第29話:生け贄

 小鬼ゴブリンたちを倒して祭壇さいだんかめからふたを外して行くと、予想通り、中には少女たちが入れられていた。


「ソニア!」

「お、お兄ちゃん!?」

「良かった、無事か?」

「ええ。大丈夫……」


 その中の一つからコルトの妹を見つけると、何が起こったのか分からない様子の彼女を、コルトが瓶から引っ張り出す。


「ソニア、ここから逃げるぞ!」

「逃げるって、どこへ?」

小鬼ゴブリンどもが来ないところへだ。さぁ」

「待って! 他の子たちは?」


 祭壇には五つの瓶が並んでおり、ソニア以外に四人の少女がいた。


あきらめろ! もうすぐ小鬼ゴブリンが来る!」

「見捨てて行くなんて、出来ない!」

「……連れて行こう」


 言い争っている二人の口論に割って入り、少女たちを連れて行くことを伝えると、コルトは眉を寄せる。


「正気か?」

「ああ」


 妹のソニアは連れて行かなければ動きそうにない。それに、ここで見捨ててしまえば、自分たちも村の者達と同じになってしまうと思えたからだ。


 そんな時、瓶の一つから出て来た少女が、怒鳴どなり声を上げた。


「余計なことしないで!! 私達が居なくなったら、村はどうなるの? 私達は、命を懸けて村を守らなきゃいけないの!」


 村のために命をささげると言い出す少女。彼女たちを切り捨てた者の為に、何故そこまでのことが出来るのか、自分には分からなかった。


「君が犠牲ぎせいになる必要は……」

「何も知らない人が、勝手な事を言わないでよ!!」

「俺は君たちを助けたいだけ……」

「助ける? いいえ。それは、アナタの自己満足。偽善ぎぜんよ!!」


 彼女たちを助けようとする行為を、自己満足、偽善とだんずる少女。彼女との価値観の違いをめるには、あまりに時間がなかった。自らで決めた覚悟をくつがえすことは難しいことを、自分は知っている。

 彼女はこちらが止めるのも聞かずに、自ら瓶へと戻り、閉じこもってしまった。


 仕方なく他の瓶から少女を助けて行き、三つ目の瓶に来た時だった。少し離れた森が一斉にガサガサと音を立て始め、同時に周囲を警戒していたヒルが声を上げる。


小鬼ゴブリンども、もう来やがったか!? おい、早くしろ!」


 瓶の中に残った少女に手を伸ばすが、その娘は手を取ろうとしなかった。


「おい、早くしてくれ!」

「いいの。もう……、ここから出たくないの。両親も殺された。村にも戻れない。もう、どうしようもない……」


 生きることに絶望した少女は、ここから動くことを拒絶する。


「生きてりゃどうにか」

「生きていたって仕方がないの。だから、もう行って……、放っておいて……」


 森の揺れる音は、段々と大きくなって来ていた。


「ヒサヤ! 早くしろ! ここにいたら、全員助からない!」

「でも……」


 そう言いかけた時、いきなり少女が瓶の中から出てきたかと思うと、こちらの体を力いっぱいに突き飛ばて、この少女も自ら瓶の中に閉じこもってしまったのだった。


 突き飛ばされた衝撃でよろめいて倒れてしまう。不意をつかれたとはいえ、少女の力で押された程度で倒されてしまう自分を情けなく思いながら、体を起こそうとしたが、すぐに起き上がることが出来なかった。


 そこで初めて、自分の体が思うように動かせなくなってきていることに気付く。思い当たるのは、小鬼ゴブリンの吹き矢。もしかしたら、毒が仕込まれていたのかもしれない。


 朦朧もうろうとする意識のなかで、ようやく体を起こすと小鬼ゴブリン達の足音は、すぐそこまでせまっていた。


「おい! 何してる! 早く来い!!」


 もう、どうする事も出来なかった……。


 ヒルの先導でその場を後にした直後、祭壇は数十匹の小鬼ゴブリンの群れに埋め尽くされていた。そして、二つの瓶が森の奥に消えて行くのが見えてしまった。


※※※※※※※※※※


 コルトの妹ソニアと二人の少女を加えて森の中をノルの街に向けて進む。今の状況で彼女たちを連れているのは、小鬼に自分たちの居場所を教えているようなものだ。


「おい。小鬼あいつら、まだ来るぞ?」

「……えぇ。……急いで、ここを、離れましょぅ……」

「お前! どうしたんだ?!」


 大量の汗をかきながら、息も絶え絶えになっている自分を見てヒルが焦ったように言う。


「お前、何かあったのか?」

「……いいから! 動ける。早く離れないと……」


 その時、後ろの方の森が再びガサガサと音を立て始めた。こちらも追いつかれないようペースを上げるが、足元が覚束無おぼつかない自分が明らかにペースをみだしていた。


 視界がゆがんで、ヒルの背を追うことすら思うようにならない。足元にあった木の枝につまずいてよろめいた時、一人の少女が肩を貸してくれた。


 だが、ヒル達との差は開いていく一方で、後ろからの物音は徐々に近づいていた。自分は最早もはや、支えてもらわなければ立っていることすらむずかしい。このままでは、肩を貸してくれた少女も追いつかれてしまう。


 悪路に足を取られてバランスを崩しかけたのを利用して、少女の体を思いっきり押し出した。

 その場に崩れ落ちる自分を心配して、こちらに駆寄かけよろうとしていた少女に向かって精一杯の力で叫ぶ。


「……いけぇぇぇ!」


 少女は少し躊躇ためらった様子だったが、自分の声に押されるようにその場を離れていった。


※※※※※※※※※※


 言うことを聞かない体を引きって、上半身を起こす。目前まで迫った物音に備えて剣を抜こうとするが、手に全く力が入らずに、つかすら掴むことが出来ない。


 やがて、目の前の草木が激しく揺れ、


「……おい、男だぜ。冒険者だ」


 ぼやけた頭に、人の声が聞こえてきた。


「……どうする? 身ぐるみいで捨ててくか?」

「いや、何か知っているかも知れない。一応、連れて行こう」


 力の入らない体を抱き起こされ、背負われる。意識が遠のいていく中で、自分達が進んできた道を戻っていくのが分かった。

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