第12話:聖霊と王女

 突如現れた自分に、戸惑いを見せる黒髪の王女。


「あなた、どうしてこんなところに?」

「い、いや、……ちょっと声が聞こえたから」


 敬語を使うべきか一瞬迷ったが、同世代の女の子に使うのも違う気がした。何より目の前の少女には飾らない親しみやすさが感じられた。


 そんな自分の言動を気にすること無く、彼女は躊躇ためらいながら答える。


「えぇ、大切な方が居なくなってしまって……」

「もしかして、のこと?」


 肩に居座っていた小動物を掴まえ、彼女の前に出して見せた。

 大人しくちょこんとかかえられた緑色の動物を見た途端、信じられないものを見るような顔で、こちらと小動物の方を交互に見る少女。


「ち、違った、かなぁ……」


 予想外の反応に戸惑って徐々に手を引っ込める自分に、我に返った彼女が少し慌てた様子で答える。


「い、いぇ、違うの。その、平気なの?」

「え? いや、大人しいし、大丈夫……」

「あ、いえ、ごめんなさい。あなただけど……」


 そう言い少し微笑みながら、彼女はこちらの方に歩み寄ってくる。

 驚いたり、困ったり、笑ったりと豊かに変化する彼女の表情に見とれてしまい、すぐ目の前に迫った彼女に驚いてしまった。


です。おいで、ククリ」


 声を聞き、身をよじって手から抜け出した小動物は彼女の肩に飛び乗った。

 彼女に気持ち良さそうに撫でられる姿を見て、こちらもホッとする。


「そうか、良かった。じゃぁ、俺はもう行くよ」

「え、ちょっと」


 そして身をひるがえしてその場を去ろうとした時、トントンと何かが背中を駆け上がるのを感じた。そして、自分の肩を見ると、ククリと呼ばれた緑色の小動物が再び鎮座していた。


「おい、お前のご主人様はあっちだろ?」

「……やっぱり、平気なのね。が」

「せ、精霊?」

。神からつかわされた子」


 話が噛み合わずに困惑するこちらに、真剣な顔つきで彼女が問う。


「あなた、何者なの? その子は、私以外に触れられることすら嫌うのに」

「何者って……」

「この子は、この国、エルドの守護聖霊。王家でも簡単に近づけない」


 間近に迫った少女に気圧され、後退りする。そんなところに、もう一つの人影が現れた。


「アリサ。見つかったの?」


 林から現れた細身の少女が、怪訝けげん面持おももちでこちらの方へ近づいてきた。


「……どうしたの?」

「シャル! 見て! この人、ククリが平気なの! 私以外で初めて!」


 興奮冷めやらぬ彼女に細身の少女、シャルは少し呆れた様子でさとす。


「少し落ち着いて。王女らしくない。立場を忘れないで」


 注意されて少し赤くなった顔でうつむく彼女の反応を微笑ましく見ていると、シャルが少し警戒した様子でこちらに顔を向けてきた。


「あなた。本当に平気なの? 聖霊が許していても、人の身にその子の力は強すぎる。体が動かなくなってもおかしくない」

「え? 特に変わったことは……」


 そう答えようとした時、急激な目眩めまいに襲われ、その場に崩れ落ちたのだった。


※※※※※※※※


 ぼんやりとした心地のいい気分で意識を取り戻す。村での出来事以来、久々に深い眠りつけた気がした。

 うっすらとした意識が徐々に覚醒すると、知らない部屋で寝かされていることに気付く。


「あ、良かった。目、覚めた?」


 不意に掛けられた声に目線を移すと、黒髪の少女がこちらの様子をうかがっていた。

 あわてて飛び起きようとしたが上手く力が入らず、どうにか上半身だけを起こして彼女の方へ体を向ける。


「ここは?」

「私の部屋です。この子、あなたから離れようとしなくて……」


 そう言う彼女の手元には、ククリと呼ばれる聖霊がちょこんと座り込んでいた。


「この子をあまり外に出しておけないから。それにしても大変だったよ、あなたをここまで連れてくるの」

「すまな、……あ、いや、すみませんでした」

「あ、いいのに別に気にしなくて。大丈夫だよ。いつものままで」


 目の前の人物が王女であることを思いだして慌てて言葉遣いを直そうとするこちらに、笑顔で必要ないと断る彼女。その顔に思わずドキッとしてしまう。


「でも、いくらなんでも王女様に……」

「アリサでいいよ。私、アリサ・エルロード。歳、同じくらいだよね?」

「た、たぶん。いや、じゃなくて」


 困惑するこちらをよそに微笑む彼女を見ていると、こちらが否定するのも違う気がしてしまう。


「あなたは? 名前、教えて」

「……ヒサヤだ」

「ヒサヤね! じゃあ、これからもよろしくね」 


 そう言うと、彼女は今度は自分の連れの子狼を撫でまわしている。

 ゴロゴロと気持ち良さそうな鳴き声をしていたから、心配はいらないだろう。


 全く王女様らしく見えないが、不思議な魅力を持つ少女に自分は気を引かれるのだった。

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