聖霊信仰の国

第11話:不思議な出会い

 草原に構えられた野営地。いくつものテントが張られ、そこかしこで兵士達が剣の練習を行っている姿が見られる。


 そんなところの片隅に今、自分はいる。

 

 村での出来事から数日。

 一刻も早く敵を追いたかったが、それはここのあるじが許してくれなかった。


―― この国の王女。黒髪の少女。


 彼女に導かれ、連れてこられたのが野営地ここだった。

 初めてここに着いた時には警戒を示されていたが、彼女が一言発すると直ぐに受け入れてくれたことに、こちらが驚いてしまった。

 ここまで連れてきてくれた騎士デルトいわく、毎度のことなので慣れているそうだ。


 しかし、これまでの者たちと違うところが自分にはあった。


 一つは、胸にかかえた獣の子供。狂狼ワイルドウルフと呼ばれ、最も危険な部類に指定されている魔物の子供。


 そして、もう一つの原因は自分にある。


「おい、ヒサヤ。お前、隊のやつらと少しは仲良くなったか?」

「……いや」


 ハァと、大きなため息をついてガックリと肩を落とすデルト。


 村での事以来、他人と極力距離を取るようにしている。

 異質な自分に感心を持つ者は多かったようだが、無愛想で薄い反応に加え、危険な魔物を連れていることで、近づきにくい空気を生んでいた。

 おかげで目の前の騎士デルト以外、自分に話しかけてくる者はいなかった。


「お前、少しは……」

「デルトリウス様!」


 何か言いかけたデルトは、誰かに呼び止められて話を中断する。それは軍馬の世話をしている男だった。


「デルトリウス様、何とかして下さい!

 馬達が落ち着かんのです。それもこれも、あの少年が来て……」


 こちらが見えていなかったのか、自分の姿を確認してハッとする男と、こめかみを押さえて顔を伏せるデルト。

 

 そんな二人に背を向け、自分は狼を抱き抱えると無言でその場を後にした。


※※※※※※※※


 野営地の脇にある林まで来ると、木陰こかげに寝ころびそっと目を閉じる。


 その目の前には、燃える村とそこにたたずむ一人の少女の姿。

 あの一件以来、目を閉じると決まってそれは現れる。少女は悲しそうな笑顔を浮かべてこちらを見つめていた。

 

「……ステラ」


 すると、彼女はこちらに向けてスッと手を伸ばしてくる。そして、自分がその手を掴もうとした時。


―― むぎゅー


 突然、顔面に生じた重みに飛び起きた。


「な、なんだ?!」


 あわてて払いのけて上体を起こすと、目の前に綺麗な緑色の毛並みをした見慣れない生物が、チョコンと座っていた。

 そいつは、こちらを観察するようにじっと見つめていたが、スッと立ち上がるとヒョイッと肩に飛び乗って来た。


 いきなり顔面の近くに現れた生物に驚くが、間近で目を合わせていると、なんだか心が軽くなるような安心感を感じる。


「不思議なヤツだなぁ、おまえ」


 そう言いながら首筋辺りを撫でてやると、実に気持ち良さそうに伸びをした後、肩の上で丸まってしまった。


「参ったなぁ。どうするんだ……これ」


 起き上がった瞬間に飛び退いた狂狼の子供を撫でながら、正体の分からない生物に途方に暮れていると、少し離れたところから人の声が聞こえた。


「……クークーリ、どこ行っちゃたの?」


 その声を聞いて、丸まっていた生物が顔を起こす。


「……あれ、を探してるのか?」


 通じる筈がないと思いながら話しかけると、まるで同意するようにこちらを見つめてくる。

 参ったなぁと、頭を掻きながら立ち上がると、声のする方へと歩き出す。


「ククリ? お前の名前か?」


 そう言いながら歩いていると、やがて声の主のところまでやって来た。


 林の少し開けた場所で、その人物はこちらに気付き、振り返る。


 黒髪の王女との不思議な出会いだった。

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