第66話:痴れ者

 オボロの手下に案内され、王都郊外の空き家にたどり着いた。


「こ、こちらの家をご自由にお使いください。必要な物があれば何なりとお申し付けを……」

「……」


 案内してくれた男と、後ろから大きな袋を担いで無言で付いてきた獣人は、全身ボロボロで意気消沈といった様子だ。

 オボロとの会談の後に、我々の案内兼お世話係の役目を与えられた彼らに先ず待ち受けていたのはセナからの躾けだった。オボロがあの場から足早に去っていった理由が、彼らを見たらなんとなく分かる気がした。


「分かりました。ありがとうございます」

「こいつは、ここに置いていけば良いのか?」


 ガルムと名乗った獣人が担いだ袋を手荒に降ろすと、袋はジタバタと動き出した。


「はい。あとはこちらで対応しますので」

「……じゃ、俺らは外におりますんで、ご用の際はお声掛けを」


 そう告げると彼らはセナの顔色を見ながら、そそくさと退室していった。


「それで、どうするつもりなんだ? こいつ」

「仕方ないじゃない!? あのままにしておいたら、処分するって言うんだもの!」


 袋を指して面倒事の種を見つめながら問うと、アリサは声を大きくして反論した。


 部屋に置いていかれた袋を開けてやると、中からは簀巻きにされた男が出てきた。先程、オボロが捕まえた神官だ。


「しかし、このまま帰すって訳にもいかないだろ」

「お困りでしたら、私が処分しますが?」

「そんなこと出来る訳ないでしょ!」


 相変わらずズレたことを言うセナに、真面目に怒るアリサ。確かに、セナは冗談を言っているのか本気なのか分からない。放って置いたら、本当に処分してしまいかねない。


「と、とりあえず、口の縛めを解いて話を聞いてみましょう? ね?」

「無駄だと思うけどなぁ……」


 すると今まで黙っていたヒルが肩を竦める仕草をして転がされた神官の方へと近づいて行き、「本当にいいのか?」と、目線で確認してから神官の口に縛られていた布を解いた。


「貴様ら! ただで済むと思うなよ!!」

「……だとさ」


 開口一番に罵声を浴びせてくる神官を尻目に、アリサへと非難の目を向けると彼女は苦笑いしつつ前に出た。


「酷いことをしてごめんなさい。少し、貴方のことを聞かせて欲しいのだけれど」

「聖女様! 貴女はこんな下賤な連中と一緒に居て良いお人ではありません! 今すぐ私がこんな場所からお連れいたします」

「……私は聖女などではありません。それに、どこに行かれるというのですか?」

「聖霊様に選ばれた貴女こそ、我々を導いてくださるお方です!! 聖女様をお迎えするのに相応しい場所のご用意が私達にはございます!!」


 少し口を開かせただけでここまで頭痛のする相手も珍しい。大体、体の方は簀巻きにされた状態のままで、どうしてこんなに堂々と自己主張できるのかが不思議でならない。

 それに彼の言う「我々」の中に、この国の人々全てが含まれていないことは分かりきっているし、アリサもそのことには気付いているようだ。そんな状態で彼女があの神官の話に首を縦に振るはずが無い。


「相応しい場所って、王都を捨てるってことですか?」


 いい加減一方的な主張を聞かされるのもしんどくなったので、こちらから質問を投げかけてみれば、神官は羽虫でも見るかのような目線を向けてきた。


「誰が貴様のようなゴミに質問を許したのだ? お前が言葉を発するだけで吐き気がするわ、下郎!!」


 もう反論すらバカバカしくなる返答に思わずため息が漏れる。隣でセナが「やっぱり処分しますか?」と、言うように顔を向けて来たので思わず頷きそうになってしまう。


「貴様らのような者が、聖女様の周りをウロチョロしているだけでも目障りなのだ。 貴様たちには聖霊の天罰が下るだろう!」


 相変わらずの罵声に少し魔が差して、アリサの方へ近づくと肩口に丸まっていた緑色の小動物の首の後ろを軽くつまんで、ひょいと持ち上げてみた。

 目の前の狂信者に崇拝される対象とは思えない程、大人しくちんまりとこちらを見つめ返してくる聖霊様は、まるで子猫だ。


「お前、俺に天罰を下すのか?」


 こちらの質問に、聖霊は小首を傾げて答える。どうやら、そんな心配はしなくて良さそうだ。

 その光景を目の当たりにした神官は、唖然として口をパクパクさせてしばらく硬直していたが、再び口を開くと、また罵声を喚き散らし始めたので口は縛って置くことにした。


「彼らは、君をどこに連れて行こうとしているんだ?」

「……おそらく、彼らが聖域と呼ぶサンタル教会だと思う。ここから少し南に行ったところよ。あそこは王都で何かあった時のために、お城のようになっているから」


 つまり、要塞の様な教会に立てこもろうという訳か。考えられる選択肢の中で最悪に近い悪手だ。しかし、彼らにとっては聖域を守るという大義の為に信者を集めやすく、貴族も容易に踏み込めない正に理想郷なのかもしれない。


 だが、彼らのその選択は最悪の結末を迎え、そして王都をも危険に晒すことになるのだが。


※※※※※※※※※※


 王宮の一室にて、ノルド王子は女たちをはべらせて卑下ひげた笑みを浮べていた。


 荒れた王都の現状とはかけ離れた場所に、一人の兵士が飛び込んでくる。


「も、申し上げます」

「なんだ騒々しい。見て分からんのか? は忙しいのだ!」

「王宮の城門にて、民たちが王への陳情を求め集まっております」

「まったく、懲りぬ連中よ。適当に数人捕らえて処刑しておけ」


 命令を聞いた兵士は耳を疑いその場に硬直していたが、ノルドはまるで汚物を見るように睨みつけて深いため息をついた。


「聞こえなかったのか? さっさと失せろ!」


 王子が怒鳴り散らすと、どこからか現れた憲兵が兵士を無理やり部屋から引摺り出す。そんな光景が、ここのところ幾度となく繰り返されていた。


 最近は良い知らせをあまり耳にしない。帝国が国境を突破したことも、予想より早くオエスが落ちたことも、すべては愚妹、そして民の無能が招いた事態であると、ノルドは信じて疑っていなかった。


 鬱憤が晴れずに苛立つノルドは、その捌け口を暴力と女に求め、王宮内は荒れ放題であった。

 そんなノルドのもとに、一人の貴族が訪れる。


「我が君。お忙しいところを申し訳御座いませんがお言葉を賜りたく、会議の場へご参席頂けませんでしょうか?」

「……分かっている!」


 このハル・ブルームと言う男は、ノルド最大のスポンサーである。今の自堕落な生活も、貴族をまとめているこの男があってこそだ。ノルドもその事は自覚しており、表立っては逆らえずに渋々とこの男の言葉にだけは従っていた。


※※※※※※※※※※


「現在、国内に侵入した帝国軍はオエスにて進行を止めております。これも我が君が発案された策が有効に働いているからでしょう」


 広い会議室に鎮座したノルドは、会議に参列した者たち、主に貴族派の者たちから称賛を受けて多少機嫌が良くなった。


「敵にわざわざ餌を与えてやる必要はない! 奪われる前に我が物にせよ‼」そう命じた言葉を、貴族や憲兵たちは忠実に実行した。有能な自分の指示を確実に実行すれば間違いなど有りはしない。ノルドはこの件から、そう考えるようになっていた。要は調子に乗せられてしまったのだ。


 だが、そんな会議の場にも不届きな者は現れるものだ。貴族以外の弱小派閥、特に平民共や軍属の連中から向けられる目線は、ノルドを苛立たせるのに十分だった。そして、そんな中から非難の一言が発せられる。


「自国の焦土作戦など、失策もいいところだ……」


 本当に小さい声で発せられた言葉だったのだが、ノルドはそれを聞き逃さなかった。

 有能な自分の命令で実行された策に、有効な手立ても見出だせない無能が異を唱えるなど、あっていい事ではないとノルドは激怒した。


「どうやら、ここには士気を脅かす敗戦主義者が混じっているようだなぁ!!」


 ノルドの言葉で、会議室は一気に静まり返ると、一同は犯人を探すようにお互いの顔色を覗い始めた。そんな中で、軍属派閥の一人が声を上げた。


「ノルド王子に申し上げます。民をも巻き込んだこの策は、我が国にも相当な負担を強いております。それによって失われた……」

「もうよいわ! いい加減にしろよ、無能が。貴様の行いは死を持って償え!」


 ノルドの言葉を受けて、会議室の袖にいた憲兵たちが異論を唱えた元老院員をすぐに拘束する。


「王子!? お、お待ち下さい!」

「いつまでもうるさい奴め! 余はもう王子ではない! この国の王だぞ? 貴様のその無礼、貴様の命だけでは足りぬわ!!」


 そして、脇に控えた憲兵に指示を出す。


「こいつの家族は?」

「はい。……妻に、子供が二人」


 それを聞いた元老院員は死にものぐるいで暴れだした。


「やめろぉぉぉ!! お願いだぁぁ! それだけは!!」

「貴様は一番最後だ。特等席で見せてやるわ」


 大声で叫ぶ男を憲兵たちが無理やり会議室から引きずり出すと、会議室には再び沈黙が訪れた。


処刑ショータイムはいつからだ?」

「はい。本日の夕刻には……」

「遅い! この会議が終わった後に実行せよ。出来なければ、次はお前だ」


 その言葉を聞いた憲兵は冷や汗を垂らすと、ノルドに一礼してその場を去っていった。


「さぁ、諸君! 続きを始めようじゃないか」


 ノルドの一言によって会議は再開され、そして夕刻には、処刑場に五つの首が並べられることになった。

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