第15話:王都

 到着した場所は、まるでヨーロッパの観光名所に来たかのように美しかった。

 高い城壁はその圧倒的な存在感に気圧されるようで、城門を潜るとお城を中心とした広大な石造りの城塞都市が広がっていた。


 王都セントヴィエラ。


 これまで村や野営地しか見てこなかった自分にとって、久しぶりに感じる街の雰囲気が懐かしい。

 通りには商店がのきを連ね、屋台や行商人たちがいろんなところで商売をしていて活気があふれている。


「どうですか、王都は?」


 そう女性騎士が問いかけて来た。アリサの側近でエマと言う女性だ。


「活気があって、美しいところですね」

「そうですね。ただ、ここでは気を緩めないようにして下さい。周りには常に目と耳があると思って用心を」

「……分かりました」


 美しいが、実に息苦しいところだ。アリサのうれいが少し分かる気がする。


「まずは、あの子の宮殿に行きましょう」


 アリサ達は一足先に王都に着いている。乗馬が不慣れな自分に、エマが付き添ってくれたのだ。

 ちなみにウルはエルドに預けてきた。子供とはいえ、流石に魔物を街に連れてくるわけに行かなかった。


 エマに続いて街を進んでいると、至る所に黒い羽のマークがあることに気付く。このマークには見覚えがあった。


「あれって、アリサの旗印はたじるしじゃ?」

「そうです。あの子は以前から郊外地区の援助をしているんです。孤児院、診療所、学校。王都の中心部以外は皆、それほど裕福と言う訳ではありませんから……」


 そんな会話をしていると、不意に人だかりが出来ているのに気付いた。


「薄汚いガキが! 我々、憲兵に気安く触れおって!」


 見れば一人の少年が胸ぐらを掴まれ、数人の兵士に囲まれている。


「まぁ、待て。おいガキ、片腕を出せ。剣を新調してな。その腕で試してやる」


 憲兵と名乗る一人が剣を抜くと、周囲の人々がざわめく。それを見て、自分は少し強く馬の腹を蹴り出した。

 馬が驚き、その場で大きくるのを必死にしがみついて耐える。


「な、なんだ。あの馬鹿は?」


 憲兵たちが一斉にこちらを向いた瞬間、手綱たずなを引いて勢いよく集団に突っ込む。

 

「あいつ、突っ込んでくるぞ!」


 憲兵たちが慌てて飛び退いた隙を見て、少年は逃げていった。

 悔しがり、罵声ばせいを浴びせる憲兵たちを尻目に、馬の勢いに任せて一気にその場を後にした。


 馬を止められずに、死ぬ思いを味わったのは後の話しだ。


※※※※※※※※※※


「まったく、無茶をしますね。注意して下さいと言ったはずですが……」


 追いついたエマに助けられ、再びアリサの宮殿へと向かう。


「……すいませんでした」

憲兵アレは、第二王子の私兵のようなもの。不興ふきょうを買えば、危険なのはアリサです」


 肩を落とす自分に、彼女はですが、と続ける。


「あなたの行ったことは正しい。後先を考えないところといい、あの子がそばに置きたがるのが分かる気がします」


 そう言い、彼女は優しく微笑みかけてくれた。


 そうしてしばらく進み、王宮の手前の区画でエマは馬を止めた。


「ここです」

「え、ここですか? 何か、こう……」


 着いたのは質素な造りの宮殿だった。途中で通ってきた貴族や商人の屋敷の方が、よほど華やかだった気がする。


「あの子は、あまり贅沢ぜいたくを好まないのです。さぁ、入りましょう」


 そうして宮殿に入っていく姿を見ている人物に、その時は気付かなかった。


※※※※※※※※※※


「エマ、着いたのね」

「ええ、少し遅くなりました」


 宮殿に入るとシャルが出迎えてくれた。

 

「……あなたも、無事だったのね」


 シャルはこちらを一瞥いちべつし、余計なことはしないでと言って、すっと屋敷の中に戻って行った。


「シャルは相変わらずですね。アリサは奥の間にいるはずですよ」


 エマと二人で屋敷の奥に進むと、身支度を整えたアリサが待っていた。


「……」

「あ、二人とも着いたのね。ん? どうかした?」


 普段の鎧姿よろいすがたと違い、綺麗な黒髪を整えてドレスに身を包んだ彼女はとんでもなく美しかった。

 もしかして見とれてるの? と、いたずらっぽく笑う彼女の言う通り、正直、言葉が出なかった。


「アリサ、用意は出来たの?」


 エマが尋ねると、これまで笑顔を見せていた彼女の顔が引き締まり表情が消える。


「ええ、そろそろ参りましょう。王宮へ」


 彼女の緊張が、これから向かう場所の難しさを伝えてきた。

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