……落とし前?」

「なぁに、手足を縛って小鬼の中に放り込んだら、どうなるかと思ってのぅ」


 老婆が余裕そうな笑みを浮かべ、そんな事を言っていた時だ。ついに、恐れていたことが起こりはじめた。


「大婆様! 小鬼の奴ら、毒矢を射掛けてきやがった! 北側に人数が足りない」

「大婆様! 大門に火矢だ! け、煙が!」

「大婆様! 補強材が足りない! 早く人を…」


 あちこちから、戦況のほころびが見え始める。守り側にも余力があれば、対処のしようがあるかもしれないが。


「……大婆様!」

「ええい、黙れぇぇ! 今度は何事じゃ!」


 ついに限界と見える老婆が怒鳴り散らすが、その村人は予想外の事を言い始めた。


「こ、小鬼が引いていった……」

「な、なんじゃと!?」


 確かに、今まで聞こえていた鳴き声や外壁を叩く音などは無くなり、不気味な程に静かになっていた。

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