第67話:計画開始

 オボロに用意してもらった邸宅に本拠地を移して数日。


 スラム街に近く、入り組んだ路地が多いこの地区に、憲兵は滅多にやってこない。仮に見回りが来ても、オボロの手下が賄賂を渡して追い払っている。無用な争いよりも実利を取る、裏社会の処世術なのだと言う。


 そのおかげで、この王都でもかなりの行動の自由を得ることが出来た。


「ハロー! 元気してた?」

「お久しぶりッス!」

「リタさん、ロットさんもお元気そうで」


 王都に潜伏していたヒルの冒険者仲間とも合流し、オボロの人脈も駆使すれば王都での情報網は相当なものになっていた。


「なんか報告はあるか? ケニス」

「王都の荒廃ぶりは相当です。先日もバカが癇癪を起こして一家皆殺しです。大忙しですよ、処刑場は」


 ケニスは悲痛な面持ちで質問に答える。彼らとは北方の時からの付き合いになる。我々が国境に赴いている時も王都で活動してくれていた頼りになる人達だ。


「まさに鬼畜の所業だな。流石の我々も、そんなやり方は滅多に使わんよ」


 どこか愉しんでいるように語ったのは、我々にこの場所を提供してくれた人物。裏社会の顔役を務めるオボロという男だ。


 そして、アリサの後ろには自分たちと一緒に北方から王都に帰って来た部隊の兵士が控えるように立ち、入口付近ではセナが獣人やオボロの手下に深々と挨拶されている。


 これで、現状の王都で動ける味方が一堂に会したことになる。


「それで、我々を集めてこれからどうするかね? 少年」

「自分達がやる事は二つです。一つは捕われた仲間の救出。二つ目は勢力の拡大です」

「しかしよぉ、一つ目は良いとして、二つ目は具体的にどうするんだ?」


 ヒルの疑問に、なぜかセナが小さい声で呟いた。


「敵の敵は味方」

「……そう。相手はこれまで少なくない犠牲を強いて来ました。当然、敵も多いはず」

「元老院の派閥で一番弾圧が厳しいのは王政派と神官派の連中だろ? じゃ、まずはそこからってか」


 そうヒルが結論が付けたところで、これまで考え込んでいたアリサが口を開く。


「……貴族派、ね。攻める相手は」


 その発言に、いたる所からざわめきが起こった。アリサの言葉に動揺を見せなかったのは、自分以外ではセナとオボロくらいだ。もっともセナの場合は、ただ興味が無いだけかもしれないが。


「はぁ、貴族? この国を食い物にしている張本人じゃないッスか?!」

「いくら他勢力を味方につけても、貴族派の優勢は変わらない。で、あれば……」

「でも、言う程簡単じゃないわよ。何せ、圧倒的に劣勢なのは私らの方なんだから。こう言っちゃなんだけど、こんな泥舟に乗っても良いって変わり者を見つけなきゃいけないんだから」


 リタの言葉は実に的を得ている。周りの仲間達も顔を伏せて黙り込むしかなさそうだ。そんな中、一人さも当然と言った顔をした男がアリサに質問した。


「先ずは相手の愛する所を奪う、か。それで、お心当たりがお有りかな? 王女殿下」

「……一人だけ。味方になってくれるとは限らないけど」

「お聞かせ願えますかな?」


 オボロからの問いに、アリサは何か不安気に目を伏せてから、一瞬こちらの顔を窺うような素振りを見せると、再びオボロへと向き直った。


「ハルトフィルト家のレイス様なら……」

「なるほど、ハルトフィルトですか。確かにそれであれば」


 アリサの口にした家名にオボロは納得したようだったが、この国の貴族のことなど分らないこちらは置いてけぼりだ。


「ハルトフィルト家と言えば、元はブルーム家以上の名家です。昨今、急速に力を増したブルーム家に取って代わられましたからね、対立することが多いようです」

「確かに、今の貴族派はブルーム一強だからな。ハルトフィルトの連中からしたら面白くない状況だろう」


 ケニスとヒルの会話で周りの皆も納得した様子だ。ただ、この話を切り出したアリサだけが浮かない顔をしているように見えた。


「残念ながらそちら方面には疎いので、お力になれそうにありません。なので、二方面から進めましょう。仲間の救出を自分とヒルさん達、貴族派の調略をアリサとオボロさん達で担当するで良いですか?」


 自分からの指示に皆が頷くと、ぞろぞろと部屋を後にして行く。だが、オボロとヒルだけはこちらへと歩み寄って来るのだった。


「んで、お前のの方も教えろよ」

「本命ですか?」

「惚けんな。裏で訳分かんねぇ事をコソコソ進めるのが、お前だ!」

「私も正攻法に過ぎるプランだけでは退屈してしまうぞ。少年」

「分かった、分かりましたから!」


 どうせ隠し玉があるなら早く出せと迫る二人に押されて、こちらも大した事のないお願いをする羽目になってしまう。


「本当に大したお願いじゃないですよ?」

「やっぱり隠してやがった……」

「所詮は退屈しのぎ、構うことはない」

「それじゃ、その、ある噂を広めて欲しいんですけど……」

「またかよ!? まったく毎回毎回、お前は不思議なことばっかり言い出しやがって!!」

「だ、だから頼みたくなかったんですよ」


 憤慨するヒルと対照的に、オボロは少し考え込んでから静かに質問してきた。


「それで、対象は?」

「……できるだけ広くで」


 それを聞いたオボロはフッと笑った。


「なんだよ? お前さん、なんか知ってんのか?」

「いいや。ただ私の考えが正しいのならば、確かに効果的ですね。王女殿下がどう思うかは別にして」


 「またかぁ……」と、額を手で覆って天を仰ぐヒルに、オボロは苦笑しながら続ける。


「そう悲観する事もない。彼は、彼女の持ち得る力を行使しようとしているだけだ。使われない力に、何の価値があるかね。なぁ、少年?」


 こちらに向けられるオボロの目が、自分には蛇のように冷たく光っているように見えた。


※※※※※※※※※※


「それでは、行ってまいります」

「ああ、くれぐれも余計な行動はするなよ」


 質素な宮殿の入り口で憲兵に挨拶すると、買い物かごを手に持ったミアは外へと出た。

 彼女はアリサの侍女を務めていたのだが、男たちばかりの憲兵や貴族の兵達では宮殿の雑務を行うこともままならず、人を雇う訳にも行かなかった彼らは、ミアに仕事を任せていた。そのおかげで、ミアにはそれなりの行動の自由が与えられていたのだった。


 王都の市場でいつものように食料品を買い出ししていると、近頃は王都の物価が高くなったことを肌で感じる。

 西の国境線は既に帝国に破られてしまったと、周囲の者たちからの噂を聞くたびに、ミアの心臓は締め付けられるようだった。


「……姫様」


 彼女がアリサの身を案じながら、宮殿への帰路を進んでいると、不意に伸びてきた手に口を塞がれて路地裏へと引き込まれてしまった。

 恐怖のあまり声を出す事も出来ないミアの前に、一人の青年が姿を見せる。


「……ミアさん、ですか?」


 知らない相手が何故か自分の名前を呼んでいることが、ミアの恐怖心を煽る。


「乱暴な手段を使って申し訳ありません。アリサの使いの者です」

「姫様の!?」


 アリサの名前が出た瞬間、ミアはこれまでの恐怖を忘れて声を上げた。


「姫様は、姫様はご無事なんですか?」

「はい。今は姿を隠していますが、この王都に来ていますよ」


 アリサの無事を聞いて、ミアは腰が抜けたようにその場にしゃがみこんでしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」

「は、はい。すみません。ちょっと安心して、気が抜けてしまって……」


 そう言ってミアの見上げた先には、自分と歳がそれほど離れていない青年の姿があった。彼への第一印象はだった。


 アリサの影として生きる自分と。


― 六章へ

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