第13話:御側付き

 王女アリサとの出会いから、自分の生活には変化が生じた。


「で、お嬢の側付そばづきとは。お前もすみに置けねえなぁ」

「……別に、なりたくてなったんじゃない」


 ニヤニヤした顔でこちらを見るデルトに、ため息混じりの返事をする。

 アリサとの出会いの直後、与えられた仕事が彼女の御側付おそばづき。ようは雑用係のようなものだった。


「まぁ、そう言うな。お前がここで浮いちまわないように、お嬢なりの気遣いだろ」

「……どうだか」


 周囲を見渡すと、明らかに注目され至るところで噂をする者たちがいる。

 じとっとした目でデルトを凝視ぎょうしすると、彼は乾いた笑いをしながら目線をそらした。


「でだ、どうだったよ? お嬢は」

「どうって、……変わった人だったよ」


 気を取り直しデルトの質問に、素直に思ったことを口にする。

 飾らず、尊大な態度で振る舞うこともしない彼女は、漫画やアニメで想像イメージしていた王族のそれと明らかに違っていた。


「王族って、みんなあんななのか?」


 自分の問いに、デルトはブンブンと手を横に振って否定する。


「お嬢が特別なんだ。他の王室の方々にこんなことしてたら、不敬罪ふけいざいになっちまう」

「他の?」

「ああ、王とお嬢以外では二人の王子がいらっしゃる。しかし、二番目の方は性格がひん曲がってやがるから、気を付けろよ」


 王子ということは、アリサの兄弟なのだろうか?


「王妃様は?」

「母は、私が小さいときに亡くなりました」


 苦笑いを浮かべるデルトの目線を追うと、そこには質問に答えたアリサが立っていた。


 彼女の気配を感じたのか、足元で丸まっていた子狼が、嬉しそうに尻尾を振って近づいて行く。


、おはよう」

「……勝手に変な名前を」

「でも、気に入ったみたいだよ? ねぇ?」


 そう言いながら彼女が手を差し出すと、子狼ウルは同意するように気持ち良さそうに撫でられていた。本人が納得しているのなら、仕方がない。

 一頻ひとしきりウルの相手を終えると、彼女は再びこちらに意識を向けた。


「なにか話し合い?」

「いやぁ、こいつにちょっと国のことをなぁ。お嬢はどうして」

「新人さんをお迎えに」

「そうかぁ。じゃ、しっかり働けよ! 新人!」


 そう言ってアリサの前に突き出されると、彼女に腕を掴まれ強引に引っ張って行かれるのだった。


※※※※※※※※※※


「分かったから。離してくれ」

「もう着くから、ほら」


 ぐいぐいと引っ張ってこられたのは、野営地で一番大きいテント。アリサの自室兼執務室のような場所だった。

 テントのなかに入ると、数人の騎士や学者のような人たちに迎えられ、そこでようやく彼女は手を離した。


「シャル。悪いけど、少し彼を頼めるかな」

「分かった」


 細身の少女がこちらに歩みよりながら短く答えると、アリサは残りの人たちと執務室の中に入っていった。


「全く、強引に……」

「あの子の気遣い」


 自分のぼやきに、一緒に残された少女が即答する。


「……どこが?」

「強引にここへ連れてくることで、周囲に自分から頼んだことを印象付けた。同時に、あなたの身分を保証する。全部、あなたのため」


 淡々と語る少女の顔をまじまじと見つめる。アリサは周囲の批判がこちらに向かないように仕向けてくれたのだと彼女は言う。


「……知ってたのか?」

「知らない。でも、あの子はそういう子。新しい人が来ると張切るから」


 そう言うと、少女はくるっと背を向け歩き始める。


「付いてきて」


 黙って彼女に付いていくと、倒れた際に運ばれていた部屋に通された。


「ここで待ってて」

「あ、あぁ。ところで」

「シャル。私の名前」

「……ヒサヤだ」


 どこか取っ付きにくいシャルに、いまいちペースが掴めない。


「……で、俺は一体何をしたら良いんだ?」


 連れてこられてしまったが、自分が何をすればのか全く聞かされていないのだ。


「すぐ分かると思う」


 シャルがそう言うと、フワッと何かが頭の上に乗ってきたのを感じた。何が乗ってきたのか大方の予想は出来たが、手を伸ばしてそいつを捕まえると緑色の小動物が大人しく手の中に収まっていた。


「……やっぱりお前か」

「あなた、本当に聖霊が平気なのね。人属では、かなり稀有けうなはずなのに」

「この間から何なんだ、聖霊って? 」

「神からつかわされたものが具現化したと言われている。この国では導き手として信仰しんこうされてる」

「……神様?」

「似たようなもの」


 そう言われて、手に収まった小動物をじっと見つめる。


「……こいつ、特別な力をくれたりするのか?」

「それは無理。その子はただ導くだけ」


 そう語るシャルの耳が少し人より尖って長くなっているのに気付く。ファンタジー小説なのでよく語られる特徴に思わず声が出てしまう。


「……エルフ?」

「……知っているの? 人属と関わりを絶って長いから、あまり言われないのだけれど。あなた、やはり怪しすぎる」


 一層の警戒感を持ってこちらを見るシャル。その目を見て、ようやく自分も理解する。


「二人とも、どうしたの?」


 一触即発というところで、この部屋の主が現れる。


「……世話になった」


 強引に部屋を出ようとする自分の腕を掴み、アリサが引き留める。


「ちょっと、どうしたの?」

「……御側付きってのは、監視対象ってことか?」

「え?」


 腕を掴んでいた手の力がスルスルと抜けていく。

 やっぱりか、と再び歩き出そうとした時、フフッとアリサが笑った。


「何だぁ、そんなことかぁ」

「……そんなことって」

「もっと一緒にいたいから」


 アリサが笑顔をこちらに向ける。


「あなたにお願いした理由。私、あなたに興味があるの」


 綺麗な瞳でこちらを見つめるアリサ。

 彼女の顔を見ていると、怒っているのが馬鹿らしくなってしまう。それに、と彼女は続ける。


「託されたから。あの子から」

「ステラに? 王女なんだろ? なのに……」


 どうして、村人一人のお願いを真剣に聞き入れてくれるのか。


―― こんな得体のしれない偽物まがいものを、受け入れようとしてくれるのか。


「全部、私のやりたいことだから。ねぇ、王女わたしのワガママに付き合ってくれない?」


 離れていなかった手を改めて握られる。しかし、その手を握り返すことはできなかった。

 そっと、手を離して彼女から数歩距離をとる。


「……しばらくの間なら」


 素直じゃ無いなぁ、と微笑む彼女の顔を直視することは出来なかった。

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